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うたかたの夢


本日中にもう1頁更新予定。








 最近、長く眠ることが多くなった。

 ふと気がつけば祠の中で十年が経っていた、ということもザラだった。

 昔に比べてお山も静かになり、この祠に参りにくる人間も少なくなり、俺の力も徐々に弱くなってきていた。


 まあ仕方ねぇこった、それが世の常だ。

 だがこのままこのボロい祠で独り、眠りっぱなしってのも退屈でならねぇ。

 どうせ誰も来ねぇんだ、残りの生はこの祠を捨てて自由気侭に世の中を見て過ごそうか。

 そう思い始めた頃だった、一人のガキが俺様の祠にやって来たのは。


「お稲荷さん、おねがいします。お母ちゃんの病気を治してください。キヨはこれからいい子になります、お手伝いもいっぱいします。なっ泣き虫なのもなおします、だからお母ちゃんを治してください」


 初めて見るガキだったが、どこか気配と匂いに覚えがあった。

 ああ、なるほど。コイツ、雲竜の子孫か。

 雲竜…あの生臭坊主がいた時代は、それなりに楽しかった。

 まだお山も賑やかで、あれやこれやと騒動が起き、それが終わる度によく皆で宴会をして楽しんだもんだ。


 ひとしきり俺に参ったそのガキはしばらく経って、また祠へとやって来た。


「ありがとうお稲荷さん! お母ちゃんの病気治ったの! 約束どおり、キヨいい子になるからねっ!」


 別に俺が何をしたわけでもねぇ。

 俺はただの聞き役、窓口係だ。

 まあ母親が治ったんなら、このガキもこれきり来ることもねぇだろう。

 だがそのガキは…キヨはそれから時折、俺の祠にやって来るようになった。


「お稲荷さん、これお父ちゃんの作ったトマト! 美味しいから食べてね! あのね、キヨこの前の運動会でかけっこ一番になったのよ。すごいでしょ!」


 毎日ってわけじゃない。

 決まった日時があるわけじゃない。

 それでもキヨは何かにつけて、俺の祠に参りにやって来た。

 時には花や果物を供えて、日常の他愛ないことを話して帰っていく。


 そうしてキヨが幼い子供から少女へ成長する様を、俺は見ていた。


「タツオさんここよ、小さい頃から私がよくお参りにくるお稲荷さん」

「…こんなところに祠があるとは、知らなかったな」


 セーラー服を着たキヨだ。

 お転婆だったガキが、年頃の可憐な少女になっていた。

 今日は珍しく連れがいる、学ランを着た小僧だ。


「この前のテストもお稲荷さんにお参りしたお陰で無事に乗り越えられたから、今日はお礼参りよ」

「…稲荷神社は商売繁盛の神様を祀ってるんじゃなかったか?」

「細かいことは気にしないの。それにお稲荷さんが見守ってくれて、心強かったことに変わりはないもの」


 キヨはパンパンと柏手を打って、感謝の気持ちを捧げた。

 一方でタツオと呼ばれた小僧はキヨの隣で両手を合わせると、思いのほか熱心に参り始めた。

 その思念が伝わってきて、俺は苦虫を噛み潰したような気分になった。

 おいコラ小僧、たった今キヨに注意した口で何色ボケたこと願ってやがる。


「タツオさん、何をそんなに熱心にお願いしたの?」

「…上手くいくように、な」

「え?」


 タツオはキヨに向き直ると、顔を赤らめながら短い言葉を口にした。

 小僧の告白にキヨも頬を紅色に染めると、コクンと小さく頷いたのが見えた。

 ケッ、こんな小僧のどこがいいんだか。

 人間にしちゃ少しばかり顔はいいだろうが、どうにも鈍臭そうだ。やめとけやめとけ。


「うふふ、嬉しい。ありがとう、タツオさん」


 …まあキヨが幸せなら、それでいいけどよ。

 おい小僧、キヨを泣かすようなことをしたらこの俺様が承知しねぇからな。

 キツネの執念はすさまじいんだ、覚悟しとけよ。



 それからまた、時が経つ。

 俺様の念が通じたのか小僧はキヨを大事にし、大人になってから嫁に迎えた。

 何で知ってるかって? キヨが報告にくるからさ。


「お稲荷さん、なかなか参りに来れずにごめんなさいね。悪阻がひどくて、最近ようやく落ち着いたの」


 そう言って少し汗ばんだ顔で微笑むキヨの腹は、ふっくらと膨らんでいた。

 おいこらキヨ、そんな大きな腹を抱えて独りで来たのか?

