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こんじきの業火②






「俺を食いたきゃ食えばいい! その代わりばあちゃんや母さんっ、イオリくんには手を出すな!」


 石や木の枝をガンガン投げつけて、オオヌマの注意をイオリくんから逸らそうとする。

 そんな俺にイオリくんはオオヌマに首を絞められながらも、額に青筋を浮かべて俺を怒鳴り飛ばした。


「っこんのバカガキ! そんな道理がコイツに通用するか! いいからさっさと逃げろ! 邪魔なんだよ!」


 ごめんイオリくん、でも俺にはできないや。

 足手纏いだって分かってる、俺がいても邪魔なだけだって分かってる。

 でも命を張ってばあちゃんや母さん、俺を助けてくれようとしてるイオリくんを見捨てて逃げるなんて…できないや。


「うう゛う雲、竜ううう! あ゛のに゛っくき坊主めえ゛え゛ええ!!」


 イオリくんから俺に…というより雲竜さんに意識の逸れたオオヌマは、怒号と共にイオリくんを離した。

 触手から解放されたイオリくんは戦いのダメージが大きかったみたいで、地面に倒れたまま立ち上がることができずにいた。


「こっちだノロヌマ!」


 イオリくんから少しでも離そうと、石を投げつけながら後ろにさがる。

 オオヌマは身体の正面を俺に向けると、大きな口の上に目玉をたくさんは生やしてギョロッと俺を睨み付けた。


「うう゛雲竜の子孫、望みどお゛り食らうてやる゛わああ゛あ゛ぁ!」


 拾った石を両手に持って、怨みと怒りに我を忘れたオオヌマと向き合う。

 石ころなんかじゃ敵わないって分かってた。

 それでも守りたかった。逃げたくなかった。


 ひねくれてて俺様で、横暴で素直じゃなくて。

 でも命懸けで俺達を守ろうとしてくれたおキツネさまを、独りで死なせたくなんて…なかった。


「来やがれ、このぐちゃぐちゃ妖怪!」


 絶対簡単にやられてなんかやるもんか!

 石を構えた俺に向かってオオヌマが口を開けて突進してきた、その時。

 シャランッ…と、耳元でまたあの不思議な音が聞こえた。

 と、次の瞬間――…!



――ピシャーーーンッ!!!

「――っ!?」



 まるで雷が落ちたような強烈な光と轟音が、俺の目と耳を覆い尽くした。

 あまりに眩しすぎる光に目を瞑り、大きすぎる音に一瞬何の音も聞こえなくなった。

 騒がしい夜の暗闇から、無音で真っ白な光の世界へ。


(い、いったい何が…!?)


 しばらくして光がおさまって、ザアアッと木が風に揺れる音が聞こえるようになった。

 恐る恐る目を開ければ、そこには俺の身長よりも大きな1本の棒が地面に突き刺さってたんだ。

 シャランと上の方で丸い飾りが揺れて、周りには電気みたいな青い光がパチパチと散っていた。

 こ、これって…


「雲竜さんの、錫杖…?」


 それは蔵の二階にあるはずの、雲竜さん愛用の武器――錫杖だった。

 なっ何でこれがここに…?

 まるで天から降ってきたように突然現れた錫杖に呆然としていれば、オオヌマのやつが狂ったように暴れだした。


「アア゛アァ!!! う゛んりゅう、雲竜が来だあああ!!!」


 錫杖を見て後ずさり、怯えて錯乱する化け物。

 自分を長い間封じてた雲竜さんが愛用してた武器は、オオヌマにとってトラウマを呼び起こすには充分すぎたみたいだ。

 一方で俺と同じように錫杖の登場に驚いていたイオリくんは何かに気づいたような顔をすると、急いで俺に指示を出した。


「おいガキ! その錫杖を手に持て!」

「手に持てって、地面から引っこ抜けってこと!? おっ俺の力じゃ無理だよ! これすっごく重いんだから!」

「そうじゃねぇ! 握ったらそのまま離すなって言ってんだ!」


 に、握るだけ…?

