vs.オオヌマ
俺にはすごく意地悪なイオリくんだけど、母さんやばあちゃんの前だと礼儀正しくていい子な従兄を完璧に演じてた。
「ごめんねーイオリくん、ちょっと商店街までお使いお願いできるかしら?」
「はい、任せてください佳世さん」
「ありがとうね、助かるわぁ。あっ孝太ー、あんたもイオリくん手伝って一緒に行きなさーい」
「はーい」
にこやかな笑顔で母さんの頼み事を引き受けるイオリくんは、何も知らない人から見たら爽やかなイケメン高校生だ。
商店街のおじさんおばさんにも人気で、買い物に行く度に色々おまけしてもらってた。
俺もおこぼれにあずかって出来立ての揚げ物をもらったりしてたから、普段なら面倒臭いお使いもイオリくんと一緒に行くのは結構好きだった。
昨日も商店街からの帰り道。
おまけでもらった熱々のハムカツをはふはふと食べながら、隣を歩くイケメン高校生を見上げて心から感心。
「イオリくんって本当、猫を被るのが上手だよね。キツネなのに、ぷぷっ」
「くっだらねぇ、それで上手いこと言ったつもりかクソガキ」
けど俺と二人きりの時は態度が一変。
笑う俺を見て、爽やかイケメン高校生から本性の俺様ギツネが顔を現す。
ちょ、ちょっとした冗談じゃんか。
そこまで冷たい目で見てバカにしなくてもいいじゃんか、ううっ。
イオリくんはキツネは人を化かしてなんぼだって得意気に言って、人の記憶を書き変えられるくらい自分は化かすのが上手いんだって自慢してた。
「でも俺、イオリくんが本当の従兄じゃないってすぐに気づいたよ?」
「バカだから俺様の高度な術を容量の少ないお前の脳は受け入れられなかったんだろ、バカだから」
「にっ二回も言わなくていいじゃん」
そんなふうに俺には意地悪で冷たいイオリくんだったけど、俺はイオリくんを嫌いにはなれなかった。
だって演技かもしれないけど、猫を被ってるだけなのかもしれないけど、イオリくんは母さんとばあちゃんには本当に優しかったんだ。
母さんの家事を手伝ったり、寝たきりのばあちゃんを労ったり、本当にすごくすごく…優しかったから。
だからこそなおさら俺は今日、イオリくんに裏切られたような気持ちになったんだ。
「…イオリくんの、バカ」
夜ご飯とお風呂を終えた俺は、自分の部屋でふてくされていた。
もやもやした気持ちのまま机に顔をうつ伏せる。
そんな俺の傍らでは、みーちゃんとひーくんが俺の部屋を物珍しそうに見回していた。
「あらあら、これがコータの部屋なのね。人間の子供はずいぶんとゴツゴツした生き物が好きなのね」
「ほうほう、これがコータの部屋か。人間の子は何とも面妖な人形が好きなのだな」
壁に貼られた恐竜のポスターや、棚に飾られたライダー物のフィギュアを見てころころ楽しそうに笑い合う。
頭に血が上ってたから、ふたりを肩に乗せたままだってのに気づかずにお山から一緒に連れて帰ってきちゃったんだ。
手を繋いで探検する仲良しなふたりの姿を見て、自分が嫌になってますます落ちこむ。
あっちでもこっちでも喧嘩して、俺ホント何やってんだろ…。
「…みーちゃん、ひーくん。イオリくんと雲竜さんがオオヌマを倒した時って、どんな感じだったの?」
自分の身長と同じくらいのペンを器用に使って俺の自由帳にラクガキして遊び始めたふたりは、昔を思い出すようにんーっと目をつむった。
「雲竜は最初、オオヌマを封じるのではなく完全に退治しようとしていたの。オオヌマは悪どくて、生きている限り周囲に災いをもたらすからって」
「そう雲竜は初め、オオヌマを封じるよりこの世から消そうとしていたのだ。オオヌマはタチが悪く、生きている限り人間とあやかし両方に害をもたらすからと」
え、そうなの…?
じゃあ何で完全にやっつけちゃわないで、封印する方を選んだんだ…?
