先入観
遊園地のアクションヒーローショーに出演している男がいた。
黒い全身タイツの雑魚が蹴散らされ、舞台はいよいよクライマックス。ヒーローと怪獣による、一対一のバトルだ。お互いが身構え、合図とともに戦闘に入る。
と、そのとき、
「キャー! ひったくりよ! 助けてーっ!」
観客席の方から、女性の甲高い悲鳴が聞こえた。
その声に気づいた男は、咄嗟にショーの舞台上から飛び降りると、女性物のショルダーバッグを持って逃走する犯人の男を追いかけた。
呼吸がし辛く、息苦しかったが、それでも男は普段からショーのために鍛えている。これくらいは造作もないとばかりに全力で走った。
人ごみを弾き飛ばすようにして掻き分け、園内の入り口付近で犯人の背中に追いつくと、男はそのまま、飛びつくように圧し掛かった。
折り重なって倒れこめば、犯人の手からショルダーバッグが離れ、地面を滑る。
「ようし、やったぞ! ハハハッ」
荒い息遣いは、くぐもって不気味に聞こえたが、男はそんなことを気にもしなかった。
次第に野次馬が集まり出し、その状況を遠巻きに見守る中、まもなくして刺又や警棒を持った警察官たちが駆けつけてきたのだが…………開口一番飛び出した言葉は、思わぬものだった。
「この怪物め! その男性を放すんだ!」
そこで男は、自分の役柄が、大柄な怪獣であったことに気づいた。
鋭い目つきに、ゴツゴツの肌。裂けた口からは牙がむき出し、怪獣らしい大きな爪が手足から伸びる。その身体の下には、気絶している細身の引ったくり犯。
周りから浴びせられる猜疑の目に、悲しき怪獣の心を感じた瞬間であった。
終。