雄大と春
pt、ブクマ、感想、ありがとうございます。
励みになります。
「姿勢が悪い、腕を伸ばせ、肘を上げろ、あごを引け、ビビってねぇでもっと顔の横まで弦を持って来い。止まってる的も射てないんじゃ話にならねぇぞ」
「そんなこと言われても~…!」
学校から帰って夕飯までの時間、俺は毎日弓矢と格闘することになった。
訓練の場所はお山の中、イオリくんの住み処の祠の前の平地だ。
工事の人たちの目を盗んで毎日こっそり山に入ってる。
まだここまで工事は進んでなくて、遠くから重機の音だけが聞こえてきていた。
「力だけで引こうとするんじゃねぇ、破魔の弓矢は普通のやつとは違うんだ。威力は精神力で決まる、気力で引け。弓を引く自分の姿や射た矢の行く先を、ちゃんと頭に思い浮かべろ」
「きっ気力で引くってどういうこと? 矢を射るイメージを持てって意味? 腕の力はいらないの?」
「いつ誰がそんなこと言った、腕力を使わずにどうやって弓を引くんだバカガキ」
イオリくんの厳しい言葉に、ううっとへこむ。
弓に弦を張る方法、矢を構える姿勢、狙いの定め方。
今まで知らなかったことをみっちみちに叩き込まれていく。
スパルタ指導の時のイオリくんは周囲に人目がないからか白いおキツネさまの姿に戻っていることが多くて、人間の姿で言われるよりダメージが大きかった。
「頑張ってコータ、昨日よりは構えがマシになってきてるわ」
「頑張れコータ、昨日よりは格好が板についてきてるぞ」
俺の唯一の癒しはひとつ目のあやかし、みーちゃんとひーくんだ。
ふたりは俺が家から持ってきたおやつのかりん糖を両手に持ってカリカリ食べながら、俺にエールを送ってくれた。
「雲竜はかるがると弓を引いていたけどコータは腕力がないから仕方ないわね、鍛えるのみよ」
「雲竜はやすやすと矢を射ていたがコータは法力がないから仕方ないな、鍛えるのみだ」
「うぐっ」
イオリくんみたいに毒がない分、ふたりの言葉はより胸につき刺さる。
俺のご先祖さまの雲竜さんって人はどうやらすごい人だったみたいで、オオヌマ以外にも悪いあやかしを封印したり退治したりしてたらしい。
でもご先祖さまみたいな特別な力、俺にはないわけだし…。
破魔の弓矢にはそれ自体にあやかしを倒す力があるらしいけど、射るのはこの俺だ。
素人の、しかも小学生の弓なんかが当たってちゃんと効くのかなって不安になる。
「あ、ちょっといい感じかも…? イオリくん、この構え方どう? 合ってる? …ねえ聞いてる?」
「…ぐう」
「ちょっ、イオリくん居眠りしないでちゃんと見ててよ!?」
妖怪退治なんて、本当に俺にできるのかな…。
**
「ううー。痛いぃ、眠いぃ」
特訓が始まって四日目。
使ったことのない筋肉が悲鳴を上げて、身体のあちこちが痛かった。
朝も早くに叩き起こされて、イオリくんに抱えられて朝明け飛行。
お山で朝練をして母さんが起こしに来る前に部屋に戻るっていうハードスケジュールを続けてたから、毎日寝不足でクタクタで。
学校の休み時間も机から動くことができなかった。
「孝くん、何だか最近元気ないね。大丈夫?」
「あ、春」
自分の席に座って腕をムニムニとセルフマッサージをしてた俺に優しく声をかけてきてくれたのは、クラスメートで友達の四宮春だった。
春は幼稚園から一緒の幼なじみで、俺より小柄でおっとりとした性格をしている。
いつもキチンとアイロンがかけられたシャツとズボン。
サラサラした金茶色の髪と白い肌。
お祖父さんがどこか外国の人とかで、女の子みたいに綺麗な顔をしてる。いわゆる美少年ってやつだった。
「具合が悪いの? 保健室行く?」
「いや大丈夫、少し筋肉痛なだけだから」
俺の言葉に春は少し驚いたような顔をした。
「えっ、孝くんが? 孝くん運動神経いいのに、筋肉痛になるなんて珍しいね」
「うん、ちょっと弓をやって……あ」
優しい春の気遣いに、うっかりポロッと零してしまう。
やべっと思った時には遅くて、春はパチパチと目を瞬かせて小首を傾げた。
「弓って、習い事? 孝くん、弓道始めたの?」
「あっ、いや、その…! あ、遊び! そう遊びで! 親戚の兄ちゃんが得意で、ちょっと教えてもらってるんだ!」
そう言って慌てて誤魔化したんだけど、今度は別の方から不満そうな声が上がったんだ。
「何だよそれ、俺達とは遊ばねぇくせにそんなことしてたのかよお前」
「雄大…」
ブスッとむくれた顔で話に入ってきたのは友達の武内雄大、春と同じ幼稚園からの俺の幼なじみだ。
短い黒髪の雄大は俺と同じくらいの身長で、足は俺の方が速いけど雄大の方が力が強い。
春とはまた違ったタイプの整った男らしい顔立ちで、クラスの女子が「雄大くんってワイルドだよね」って話してるのを小耳に挟んだことがある。
ガテン系なお父さんの影響か、服装もヤンチャっぽい柄物系が多い。
クラスでもリーダー格の存在、いわゆるガキ大将ってやつだった。
「弓ってあれだろ。祭りの屋台にある、的に矢を当ててオモチャとかもらうやつだろ。お前5年生にもなってあんなので遊んでんのかよ、ダッセー」
「雄くん、言いすぎだよ」
ハッと鼻で笑う雄大を春がやんわり注意する。
いつもの俺なら雄大が不機嫌なのは、俺が放課後の遊びの誘いを断り続けてるからだって気づいたはずだ。
でも特訓の疲れや寝不足、妖怪退治なんかできるのかなっていう不安、ストレスがわんさと溜まってた俺は雄大の上から目線の発言にカチンときてしまったんだ。
「…射的の小さな弓とは全然違うし。本物の弓はもっと大きくて、引くのだって力がいるんだからな。バカにするなよ」
「サッカーより面白いのかよ、それ」
…正直、全っ然面白くない。
矢は思ったように飛ばないし的に当てるのなんてもっと難しいし、腕や背中は筋肉痛で痛くなるし手に豆もできるし。
何も答えない俺を見て、雄大はまたバカにしたような顔をした。
その姿がスパルタコーチの俺様ギツネとダブって見えて、俺はますますムカチンときちゃったんだ。
ムカッチーン!って。
「弓矢とか大昔の遊びじゃん。孝太、お前何時代の人間だよ。サッカーよりそんなのがいいなんて、ちょっとおかしいんじゃねぇの」
「うるさいな、雄大には関係ないだろ! もうほっといてよ!」
ガタンとイスから立ち上りながら叫んだ俺に、雄大は一瞬驚いたように目を見開いた。
けどすぐにムッとした顔になると、猛然と俺に言い返してきたんだ。
「っ何だよその言い方! お前が悪いんだろ! 俺達よりその親戚の兄ちゃんと遊ぶ方がいいって言うから!」
「俺そんなこと一言も言ってないだろ!?」
「ふっ二人ともやめてよ! 喧嘩はやめてったら!」
今にも掴みかかろうとする俺達を春が慌てて止める。
春が間に入ってくれたお陰で取っ組み合いの喧嘩にはならずに済んだけど、俺と雄大は睨み合うと同時にプイッとそっぽを向いたのだった。