 パチパチと電気が鳴ってて怖かったけど、イオリくんに言われた通りに俺は思いきって錫杖の柄を掴んだ。

 その瞬間、ブワッと身体の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。


「いい゛いやだああ! 冷だい岩のながに何びゃぐ年も゛封じられ゛る゛のは、も゛ういやだあ゛あ゛ぁああ!!!」

「わっ!?」


 取り乱したオオヌマが我武者羅に触手を振り回す。

 その内の一本が俺のすぐ真横に振り下ろされて、力強く地面を叩いた。

 ビクッと身体がすくんで、思わず錫杖から手を離しそうになった。


「孝太!」


 名前を呼ばれ、ハッとする。

 イオリくんは木に寄りかかりながら辛そうに立ち上がると、ビシッと俺を指差した。


「そこから動くな! 絶対に錫杖から手を離すんじゃねぇ、いいな!」

「わ、分かった!」


 俺はグッと錫杖の柄を握りしめた。

 イオリくんの姿が学ランの高校生から白いキツネの姿に変わった…いや、戻った。

 三つの尾をなびかせながら、四つ足でこっちに向かって走り出す。


「ちちぢがう、雲竜はじんだ…! 死ん゛だんだあ! こ゛の子ども゛は雲竜じゃないいいい!!」


 錯乱してたオオヌマの目が、錫杖の向こうにいる俺を捉えた。

 今度は一斉に、何本もの触手が俺めがけて叩き下ろされた。

 でも俺は逃げなかった。

 オオヌマの大きな身体を飛び越えて、夜空の月をバックに真っ白なおキツネさまが俺に向かって飛びこんでくるのが見えたから。

 キツネの姿でも、イオリくんが不敵な笑みを浮かべてるのが分かった。


「お前が言い出したことだからな、上手くいかなくてもあとで文句言うなよ!」


 そうしてイオリくんとオオヌマの触手が、ほぼ同時に俺の身体に突っ込んだ。





 ひとつ目のあやかし、みーちゃんとひーくんは木の陰からその光景をジッと見ていた。

 大きな目を見開き、ゆっくりと瞬かせ、そしてほうっとため息をついた。


「ああ、素敵、きれいね」

「ああ、まばゆく、美しいな」


 ふたりの大きなひとつ目には、煌々こうこうと輝く金色こんじきの炎が映っていた。

 濃くて猛々しくて、そして周囲の闇をはらうように燃え盛るキツネ火が俺の…俺達の身体を取り巻いていた。


「ギヤア゛アァア゛ァ゛!!!」


 炎に引火したオオヌマが、悲鳴を上げて仰け反った。

 俺を叩き潰そうとしていた触手全てが一気に燃え上がり、燃え尽きた先の方から灰になって消えていった。

 俺の身体は元の人型を保ったまま、手や足の爪が鋭く尖ってるのが見えた。

 あとから聞いた話だと、髪の毛は真っ白に、目の色は赤く変わってたらしい。

 耳は人間からキツネの耳に変化して、周りの音がよく聞こえた。

 尻には三本の尻尾が生えて、身体のバランスがとても取りやすかった。


「これが、憑依の術…?」

『どうやら上手くいったみてぇだな』

「イオリくん!」


 頭の中で声がした。

 自分の中に、イオリくんがいるのが分かった。

 イオリくんの力が、考えが、勇気が、体中を血と一緒に巡っていくような感覚だった。

 握ってた錫杖をずぼっと地面から抜く。

 あんなに重かったのに今は軽々と持つことができた。

 一度も使ったことなんてなかったけど、どう使えばいいかはイオリくんの記憶が教えてくれた。

 片手でくるくると回して脇に挟んで構えを取れば、輪っかの飾りがシャランッと音を立てた。


『錫杖の助けがあるっつっても長くは持たねぇ、一撃で決めるぞ』

「うん!」


 オオヌマは触手を自ら切り離すことで、本体が燃えるのを防いだみたいだ。

 そのまま炎に怯えて逃げるかと思ったけど、自分に挑もうとしてるのが小さな人間の子供だっていうのが、人間や他のあやかし達に“大沼”として恐れられてきたオオヌマのプライドに障ったらしい。


「にに゛人間の゛こども゛と死にぞこな゛いのギツネなど、わ゛わ我の敵ではない゛わあ゛あ゛ぁあ!!!」


 人間の手足をバタバタ動かしながら、大きな口を開けてオオヌマが突進してくる。

 俺は地面を力強く蹴ると、真っ正面からオオヌマに向かって行った。

 ブワッとさらに大きなキツネ火が業火となって全身を包む。

 錫杖を前に構えて突き進む姿はまるで大きな火矢のようだったと、あとで言われた。


『このまま突っ込め!』


 俺はイオリくんの声に後押しされるように、オオヌマの口の中に飛びこんだ。


「「コータ!? イオリさま!?」」


 驚いたみーちゃんとひーくんが悲痛な声を上げると同時に、バクンッ!とオオヌマの赤い口が閉じられた。

 山に、静寂が満ちる。

 ふたりが固唾を飲んで見守る中、俺達を食ったオオヌマがニタァッと勝ち誇った笑みを浮かべた…その時だった。


「!? グアア゛ァアア゛ァ!?」


 オオヌマが口から炎を吹き、苦しみ始めた。

 それと同時に俺達は口の反対側から錫杖の先でオオヌマの肉を破ると、外に飛び出した。

 内側からオオヌマの真っ黒な巨体が一気に燃え上がる。


「ああ゛あづいい゛い゛!! 燃え゛るうう゛、内から゛燃えるう゛う゛う!!!」


 オオヌマが身もだえる様子を、俺は錫杖を構えながら見ていた。

 最後の抵抗で反撃されるかもしれないと思って、油断しなかった。

 金色の濃密な炎に巻かれたオオヌマの、たくさんある目玉が俺の姿をとらえる。


「ごんな゛っ、ごんな゛子供に゛我が敗れ゛る゛などお゛おお゛…!」


 アア゛ァア゛ア゛ア!!!

 オオヌマは最後に一際大きな断末魔を上げると何も言わなくなり、大きな身体もあっという間に燃え尽きてしまった。

 残った灰も風によって夜空に舞い上がり、跡形もなく消えていった。


 オオヌマが、滅びた。

 終わった、これでもう…終わったんだ。

 ホッと肩の力を抜いたその時、俺の白く大きなキツネの耳がパチパチという小さな音を拾った。


「「見事、おん見事なり」」


 声を揃えて小さな手で拍手をするみーちゃんとひーくんの姿に、俺はようやく心からの笑顔を浮かべたのだった。






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