一章 異界の少女から見たニンゲン界
「――え?」
まだ、10歳にも満たない幼い少女はくりくりとした大きな濃紫の瞳を見開いた。
「だからね。私たちは貴方を連れていけないの。私たちは逃げるから。遠いところに。――なら分かるでしょ?」
「わかんないよ、ママ。どうして、一緒じゃダメなの?」
「お前が居ると、俺らは捕まってしまうんだよ。分かってくれ。お前は、“邪魔”なんだ」
低い声で男性が呟き、女性の方は少し不安げに笑った。
――なんで、笑うの?
物心ついたばかりの少女は涙を流した。
男性と女性は別れの挨拶も言わずに少女から背を向けて歩き始めた。少女は引き止めることもせず、ただ、ただ自分の両親を見送っていた。
自分が捨てられたという事も分からずに――……。
††††
サミは道行く人を掻き分けながら走っていた。
大きな大通りはサミよりも背の高い人間や小さい人間がたくさん広がって歩いていた。灰色の道には赤や青などの色々な色をした固体が道を走っていた。
ニンゲン界に行けば飛べなくなる。デス・パンプキンの長が言ったように、サミには浮遊力がなくなっている。
サミが目を開けると、そこは路地裏だった。前には進めずにただ横向きのまま歩くしかなくてかなり苦労した。その時、ハズは居なくて急な不安に襲われたサミは走り出し、現在に至る。
ドンッ
人間にぶつかりよろめいた。何とか足で支え見上げると、人間が眉間にしわを寄せ、顔をしかめて去っていった。
サミは走るのをやめ、歩き始めた。横を見てみると、大きな白い美しい建物が目に映る。
サミは乱れた息を整えながら大きく後悔をした。
自分はニンゲン界についてもっと勉強するべきだった。周りを見渡しても、知っているものがない。
かろうじて、人間の言葉は魂を狩っている時に覚えていた。しかし、人間の言葉が話せても、それが何を示すかわからなかった。
過去がふっと脳裏に浮かぶ。今まで忘れかけていた――忘れようとしていた酷い過去の映像が流れる。
「うっ……」
激しい頭痛に見舞われ呻き声を漏らしその場にしゃがみこんだ。
淋しい、独りぼっちだから。
苦しい、壊れてしまいそうなくらい。
助けて、この孤独の闇から。
如何して、あたしはじゃだめなの。
どうして、あたしは独りなの。
ドウシテ、誰も助けてくれないの。
助けて、たすけて、タスケテ――
誰かの幼い声が頭に響く。
これは、誰?
「ねえ、ちょっと、君!」
はっと我に返り、頭を上げる。
「だ、大丈夫?」
幼い男子の声だった。まだ、声変わりする前の可愛らしい声。なんとなく、ハズが思い浮かびあがる。
幼い声の少年はサミと同じくらいの歳の少年だ。長袖のセーターから見える手の肌はサミに負けないくらい白く透き通っていた。背も小さく弱弱しい小柄な男子に見える。
黒の丸い瞳に驚きと苦しそうに顔を歪めたサミの顔が映っていた。少し白髪が混じった黒髪が左右に揺れる。
サミは滅多に感じない安堵感を感じ、そのまま少年に体を預けるように意識を失った。
††††
なぜ、僕はこの子を助けたのかなあ。
伊藤遊馬は自問してみた。
遊馬の視界には先ほどしゃがみこんでいたポニーテールの少女が深く眠っていた。
白い肌は人間と思えないほど。例えるならば天使だ。しかし、この少女は黒いワンピースを着ていて、天使とは逆のイメージにもなる。それに、髪も、美しく艶がある黒髪で、ますます天使には見えない。
そう、例えるなら堕天使。
そう言った方がしっくりくる。白い彼女も美しく、黒くても美しい彼女は白も黒も必要不可欠な姿だった。思わず、見とれてしまうほどに。
「すっごく綺麗だなあ」
遊馬は自分の言った言葉に苦笑しながら自室のドアを開けた。
僕が、人にみとれることなんて一度も無かったのに、と思うと笑えてしまう。
彼女にそんなこと言ったらどんな反応するだろうか。
遊馬は小さな悪戯心を抱きながら、自室を出た。
第3話になりました!やっと遊馬とサミがご対面です!いやぁ、長くなりました。
明日、テストだぁ……死ぬぅ……。誰か助けてくださいww
それでは、また次回に。