星空ラナウェイ
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励みになります。
「……?」
けどいつまで経っても恐れてた痛みや衝撃はやって来なかった。
不思議に思って恐る恐る目を開ければ、視界がキラキラと黄色に輝いていた。
黄色…じゃない、これは…金色?
「よおガキ、そんなところにうずくまってどうした? 腹でも壊したのか?」
「!」
頭上から聞こえた声にハッとして、俺は顔を上げた。
俺達を庇うように立つ、学ランの背中が見えた。
こっちをチラリと見た横顔には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。
「イ、イオリくん!」
来てくれた…! イオリくんが、助けにきてくれた…!
ピンチに颯爽と登場したイオリくんはまるでヒーローみたいに格好よくて、喉の奥からグッと熱いものがこみ上げてきて思わず目に涙が浮かんだ。
嬉しくて、すごく安心して。
でもそれを素直に出せなくて、俺はイオリくんに見られないよう拳で涙をぬぐうと憎まれ口を叩いた。
「おっ遅いよイオリくん! 今まで何してたんだよ!?」
「寝てた」
「寝っ!? おっ俺達あと少しで死ぬとこだったんだけど!?」
「るせぇ、間に合ったんだからいいだろうが」
あっけらかんと答えるイオリくんにそれまでの感動もどっかに飛んでいって、俺はよろよろと立ち上がった。
するとイオリくんの向こう、俺達を包むのとは別の金色の光が見えたんだ。
「ギガアアァ゛…! もえ、燃え゛るうぅぅ!」
オオヌマが、炎に包まれて苦しんでいた。
真っ黒な身体のすぐ周りの炎だけが赤黒く、そこから外側にいくにつれて赤、オレンジ、そして金色へと炎の色が変わっていた。
もしかして俺達を守るように包んでるこれが、イオリくんのキツネ火…?
でもオオヌマと違って俺やみーちゃんやひーくんは燃えてなかった。
「全然熱く感じないけど、これって俺達は燃えないの…?」
「俺様クラスになると燃やしたいと思うものだけ燃やせるんだよ、何ならお前の服だけ燃やしてみせようか?」
「やっやめてよ!? 絶対やめてよ!?」
「安心しろ、パンツは残しておいてやる」
「やめてったら!」
庭にパンイチで放り出されるとかとんだ罰ゲームじゃん! 俺めちゃくちゃ頑張ったのに!
涙目で抗議する俺を見て、イオリくんはおかしそうにクククッと笑った。
そんないつも通りのイオリくんに、呆れると同時に安心して俺もつられて笑顔になる。
全身あちこち痛くて血も出てたけど、さっきまで俺を支配してた恐怖心はもうなかった。
「お゛前は、ああ゛あの時のギツネかあぁ゛…!」
「よおオオヌマ、久しぶりだな。相変わらずきったねぇダミ声してんな、耳が腐りそうだぜ」
オオヌマはじたばたと暴れることで、自分を燃やしていた炎を消したみたい。
真っ黒な身体からプスプスと煙が上がっていて、今まで以上に強烈な臭いがここまで届いてきた。
そして俺の破魔矢が当たったところだけが、不自然にボコッとなくなっていた。
「ちょっと見ねぇ間にずいぶんと痩せ細っちまったなオオヌマ、そのうえ人間のガキにいいようにやられちまってまぁ。人間とあやかし両方に恐れられた“大沼”の、見る影もねぇな」
「おお゛お前の方ごそ、いま゛の火はななな゛んだああ゛…? ああ゛あの程度で、我を滅せら゛れ゛るどお゛お思うでがああぁ!?」
「ハッ、お前があんまり不憫なんで手加減してやったんだよ」
オオヌマと普通に会話し始めたイオリくんに俺は少しびっくりした。
だって、オオヌマがしゃべれるのは分かってたけどまともに会話できるとは思わなくて。
