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ばあちゃんと椿の花②





 だってばあちゃん、まだまだ若いもん。

 病気なんかに負けるわけないよ、うん。


「ああ、そういえばねぇ孝ちゃん。裏の庭に、小さな蔵があるの分かるかしら?」

「うん、この前観た時代劇に出てくるみたいな古い蔵だよね」

「その脇にねぇ、椿が植えてあるの。今年はいつもより遅いみたいで、前見た時はまだ咲いてなくねぇ。もうすぐ五月になるし、今はもう咲いてるのかしらねぇ」


 キヨばあちゃんはおもむろに窓の外に目を向けた。

 けど表の庭に面したここからじゃ、当然裏庭の椿なんか見えない。

 小さい頃からばあちゃん家は探検しつくしてきたから、ばあちゃんの言った椿の木のことはすぐに分かった。


「俺が取ってきて見せてあげるよ、何本くらい欲しい?」

「一輪で充分よぉ、咲いてたらでいいからねぇ」

「まかせて!」


 水ようかんを二口で食べ終えると、俺は元気よく部屋を飛び出した。

 蔵に行くなら裏の勝手口から出た方が近いよな、と来た時とは別の廊下を通る。

 ばあちゃん家は広くて部屋がいくつもあるから、近道するために途中で仏間を横切った。


 仏間の天井の近くには、亡くなったご先祖様たちの写真が並べて飾ってある。

 最初は古い白黒写真で、途中からカラー写真に。

 その最後に、ばあちゃんの旦那さんのタツオじいちゃんの写真が飾られてる。


「何度見てもじいちゃんってイケメンだよなー、映画俳優みてぇ」


 じいちゃんって言っても写真に写ってるのは、若い男の人だ。

 タツオじいちゃんは母さんが小さい頃に死んじゃったらしく、もちろん俺は会ったことなくて名前くらいしか知らなかった。

 俺はじいちゃんの写真を見上げて独り言を呟いたあと、パンッと手を合わせて目を閉じた。


「どうか、ばあちゃんを守ってください。ばあちゃんが、早くよくなりますように」


 これでよしっと。

 そうして俺は自分には少し大きいサンダルを引っ掛けて勝手口から外に出ると、蔵の脇のツバキを目指した。




「お、咲いてる咲いてる」


 俺の背より倍くらい高い樹には、たくさんの椿の花が咲いていた。

 ただそのすぐ隣、夕日に照されて赤黒く染まった蔵を見て少したじろぐ。


(いつ見てもなぁんか不気味だよなぁ、この蔵って…)


 裏庭にある蔵は、こじんまりとした一軒家くらいの大きさ。

 中にたくさん物が積まれてて危ないからっていう理由で、ばあちゃん家の中で唯一入ったことがない場所だ。

 中に何があるか分からないせいか、外から見ても何だか不気味で俺はこの蔵が苦手だった。

 早く椿取って、ばあちゃんのところに戻ろうっと。


「…ん? あれ、とっ取れない…!」


 たくさん咲いてる中で、一番綺麗だと思ったものをチョイス。

 背伸びして手を伸ばせば、目当ての椿が咲いてる枝に何とか届いた。

 けどてっきりポキッて簡単に折れるって思ったのに意外と枝がしっかりしてて、なかなか上手く取れなかった。

 細い枝を左右にグリグリ、ぜっ全然折れない。

 何度か繰り返す内に手の方が擦れて痛くなる。


「あーもう、何で折れないんだよ! くっそー!」


 俺はむきになってぐぐぐーっと枝を引っ張った。

 と、その時だった。


「バカガキが。そんなふうに無理矢理引っ張るんじゃない、樹が傷むだろうが」

「うわあっ!?」


 すぐ背後からかけられた声に、俺は文字どおり飛び上がって驚いた。

 その拍子に椿の花が丸ごとボトッと地面に落ちる。

 けどそれを気に止める余裕もなくて、俺は慌てて後ろを振り返った。


「だ、誰…!?」


 立っていたのは、全身真っ黒な服を着た若い男の人だった。

 足音もなく突然現れた男の人に、ドッドッドッドッと大きく音を立てる胸を押さえながら後ずさる。


 ここはうちの敷地、しかも裏庭。

 迷いこんで入るような所じゃない。

 とっさに俺は「不審者!」って叫ぼうとした。

 けどもしかしたら近所の人かもしれないって…俺の知ってる人かもしれないって思って、夕日で逆光になってよく見えない顔を目をこらしてまじまじと見てみた。


「……え!?」


 予想通り、それは俺の知ってる人だった。

 けど予想をはるかに越えた人物に、俺はザッと顔を青ざめることになった。


「じ、じいちゃん…?」


 なぜなら仏間の写真と同じ、タツオじいちゃんの顔がそこにあったからだ。

 いっいやまさか、そんなはずはない。

 信じられなくてゴシゴシ目を擦ったけど、ついさっき見た写真と同じ顔の人が俺の前に立っていた。


 目をまんまるに見開きながら、金魚みたいに口をパクパク。

 心臓がより一層バクバクと早鐘を打って、背中に冷や汗が伝う。

 そんな俺を見て目をぱちくりさせた男の人は、次の瞬間ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた。


「――…へぇ、お前俺のことが見えるのか」


 夕日で真っ赤に染まる空をバックにたたずむ、黒服の男。

 目を細めて笑った顔はひどく怪しげで、俺はゴクリと息を飲んだ。

 強い風が吹き抜けて、庭の木々がザアアッと不気味な音を立てた。

 見えるのかって、見えるのかって…!

 まさか、まさかまさかまさか!


「ゆゆゆゆ…!」


 幽霊いいいいい!?


「ひっ、ひゃああああああ!!!」


 俺は今までの人生の中で出したことのない悲鳴を上げると、馴れないサンダルで転びそうになりながら猛ダッシュ。家の中へ逃げ込んだ。


 嘘だ嘘だ嘘だありえないありえないありえない!

 どうしようどうしよう見ちゃった見えちゃった!

 人生で初めての心霊体験にパニックになりながらバタバタと廊下を駆け抜ければ、ちょうど買い物から帰ってきた母さんが台所にいて俺は全力ダッシュの勢いのまま突進した。


「どうしたの孝太、そんなに慌てて。一体何事?」

「かっ母さん! じっじじじじ…!」

「痔?」


 母さんに抱きついたまま後ろを振り返れば、あろうことかじいちゃんの幽霊が俺のあとを追って家の中に上がりこんでいた。

 ヒッ!と悲鳴を上げた俺は母さんの背に隠れると、震える手で男を指差した。


「じ、じいちゃんが化けて出たあああ!」


 俺の絶叫に母さんはポカンと口を開けて男と俺を見比べたあと、それはそれは大きな笑い声を上げたのだった。





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