予兆
その男は、青白い顔で夜の救急病院にやって来た。
「それで、今日はどうされましたか?」
医師の言葉に、男は頬のこけた口を小さく動かして話し出す。
「実は、私…………『四』に取り憑かれているんです」
カルテを書き込んでいた医師が、思わずその手を止める。
「は……? 今、なんとおっしゃったのですか?」
「ですから、『四』に取り憑かれているんですよっ」
話は意味不明だったが、男の目つきは、いたって真剣に見えた。
「『四』に取り憑かれている?」
「そうです。数ヶ月前から、いつも夜中の四時四十四分に起きてしまうし、何かと四という数字が目に入り込んでくるんです」
「……はあ」
医師はどう判断したらよいのか、迷いながら相槌を打つ。
「きっと、私は『四』に呪い殺される運命なのです」
「さ、さすがにそれは考えすぎでは?」
男は首を振って続ける。
「日付が変わったら、私の四十四歳の誕生日が来るんです。きっと、夜の四時四十四分になったら、私は死んでしまうんだ」
「落ち着いてください、それは偶然ですよ」
「偶然がこんなに重なるわけがないでしょう。悪い予兆に決まってる!」
男はため息をつくと、失望したように視線を落とした。
「やはり、この病院も、私を救ってはくれないのですね……」
「いや、その……そういうわけでは……」
「いえ、もう結構です。どこの病院も同じでした。こうなったら、自分で解決します」
「あ、ちょっと!」
男は医師の呼び止めも聞かず、病院を去ってしまった。
それから数時間後、深夜の雑居ビルの屋上から、男が飛び降りた。四時四十四分を迎える前に死んでしまおうと、自殺をもくろんだのだ。
だが打ち所が悪く、即死することが出来なかった。
誰にも気づかれないまま、男は朦朧とした状態で道端に突っ伏し続け、四時四十四分になったとき、心臓がその鼓動を止めた。
なにはともあれ、これで取り憑かれることは無くなったといわんばかりに、男の顔はある種、安堵したような表情であった。
一方で、四ヶ月前に何気なく購入していた宝くじが、四億円の当たりを出していたことなど、男は微塵も覚えてはいなかったのだ。
終。