ゆりかご2
大手電器メーカーによって、最新のゆりかごが開発、発売された。
名前は『ザ・シッター』
このゆりかごに赤ちゃんを乗せておくだけで、いたれりつくせりな面倒を見てくれるというのが売りだった。
どんなことをしてくれるかと言うと、例えば、赤ちゃんが目を覚ましたときは、ゆりかご上に取り付けられた淡い電球が明かりをともし、それを知らせてくれる。マットレスには動体センサーが設置されており、赤ちゃんがうつぶせの体勢になっても、マットが傾くことで窒息事故だって防止してくれる。
泣いているときに子守唄を流してあやす、なんてことは造作も無い。それどころか、ザ・シッターは、自動でおしめまで替えてくれるのだ。
おしめを替えるときは、ゆりかごの側面に取り付けられたシッターハンドが起動する。カメラセンサーで赤ちゃんの体勢を認識し、収納ポケットからおしめを取り出すと、的確に、素早く替えてくれる。使用済みのおしめは、包んでゴミ箱に捨てることも忘れない。
また、ゆりかごの内部には、自動でミルクを作ることが出来るシステムも備わっており、時間を設定することで煮沸洗浄された哺乳瓶にミルクが注がれ、シッターハンドが飲み与えてくれる。
もちろんこちらも、飲み終わった後には、赤ちゃんの背中をとんとんと叩いて、ちゃんとげっぷを出させることも忘れない。
いたれりつくせりなゆりかごは、大ヒットし、売れに売れた。
それではここで、ザ・シッターを愛用している一組の家族を見てみよう。
「ただいまぁ~」
旅行から帰ってきた母親が、荷物を玄関に置き、居間へ入る。
真っ暗な部屋の傍らには、ポツンと明かりをともす、ザ・シッターが置いてあり、中では、赤ちゃんが無邪気に身じろぎをしていた。
「様子はどうだ?」
廊下の方から父親の声がした。
「大丈夫。元気にしているわ」
それを聞いてから、やや疲れ気味な顔をした父親もやって来る。
二人が横に並ぶ形で赤ちゃんを覗き込むと、くりんとした両目が左右に揺れ、おちょぼ口が小さく動く。
「おい! 今この子、喋ったんじゃないか?」
「確かに、何か言ったわね!」
「もしかして、パパ、って言ったんじゃないかな」
「いいえ、ママよ」
「ようし、もう一回言っておくれ」
二人が耳を澄ませて顔を近付けると、赤ちゃんは小さく言葉を紡ぐ。
「った……ったぁ」
「ほらみろ、やっぱりパパって言ってるぞ!」
「はあ? 何言ってるのよ。この子は、ママって言ったのよっ」
「いやいや――――……」
赤ちゃんを真下にして、不毛な口喧嘩は暫く続いた。
すると、そのせいなのか、赤ちゃんが徐々にぐずり出した。しかし二人があやすことは無い。全てはザ・シッターがやってくれる。
「――おっと、まずい。そろそろディナーの予約の時間じゃないか」
父親が腕時計を見て言った。
「あら、そうだったわね。早く行かないと」
「俺、車のエンジン掛けてくる」
「ええ、お願い。私もすぐ行くわ。ああ、忙しい忙しい」
旅行鞄も片付けぬまま、母親は慌しくショルダーバッグを引っさげると、居間の戸に手を掛けながら、背中越しに言った。
「それじゃあ、また頼むわよ。シッター」
終。