けどイオリくんは俺をバカにする時と同じニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべながら、オオヌマを挑発し続けた。
「今のお前なら俺様が相手するまでもなく、コイツだけで充分だったかもな。悪かったな、名勝負の邪魔しちまってよ。法力もねぇ人間のガキ一人にこてんぱんにやられる無様な姿見損ねちまったぜ、残念だ」
「ぎ、貴様ああ゛あ!」
俺達を包んでたイオリくんのキツネ火が、フッと消えた。
それを見て、怒り狂ったオオヌマが焼けた身体を引きずりながら勢いよく迫ってきた。
そして俺達を叩き潰そうとまた触手を振りかざす。
オオヌマの攻撃が当たる寸前、イオリくんは俺を脇に抱えると空中に向かって大きくジャンプした。
「飛ぶぞ、舌噛むなよ」
「わっ!」
オオヌマを避けて、いったん家の屋根の上に飛び乗る。
イオリくんは弾みをつけると、そのまま夜空に舞い上がった。
俺は破魔弓を肩にかけながら、みーちゃんとひーくんを落とさないようしっかりと腕に抱いた。
どんどん空高くに上がっていく。
眼下に夜の街が広がって、電柱や家の明かり、車のライトが豆電球みたいにキラキラと光って見えた。
振り返るとオオヌマも空を飛んで、俺達のあとを追ってきていた。
「つ、ついてくる」
「愚鈍なアイツにも分かりやすく挑発してやったからな。それに、今のオオヌマにはキヨよりお前の方がよく見えるんだろう」
「…?」
よく見えるっていう言葉が何だか意味深で、俺はイオリくんを仰ぎ見た。
イオリくんもちょうどこっちを見てて目が合う。
星空飛行しながらイオリくんは全身ボロボロの俺をチラリと見たあと、フンッと鼻を鳴らした。
「ずいぶんと苦戦したようだな、いったいどんなやられ方したらそんなに汚れるんだか」
「うっ…、しっ仕方ないだろ。あんな大きくてキモいやつだなんて知らなかったし。そっそれにやられてばっかりじゃないし、あのボコッてなってたとこ俺がやったんだからなっ!」
俺はちょっぴり得意になって胸を張る。
でも続けられたイオリくんの質問に、すぐにシュンと項垂れることになった。
「で、肝心の命中率はどうだったんだ?」
「……十本中、さっ三本」
しかも内一本は真後ろから狙って当てたやつだ。
動いてるオオヌマに当てることができたのはたった二本、ようやくまともに決まったのも最後の一本だけ。
射た矢も回収するひまなかったし、弓はあるけど矢はもうなくなってしまった。
(あんなに練習したのに…)
イオリくんの教えを守らずに焦ってただ射ちまくって、矢を無駄にするばかりで俺はオオヌマを倒すことができなかった…。
きっと怒られる、いや呆れられてバカにされるかもしれないと俺は顔を伏せた。
「…三割弱か、まあ数日前に弓をやり始めたガキにしちゃ上出来かもな。昔に比べてオオヌマが弱くなったとは言え、アイツ相手によくやった方だろうよ」
「え…?」
イオリくんは前を見たまま飛んで、こっちを見なかった。
でも俺の耳にはしっかりとイオリくんの言葉が届いてて、うるうると涙がこみ上げてきてとうとう我慢できずにボロボロと泣いてしまったんだ。
「泣くな、鬱陶しい」
「イ、イオ゛リぐんんん!」
「おいこら鼻水つけるんじゃねぇよ! きたねぇだろうがこのバカガキ!」
イオリくんは追ってくるオオヌマをチラッと見ると、徐々に地上に向かって下降し始めた。
「まだ何も終わっちゃいねぇんだ。いわばこっからが本番だ、気を抜くんじゃねぇぞ」
「う、うん!」
きっとイオリくんに、何か考えがあるんだ!
元気が出てきて涙を拭いた俺の目に入ってきたのは、工事中で立入禁止になっているあの大きなお山だった。