「オオヌマは身体を水のように変形させることができるから、錫杖で殴ってあやかし退治をするのが得意な雲竜とは相性が悪かったの」
「オオヌマはしぶといやつで身体が少しでも残っていればまた復活するから、錫杖で殴ってもキリがないと雲竜も手を焼いていたのだ」
ふたりはペンをぶんぶん振って、錫杖で殴るまねをして見せた。
それを聞いて俺は首を傾げる。
「でも、オオヌマの身体は燃えやすいんだろ? だったらイオリくんのキツネ火で、簡単にオオヌマを倒せたんじゃ…?」
「確かにイオリさまのキツネ火は強力だったけれどオオヌマは身体がとーても大きいから、イオリさま一人で全てを燃やし尽くすのは難しかったの」
「確かにイオリさまのキツネ火は確かに強力だったが大きなオオヌマを完全に燃やして滅ぼすには、イオリさま一人の火力ではちーっと足りなかったのだ」
ふたりはノートにぐるぐると絵を描いて俺に見せてくれた。
正直三才児の絵みたいで上手とは言えなかったけど、多分黒いぐちゃぐちゃがオオヌマで、手足のある人っぽいのが雲竜さん。
そして雲竜さんの傍にいて、口から火を吐いてる四つ足の白い動物がイオリくんだ。
「だから雲竜は“憑依の術”を使うことで、イオリさまと力を合わせてオオヌマを倒そうとしたのよ」
「そう雲竜は“憑依の術”を使うことで、イオリさまのキツネ火を業火に変えようとしたのだ」
「ひょういの、術…?」
テレビか何かで聞いたことのあるおぼろげな知識を頭の奥から引っ張り出す。
憑依って確か、幽霊とか妖怪が人間に乗り移って操ること…じゃなかったっけ?
「憑依の術は、力のある人間がわざとあやかしを自分に憑依させて、あやかしの能力を増幅させて自在にあやつる技なのよ」
「憑依の術は、力のある術者が敢えてあやかしに憑依されることで、あやかしの能力を限界以上に引き出し進化させる技なのだ」
ふたりの説明に頭の中でイメージを膨らませてみる。
雲竜さんとイオリくんが合体して強くなる…うーん、ロボット二体が合体して巨大化するみたいな感じかな…?
いや、それよりもヒーローが変身スーツを着てパワーアップするって言った方が近いのかな。
うわーうわー、何それすごくカッコいい。
「でも相手はイオリさまだからね」
「でも相手はイオリさまだからな」
しかしみーちゃんとひーくんは小さな肩をすくめると、声を揃えてこう言った。
「「若い娘ならまだしも何が悲しくてむさ苦しい生臭坊主なんかに乗り移らなきゃならねぇんだ、俺様は絶っっっ対にい・や・だ・ね!」」
小さい身体で仁王立ちしてふんっと鼻息を吹き、イーッと歯を見せたふたりに俺はぽかんと口を開けた。
「そう言ってイオリさまは猛烈に嫌がったの」
「そう言ってイオリさまは断固拒否したのだ」
「っ、あはははっ! イ、イオリくんらしいや!」
ふたりの物マネが可愛くって、イオリくんが言いそうなことだなって納得して思わず爆笑。
そんな俺を見てみーちゃんとひーくんもニコニコと嬉しそうにしていた。
そういや最近ずーっと悩んでばかりで、こんなふうに声出して笑うことってなかったな…。
何かちょっとだけ、気持ちが軽くなったような気がする。
「結局イオリさまのキツネ火でオオヌマの逃げ道を塞いで、怯えたオオヌマが燃やされないよう岩の中に逃げこんだところを雲竜が封印したのよ」
「結局イオリさまのキツネ火でオオヌマの行く手を阻んで、燃やされるのを嫌がったオオヌマが岩の中に身を隠したところを雲竜が封印したのだ」
「そうだったんだ…」
ふたりの話を聞いて、自分がかなり早とちりしてたことを知る。
てっきり俺はイオリくんがもっとこう、無敵な感じでオオヌマを追いつめたんだって思ってた。
でも実際は雲竜さんと、それこそ力を合わせてオオヌマを岩に封印したんだ。
なのに俺はぜーんぶイオリくんに押しつけようとしてた。
倒せるんだろって決めつけて、自分のしたくないことを全部イオリくんにさせようとしてた。
(俺って、サイテー…)
今度は反省して顔を机にうつ伏せる。
けど、けどさ。たしかに俺も悪かったけどさ、オオヌマがイオリくんのキツネ火におびえて逃げるなら追い払うことはできるんだよな…?
五日以内に弓を上達しろって言われてこれまでスパルタ指導されてきたけど、イオリくんがアイツを追い払ってくれるならもっと練習する時間が取れるんじゃ…。
俺も悪かったけどさ、もう少しくらい手助けしてくれてもいいじゃんか。
イオリくんの…ケチんぼ。