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同居人は○○さま!






「元に戻ろうと思えば戻れる、これはいわば省エネだ。雲竜の法力を食って多少身体の調子がいいとは言え、無駄な力は使わないに越したことはねぇからな」

「法力を、食べ…?」


 聞き慣れない言い回しに首を傾げる。

 イオリくんはそんな俺を見ると、俺の部屋を楽しそうに探検中のみーちゃんとひーくんを鼻先で指して言った。


「お前、憑依の術がどういうもんか右目左目に聞いたんじゃなかったのか?」

「えっと、自分にあやかしをわざと憑依させてその能力を自在に操る術…じゃないの?」

「それは人間側の利点であって、それだけじゃ能力を貸してやるあやかしには何の得もねぇだろうが」

「りてん…?」

「…メリットって言やあ分かるか?」

「あ、うん」


 いまどきのガキってのは何で日本語じゃなく横文字の方が伝わるのかね、とイオリくんは呆れた口調で呟いた。

 むしろイオリくんの方こそずっと祠の中に引き籠ってたのに、省エネとかメリットとか意外と物知りだよねって思ったけど、話の腰を折るといけないと思って口には出さなかった。


「あやかし側のメリットは、宿主から相応の力を…エネルギーを受け取れるってことだ。この場合は錫杖に残ってた雲竜の法力が、働きの代価になる」

「それって、ただ憑依するのとは違うの?」

「譲渡と奪取の違いだ。同じだけの力を得るにしても、譲ってもらうのと無理やり奪うのとじゃかかる労力が違うだろ」


 俺の頭に何となく浮かんだのは、サッカーで味方にボールをパスしてもらうのと敵からボールを奪うことの違いかなって思った。

 味方にパスをちょうだいって言ったらボールをもらえるけど、敵からは自分が奪いに動かなきゃボールは取れない。

 ボールを奪う時に使うパワーや苦労は半端ない、それと似たようなこと…なのかな?


「それに憑依の術だと宿主から“中に入ってもいい”と許可があるから、比較的簡単に憑依ができる。だが単に憑依する場合、当然宿主の許可はないからその分時間も労力もかかる」

「へー、そうなんだ」


 こっちはあれかな、最初から家のカギが開いてるのとカギがかかって閉まってるのの違いみたいなものかな。

 頭の中で自分に分かりやすく変換しながら、ふむふむと納得していく。

 ていうか、憑依の術でイオリくんの調子がよくなったって…。

 それ自体はすごくいいことだと思うんだけど…


「…俺、あのあと謎の高熱が出て寝込んだんだけど」

「お前を通して雲竜の法力が俺に流れたんだ、それくらいで済んでマシだったと思え」


 俺だけ高熱に浮かされてイオリくんはピンピンしてることに若干の不公平さを感じつつ、イオリくんがちゃんと元気なんだって分かってホッとする。


 そうして少し落ち着いたところで、思考がさっきの件に戻る。

 イオリくんが俺ん家に住むって話、俺としては嫌だとかいう気持ちは全然ないんだけど…


「母さんも父さんも居るから、住むとしたら俺の部屋になるけど…いいの?」

「この際贅沢は言わねぇさ、寝床がありゃそれでいい」


 あっさりそう答えたおキツネさま。

 イオリくんがいいなら、じゃあ俺もいいかな…うん。


 突然のおキツネさまとのルームシェア案に、戸惑わなかったと言えば嘘になる。

 親にも秘密にしなきゃいけないし、これから先どうなるか分からなくて不安もあった。


(けど、突然居なくなられるよりずっといいよな。うん)


 助けてもらったお礼もしたかったし、みーちゃんとひーくんも一緒みたいだし。大変かもしれないけど、賑やかになっていいかもしれないよな。

 そんなふうに前向きに考え始めたその時、ふと俺の視界に見慣れない物が映ったんだ。


「? 何あれ、シール?」


 イオリくんが座ってる勉強机、その真ん前にある窓の上角。

 そこに赤い鳥居のマークが描かれた、5㎝四方の紙が貼られてるのに気がついた。

 あんなの俺、貼った覚えないんだけど…?