 転んだらどうするんだ、危ないだろうが。


「女の子かしら、男の子かしら。まだ知らないの、楽しみにとっておこうと思って」


 女だ、それもすこぶる元気なお転婆が生まれるぞ。昔のお前と一緒だ。

 確か人間のガキは、娘の顔は父親に似るって言うらしいな。

 安心しろ、タツオには似ないよう俺が念を送っておいてやる。


「でも女でも男でもどっちでもいいのよね、元気に生まれてきてくれたらそれで。どうかこの子が健やかに育ちますように、お稲荷さん見守っていてください」


 分かったから、そんな大きな腹でわざわざこんなところまで来なくていい。自分を大事にしろ。

 来ずとも、ここからちゃんと見てるから。

 ちゃんと、見守ってるから――…。







「おっおいなりしゃん、おいなりしゃん」


 ある日、一人のガキが俺の祠にやって来た。

 まだ四つかそこらのガキが一人で来るのは珍しく、顔を見てみれば見覚えがあった。


 ああコイツ、ついこの間生まれたキヨの娘じゃないか。

 生まれたばかりの頃、キヨとタツオが連れてきたから覚えてる。

 何だお前、今日は一人か? キヨはどうした?


「おいなりしゃん、おねがいしましゅ。おっお父しゃんを、てんごくから返してくだしゃい。い、生き返らせてくだしゃい」


 …タツオのやつ、死んだのか。

 この前キヨと一緒にここに来た時には、特に死相も出てなかったし不穏な影などもついてなかったが…。

 となると俺には予測できない事故か何かか。

 だからキヨは、ここ最近来なかったのか。

 …そうか、……そうか。


「おねがいしましゅ、おねがいしましゅ」


 幼い娘はつたない言葉遣いで、何度も何度も俺に参った。

 おそらくキヨに黙って一人で来たんだろう。

 キヨん家からお山まで、ガキにとっちゃかなりの距離だろうによくここまで来たもんだ。

 だがもう暗くなる、帰り道が分からなくなるぞ。

 早く帰れ、キヨが心配する。


 ようやく顔を上げたキヨの娘だったが、キョロキョロを左右の道を見比べると不安な顔でまた涙を浮かべた。


「ど、どっちに行けばいいか、わかんにゃい…」


 ああもう、言わんこっちゃねぇ。

 ったく、仕方ねぇな。

 俺は久々に祠から出ると、白いキツネの姿でガキの前に現れた。


「キ、キツネしゃん…?」


 ととと、と四つ足で近づけばガキは一瞬怯えた顔をした。

 だが涙に濡れた頬をペロッと舐めてやれば、パチパチと目を瞬かせて俺を見てきた。

 しょっぺぇ涙だな。ほら、ついて来い。


「ま、待ってぇ!」


 時折後ろを振り返りながら、ガキが追ってこれる速度で山を下りる。

 そうやってお山の出口まで来たところで、俺はフッと姿を消した。


「あれ…? キツネしゃん…?」

「佳世!」

「あっ、お母しゃん!」


 乱れた髪、泣き腫らした目、慌てて家を出てきたのかキヨは左右で違う靴を履いていた。

 娘に駆け寄ったキヨは娘がどこも怪我してないことを確かめると、深く安堵の息を吐いた。

 そしていつもは穏やかなキヨが、恐い顔で娘を叱った。


「一人でこんな遠くまで来て! お母さんとっても心配したんだからね!」

「ご、ごめんなしゃいいいい!」


 わんわん泣く娘をひしっと抱き締めるキヨを、俺は木の上からそっと見下ろしていた。

 よかったなキヨ、よかったな。






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