雲竜さんの秘密部屋
暗くて急な階段を手探りで上がった先は、それまで以上に真っ暗だった。
本当に何にも見えなくて、俺はイオリくんの学ランの袖を引っ張った。
「こっこれじゃ何も見えないくない? 家から懐中電灯持ってきた方がいいんじゃ…」
「必要ない、待ってろ」
そう言うと隣でイオリくんがフッと息を吹いたのが聞こえた。
するとボッボッボッボッという音と共に、部屋にあったランタンの蝋燭に次々火が灯っていく。
その様子に目を丸くするのと同時に、明るくなった部屋を見て俺は更に驚いた。
「うわ、ひっろい!」
そこは一階以上に広くて、天井も高くて。
二階って言っても屋根裏部屋みたいなのを想像してたのに、学校の教室くらいの空間が広がってたんだ。
外から見た蔵全体の大きさからは、あり得ない広さだ。
「結界が張ってあるみたいだな、術で空間を歪めて広く造ってあるんだろ」
「そんなこと、できるんだ…」
ほへーっと間抜けな声出しながら部屋を見渡す。
こんな摩訶不思議なことって現実に本当にあるんだって驚いたけど、イオリくんやふたりの小妖怪を見て今更だったやと頭をかいた。
「これ全部、雲竜さんの持ち物?」
「みたいだな」
二階には色んな物が溢れてて、天井まである本棚にはびっしり本が並べられてた。
そこだけじゃなく床にも本や物が積み重なって置かれてる。
たまたま近くにあった本を、何気なくパラパラと捲ってみた。
本っていうより昔のノートみたい。
紐で綴じてあって、筆で文字が縦書きされてた。
所々に挿絵みたいに変な絵も描かれてて、多分あやかしについて書かれててあるんだって分かった。
でも…
「よ、読めない…!」
まだ習ってないような難しい漢字、流れるような達筆、俺には何て書いてあるか全く分からなかった。
うぐぐと唸る俺の手からイオリくんはノートを取り上げると、昔の人が使ってたような和風の低い机の前にどかっと腰を下ろした。
「しかたねぇから記録は俺が読んでやる、お前は何か武器になりそうなもん探せ」
「ら、らじゃー」
ノートはイオリくんに任せて、俺は他の物を探し始めた。
壁や天井から吊るされたランタンの明かりを頼りに、部屋の奥へと進んでいく。
大昔の人の部屋だからもっと汚れてるんじゃないかって思ったけど一階みたいな埃っぽさはなくて、むしろお香みたいないい匂いがした。
精巧な馬の置物や、おどろおどろしい動物の絵が描かれた掛け軸。
綺麗な柄の着物や、昔の異国の街の風景が描かれた壺。
社会の教科書で見たことあるような古い銅鏡に、イオリくんが使ってた依り代みたいな人型の紙もあった。
「ん…?」
そんな中、壁に立て掛けてあった長い棒に目が止まったんだ。
「これ、何だっけ? 何かテレビで観たことある気がする」
俺の身長よりも長い棒を手に取れば、上の方に輪っかの飾りが何個もついてシャランと音を立てた。
おわっ、思った以上に重い! 床から全然持ち上げられない!
俺の力じゃ棒の底を床につけたまま支えるのがやっとだった。
あっあれだ、思い出した。
修行してるお坊さんとかがよく持ってるやつだ、これ。
「それは錫杖ね、雲竜がよく使ってたわ」
「それは錫杖だ、雲竜愛用の武器だったな」
「へー、これってそんな名前なんだ」
いつの間にかみーちゃんとひーくんが俺の肩に乗っかってて、あれこれと俺に教えてくれた。
そんなふたりの話を聞く中でふと気になったことを、俺は尋ねてみたんだ。
「ふたりとも、雲竜さんをよく知ってるの?」
「雲竜とはよく遊んだわ、優しかったもの」
「雲竜とはよく騒いだな、いいやつだったぞ」
雲竜っていう俺のご先祖さまは大昔の人で、その人と知り合いだったっていうふたりに俺は改めて驚かされた。
イオリくんも雲竜さんのこと知ってるっぽかったし、何となく分かってたけどあやかしってすごい長生きなんだなぁ。
――カツンッ
「うわっと。びっくりした、コケるかと思った」
みーちゃんひーくんと一緒にあれこれ物色していたその時、床に落ちてた何かつまずきそうになって俺は立ち止まった。
それは緩やかにカーブしてる棒で、どうやら竹でできてるみたいだった。
最初は何だか分からなかったけど、すぐに気がつく。
これ、弓だ。
糸…じゃないや、弦って言うんだっけ?
弦は張ってないけどこの形って、弓…だよな?
近くに落ちてた筒の中を見てみれば、中に矢が10本ほど入っていた。
「それは破魔弓と言って、邪気を祓うのに使われる神具の一つよ」
「それは破魔矢と言って、魔を浄化するのに使われる武器の一種だ」
「あ、その名前聞いたことあるかも」
確か正月に、母さんが神社で買ってきたのを見たことがある。厄除けになるとかって言ってたっけ。
うちにある破魔矢の先端は丸くなってて尖ってなかったけど、これには鋭い矢尻が付いていた。
「この弓矢も雲竜さんが使ってたの?」
「ええ、雲竜は弓の名手だったわ」
「ああ、雲竜は矢を射つのが上手かったぞ」
ふたりは小さな手で弓を引く動作をすると、パッと片手を開いて矢を射るまねをした。
かっ可愛いなぁ。癒される。
「あやかし退治の時に、遠くから敵を射てるから便利だと言ってたわ」
「あやかし退治の時に、外れてもすぐ逃げられるから安心だと言ってたな」
「へー、そうなんだ」
弓は俺の身長より大きかったけど錫杖に比べたら全然軽くて、俺でも軽々持つことができた。
妖怪退治するお坊さんが使うくらいだから、普通に売ってるのと違って特別仕様なんだろうなコレ。
「――…チッ、やっぱりこれしかねぇか」
あぐらをかきながら雲竜さんのノートを読み漁ってたイオリくんは、何やら呟くと苦々しい表情をしながら顔を上げた。
パチッと目が合う。
イオリくんは俺の持つ弓矢に気がつくと、ふんっと鼻を鳴らした。
「破魔の弓矢か。まあお前じゃそれの十分の一の力も引き出せないだろうが、ガキが扱うには一番マシな代物かもな」
「へ…?」
最初、何を言われたのか分からなくてキョトンとしてしまう。
けどイオリくんと弓矢を交互に見た俺はようやくその意味を理解して、びゃっと飛び上がって悲鳴を上げた。
「おおお俺っ、生まれてから一度も弓矢なんて使ったことないんだけどっ!?」
何か武器になるものを探せって言われた。
でもそれを自分が使うってとこまで考えが回ってなくて、俺は必死になって首を横に振った。
むっ無理だよ無理無理!
弓矢なんて使えないって一度も使ったことない武器で妖怪退治とか無理だって! 俺には荷が重すぎるって!
「オオヌマが戻って来るまで最長で五日、それまでに死ぬ気で習得しろ。本当に死にたくなけりゃな」
「そっそんなぁ!」
俺の必死の抵抗も何のその。
その日から無慈悲な俺様ギツネによる、スパルタ弓矢特訓が始まった。