「あれはイオリさまがここに居るってことを教える目印よ、あった方が訪ねてきやすいでしょう?」

「あれを見ればイオリさまの引っ越し先がここだと分かるからな、皆も迷わず済むだろう?」

「訪ねてくるって…、うちに!? 妖怪が!?」


 ふたりの言葉にギョッと目を見開く。

 どうやらあの鳥居マークは表裏両方に描かれてあって窓の外からも見えるらしくて、いつの間にか表札みたいな物を出されてたことに慌てふためく。


「ほっ他のあやかしが訪ねてくるかもしれないなんて聞いてないよ! 母さんも父さんも居るって言ったじゃん、こっ困るよ!」

「お前の親にはあやかしの姿は見えねぇんだ、問題ねぇだろ」

「そっそれはそうだけど…! もし俺一人の時に誰か来たらどうすりゃいいのさ!?」

「俺様が戻るまで待たせとけ」


 俺の必死の抗議にも、イオリくんは平然としていてにべもない。

 気楽に考えてた気持ちが一気にしぼんでいく。

 ううっ…! おキツネさまとルームシェアするの、少し早まったかもしれない…!


「そんなことより、例のものはどうした?」

「? 例のものって?」

「…お前はヒトの話を聞かねぇどころか、自分で言ったことも覚えてねぇのかバカガキ。いなり寿司、用意するって話だったろ」


 ペシペシと三本の尻尾でいらだたしげに机を叩くイオリくんに、俺は目を瞬かせた。

 いなり寿司…、そう言えばイオリくんにできる限りお供えするって言ったような気が…。

 けど…


「えっと、この間ちゃんとお山までいなり寿司持って行ったんだよ…? けど工事中で入れなくてさ。その時ちょうどイオリくんも留守にしてたみたいだし、その…」

「ほーう? お前は礼をしに訪ねた家が留守だからって、もう二度と礼に出向かねぇのか? 自分が行った時に留守だった相手が悪いって言って? ふーん、へぇ、あっそう」

「うぐっ…」


 そう言われると、その通りだ。

 でもいなり寿司なんていつも家にあるわけないし、買ってこなきゃいけない。

 今月のお小遣いまだ残ってるから今回は母さんにお金もらわなくても大丈夫だけど、もう夕方だし。

 明日じゃダメ…かな?


「今すぐ買ってこい、日が暮れる前に戻らなきゃ一分遅れるごとに床に落ちてる荷物一つずつ燃やしていくからな」

「燃っ!? これ全部俺の大事なもんなんだけど!? トレーディングカードとかラジコンとか、漫画なんか友達から借りてる物だしっ…!」

「なら床なんぞに散らかしとくんじゃねぇ、日頃から片付けをしねぇお前が悪い」


 いいから早くいなり寿司を買ってこいと言って口から軽くキツネ火を吐いた俺様な同居人に、俺はうぐぐっと唸ったあと財布を手に取って部屋から飛び出した。


「ちょ、孝太どこに行くのー!? もうすぐ夕ご飯できるわよー!」

「そこのコンビニ、すぐ帰ってくるからー!」


 夕飯のカレーの匂いを嗅ぎながら家を出る。

 マンションのエレベーター前についたけどなかなか来なくって、俺は階段で下まで駆け下りた。

 早くもハアハアと息を切らしながら駐輪場に停めてた自転車にまたがると、ペダルをこぎつつどこへ向かおうか考えた。


「母さんにはああ言ったけど、コンビニにいなり寿司って売ってるのかな? 納豆巻きがあるのは見たことあるけど、…ちょっと遠いけどスーパーに行った方が確実かな?」

「コータ、こんびにってなーに?」

「コータ、すーぱーとは何だ?」

「あれ!? ふたりともついて来ちゃったの!?」


 俺はまだ知らなかった。

 こうやってイオリくんのためにいなり寿司を買いに走る光景が、これから先ごくごく当たり前のことになるなんて。

 そして――…



「…ふん、騒がしいガキだな」


 俺が居なくなったあと、前足を使って器用に部屋の窓を開けたイオリくんは五月の爽やかな風に当たって目を細めた。

 俺の部屋からは住んでる町や通ってる学校がよく見えて、遠くの方には着々と工事が進むあのお山も見えた。

 俺はイオリくんの言う通り、イオリくんの話をよく聞いてなかった。

 というより、すっかり忘れてしまってたんだ…。



『あのお山には俺だけじゃなく、昔から数多のあやかしが住みついている。大抵は害のない小物だが、中にはタチの悪いのもいてな。その内の一匹がさっき見たアイツ、人間達からは“オオヌマ”と呼ばれてたな』


『大抵は害のない小物だが、中にはタチの悪いのもいてな。その内の一匹が――…』


その内の・・・・一匹・・が――…』




「さーて、お次は一体どいつが出てくることやら」


 切り崩されるお山を見つめながらイオリくんが愉快そうに笑ったのを、俺が知ることはなかった。




~オオヌマ編、完~




これにて第1幕、オオヌマ編おしまいです。


pt、ブクマ、感想、ありがとうございます。

活動報告の方にオオヌマ編のあとがき載せておきます。

第2幕の開始まで、今しばらくお待ちください。


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