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喧嘩勃発!






「どうしたのコータ、元気ないわね」

「どうしたコータ、腹でも痛いのか」

「え…?」


 夕方、イオリくんがまだ来てない祠の前で一人弓矢の練習をしていた俺は知らない内にため息をついていたらしい。

 ひとつ目のあやかし、みーちゃんとひーくんが心配そうに俺の顔を覗きこんできて、俺は慌てて笑顔を作った。


「ううん、何でもないよ。大丈夫」


 ふたりに心配かけないよう明るく振る舞おうとしたけど、気持ちは重く沈んだままなかなか浮上してくれなかった。


 あれから、雄大とは学校が終わるまでずっと口をきかなかった。

 幼稚園からの仲だから雄大の性格はよく知ってる、俺から折れた方が早いのも分かってる。

 でも、俺は悪くない。

 絡んできた雄大が悪いんだっていう思いから、俺は謝ることができなかった。


(自分は悪くないって思うのに、喧嘩したあとって何でこんないやな気持ちが残るんだろう…)


 暗く苦い気持ちのまま弓を引く。

 木に貼った紙の的の端っこに、パシュッと矢が刺さった。


「うう、くっそー。なかなか真ん中に決まらない」


 初日は弓を引くだけで腕がぷるぷるしちゃって、矢を射るどころの話じゃなかったけど。

 もともと運動が得意なのとイオリくんのスパルタ指導のお陰で、射てばちゃんと的に当たるまでに成長した。

 ただまだ真ん中に当てるのは難しくて、それにあまり深く刺さらなくて不安になる。


「はぁー、こんなんで本当にオオヌマってやつを倒せるのかな…」


 的から矢を抜きながら、またため息。

 すると俺の独り言を聞いていたみーちゃんとひーくんがなぜか驚いたように大きな目をパチパチさせて、お互いに顔を見合わせたんだ。


「なんだ、相手はオオヌマなのね。なら簡単だわ」

「なんだ、相手はオオヌマなのか。なら楽勝だな」

「イオリさまがいるからね」

「イオリさまがいるからな」


 うんうんと頷き合うふたりに、俺は首を傾げた。

 イオリくんがいるから簡単って、どういうこと…?


「あら、コータは知らないの? オオヌマはあやかしの火が嫌いなのよ、身体が燃えやすいの」

「おや、コータは知らないのか? オオヌマはイオリさまのキツネ火が怖いのだ、燃やされてしまうからな」

「そ、そうなの?」


 今度は俺が驚く番だった。

 とにかく弓矢で倒せるかどうかってことばかり心配してて、あの黒モヤの弱点とか考えてもなかった。


 ふたりが言うには、普通の火じゃダメだけど同じあやかしが生み出す炎はオオヌマに効果テキメンらしい。

 でも確かイオリくん、自分のキツネ火は目眩ましくらいにしかならない…みたいなこと言ってなかったっけ?


「あの時もそうだったわね、イオリさまが手を貸してあげて雲竜が封印したのよ」

「あの時もそうだったな、イオリさまがオオヌマを追いこんで雲竜が封印したのだ」

「なに、それ…」


 初めて聞く話に、俺はがく然とした。

 そんな、俺には自分でやれって言って口で指導するばかりでイオリくん自身は全然動こうとしてくれないのに…! 雲竜さんの時は協力したなんて…!

 イオリくん、そんなこと一言も…!


「右目左目、何を余計なことしゃべってやがる」

「イオリくん!」


 上を見れば高校生姿のイオリくんが空からフワッと降りてくるところで、俺は破魔の弓矢を手に急いでイオリくんに駆け寄った。


「イオリくん、ふたりの言ったこと本当なの!?」

「……」


 地面に降り立ったイオリくんに迫る。

 真剣な顔で見つめる俺をイオリくんは半目になって見下ろしたあと、何も答えずにフンッと鼻を鳴らした。

 それが、答えだった。


「何でっ、何で教えてくれなかったんだよ!? イオリくんのキツネ火なら簡単にアイツを倒せるんだろ!? なら俺の下手くそな弓じゃなくて、イオリくんがやっつけた方が…!」

