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あやしいイトコ





「あっはっはっはっ、あーおかし。ホント変なところで天然よねぇ、孝太は。お父さんそっくりだわ。この子は従兄いとこのイオリくんじゃない、忘れちゃったの?」

「い、いとこ…? イオリ、くん…?」

「あら、そういえば会うのは初めてだったかしら? まあ確かにお祖父ちゃんに似てるけど、写真のお祖父ちゃんよりもイオリくんずっと年下よ? よく見たら気づいたでしょうに」


 い、従兄…? 俺の、従兄…?

 母さんに言われて改めて台所の電気の下で見た従兄――“イオリくん”の顔は、確かに写真のじいちゃんよりもずっと若かった。

 庭で見た時はもっとずっと大人の男の人に見えた気がしたのに、今は高校生くらいに見える。

 全身真っ黒で不気味だって思った服は、よく見るとただの普通の学ランだった。


「はじめまして、孝太くん。ごめんね、ちょっとした冗談のつもりだったんだけどまさかこんなに怖がるとは思わなくて。驚かせて悪かったね」

「う、ううん。もう大丈、夫…」


 イオリくんは俺と目が合うと、さっきの意地悪そうな笑顔と違って人の良さそうな苦笑を向けてきた。

 イオリくんの優しい雰囲気と柔らかい物腰に、俺の警戒心が少しだけ緩む。

 じいちゃん似の顔はいわゆるイケメンってやつで、さらさらした黒髪は自然にセットされてて清潔感があった。


「謝ることなんてないのよイオリくん、この子が早とちりしたのが悪いんだから。それよりお腹すいたでしょう? すぐに夕飯作っちゃうから待っててね」

「あ、僕も手伝います」

「いいのいいの、もうメインの支度は終わってるからあとは焼くだけだもの。しょうが焼きは好き? 玉ねぎは大丈夫かしら?」

「はい、どっちも大好きです。それじゃ僕は、キヨさんの様子を見てきますね」

「ありがとう、お母さんもイオリくんの顔を見れば喜ぶわぁ」


 イオリくんは去り際に俺ににこっと笑いかけると、台所を出ていった。

 完全に姿が見えなくなったのを確かめると、戸惑いながらも俺は夕飯を作り始めた母さんにそっと近づいた。


「イ、イオリくん? が、何で居るの…?」

「何でって、おばあちゃんのお見舞いに来てくれたのよ」


 エプロンをした母さんは洗ったキャベツを一玉ザクザクと四つに切り分けると、トントントントンと手際よく千切りにしていった。


「いい子よねぇイオリくん、まだ高校生なのに礼儀正しくてよく気がついて。そうそう、私たちだけじゃ大変だろうから自分もこの家に泊まって毎日お手伝いしますって言ってくれたのよ。昼間はヘルパーさんが来てくれてるけど男手があるのはいざっていう時に安心できるもの、助かるわぁ」


 今にも鼻歌を口ずさみそうなくらい上機嫌で従兄のイオリくんを絶賛する母さんに、一応納得した俺はようやくホッと肩の力を抜くことができた。


 なっ何だ、従兄だったのか。

 そういや父さんの親戚の方の従兄弟達には会ったことあるけど、母さんの方は会ったことなかったな。

 何だ、そっかそっか。あー、びっくりした。

 ホント、心臓止まるかと思ったし。


(……ん? あれ? でも夏休みとかに、母さんの親戚の人達とはみんな毎年顔合わせてるよな?)


 何で従兄のイオリくんだけ、今まで会った事なかったんだろ? 俺の従兄の…、従兄?

 その瞬間、俺はある事実に気がついてゾワッと背筋が凍りつくのを感じたんだ。


「かっ、かか母さん…!」

「んー? なぁにー?」


 一旦おさまったはずの心臓が、またうるさいくらいに忙しなく動き出す。

 口の中はカラカラで、俺は少しのツバでゴクッと喉をうるおした。


「かっ母さんって、俺と同じで一人っ子だって言ってなかった…?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「なっなら母さんには、兄弟とかいないんだよね…? おっ俺にはおじさんもおばさんもいないってことだよね…?」

「なぁに今さら。お母さんの方にはいないけど、お父さんの親戚にたくさんいるから寂しくないでしょ?」


 そういうことじゃない…!

 俺が言いたいのはそういうことじゃない…!


「なら母さんには、甥も姪もいないんだよね…!?」

「当たり前じゃない」

「じゃ、じゃあイオリくんって…! イオリくんって、一体誰なの…!?」


 母さんに兄弟はいない、俺におじさんやおばさんはいない。

 なのにその子供の・・・・・従兄・・がいるなんて。

 あり得るはずが、ないんだ。


「誰って…イオリくんは“孝太の従兄”でしょう? 一体さっきから何をおかしなこと言ってるのよ?」

「…!?」


 なのに母さんは心底不思議そうな反応を返すだけだった。

 自分に甥はいないって言っておきながら、当たり前のようにイオリくんを俺の従兄だって言う母さん。

 自分で変なことを言ってるって気づいた様子もなくて、俺をからかってる風でもなくて。

 まるで“孝太の従兄”っていう名札を丸読みして、納得してるみたいだった。


 俺がおかしいわけじゃない、気づかない母さんがおかしいんだ!って、口を開こうとしたその時。


佳世かよさん」

「っ!」


 再び背後からかかった声に、俺は大げさなくらいビクッと肩を震わせた。

 母さんの名前を当たり前のように呼ぶ、“俺の従兄のイオリくん”が…居た。


「キヨさん、よく眠っていたので声をかけませんでした。なのでやっぱり僕にも台所を手伝わせてください」

「あらそお? じゃあご飯を人数分よそってくれるかしら?」

「はい」


 にこやかに会話を交わす二人が俺にはとても異様に見えて、ドッドッドッドッていう心臓の早鐘や冷や汗が止まらなかった。

 炊飯器の前でしゃもじと茶碗を持つイオリくんが、俺を見る。

 にこっと笑った顔はさっきは優しそうって思ったけど今はどこか作り物のように見えて、すごくすごく…恐ろしかった。


「孝太くんは、ご飯どれくらい食べるかな?」


 はっきりと言える。

 コイツは俺の従兄なんかじゃない。

 でもだったら、だったら一体コイツは誰なんだよ…!?






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