「言ったはずだぞバカガキ、俺様は人間の便利屋なんかじゃねぇってな」


 イオリくんはにべもなくケッと吐き捨てた。

 けど俺は諦めきれなくって、必死になってイオリくんに食らいついた。


「でっでも俺のご先祖さまの時には助けてくれたんだろ!?」

「あの時は坊主に借りがあったから、それを返しただけだ」

「でもっ、でもっ…! イオリくんなら助けられるんだろ、ばあちゃんを救えるんだろ!? なら助けてよ、お願いだからキヨばあちゃんを助けてよ!」


 俺の必死のお願いにもイオリくんは平然とした顔で、むしろうざったそうに耳の穴に指をつっこんでいた。

 なっ、何だよその態度…!


「イっイオリくんが最初から協力してくれたら、アイツを倒してくれたら、それでめでたしめでたしで終われたんじゃないか…!」


 怒りで腕をプルプルさせながら、俺は思わず呟いていた。

 イオリくんがアイツをやっつけてくれてたら、今頃ばあちゃんの病気ももう治ってたかもしれない。

 俺もこんなキツい思いをして弓矢の練習する必要もなかったし、雄大とも喧嘩なんかしなくて済んだかもしれないのに。


 これまで我慢してたものが一気にこみ上げてきて、俺は涙目になりながらキッとイオリくんを睨みつけた。


「助けられる命を見捨てるなんて、それでも神様の使いかよ!?」

「ハッ! そんなこと言ってお前、ただ自分が助かりたいだけだろ」


 イオリくんは意地悪そうに笑いながら、腰を折って至近距離から俺の顔を覗きこむ。

 俺の心を見透かすように、イオリくんの黒目がキュッと縦に細くなる。


「お前はただオオヌマに立ち向かう勇気がないビビりな自分を、それらしい言葉で取りつくろって隠そうとしてる臆病者だ。血の因縁を、雲竜の子孫である責任を俺様に押し付けて、自分だけ逃げようとしてる。厚かましくて浅ましくて、ヘドが出るね」


 冷たく、厳しく、そして正論の言葉にグッとひるみそうになる。

 けどそれ以上にこれまでの理不尽な出来事に対する不満の方が大きくて、俺は叫んでいた。


「…っ、そうだよ。その通りだよ。でもそれの、何が悪いんだよっ!」


 だって俺はつい最近まで、普通の小学生だったんだ。

 今まで妖怪なんか見たことなかったのにいきなり見えるようになって、その上悪い妖怪が俺の家族を狙ってるって言われて。

 でもこんなこと誰にも相談できなくて、苦しくて、苦しくて。

 ご先祖さまが恨まれてるなんて言われても、そんな大昔のこと俺には関係ないって思ったし。

 妖怪退治なんて本当はしたくないし、今すぐにでも逃げ出したいし怖くて怖くてたまらない。


 でも、俺しかいないって。

 ばあちゃんや母さんを守れるのは俺しかいないんだって、そう思ったから頑張ったんだ。

 それなのに…!


「あのなバカガキ、俺はお前の特訓に善意で付き合ってやってるんだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはねぇんだよ」


 それは分かってる。

 分かってるよ、でも…!


「ま、例えお前が失敗してオオヌマに食われようが知ったこっちゃねぇがな。俺はキヨの魂が天に昇るのを見届けたら、懐かしの稲荷山に里帰りだ」

「~~~っ!」


 ケラケラと楽しそうに笑うイオリくんの姿に、ブチッと頭の血管が切れる音がした。


「もういいっ! イオリくんのバカ! 意地悪妖怪! 俺様ギツネ! 薄情野郎! そんなに帰りたいなら勝手に帰ればいいさ、山でも海でも宇宙でもどこにでも行っちゃえバカアアアアア!!!」


 怒りで顔を真っ赤にした俺は思いつく限りの悪口をぶつけると、一度も振り返ることなく家に向かって駆け出した。





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