強引性
「世界で一番安全な乗り物は何か。そんな疑問を一度は持ったことがありますよね。皆さんは何だと思います?」
整えられた七三分けの短髪に、ブルーのスーツを着こなした中年男性が、大仰な身振り手振りを挟みながら、隣の中年女性に訊ねる。
すると女性は、太り気味なその身体を前に反らし、指を一本立てて、自信満々に答えた。
「それは間違いなく飛行機ですよ~。飛行機は事故に遭う確率が極めてゼロに近いんですから」
ふむ、と、七三の男が演技じみた笑顔で頷く。
「確かに、今の飛行機は非常に安全性が高いですね。でも、ちょっと待ってくださいよ。もし、万が一、墜落事故が起きた場合、ほとんどの乗客が亡くなってしまいますよね? これで果たして一番安全な乗り物と言えるんでしょうか」
「言われてみれば……。あっ! それじゃあ、新幹線が一番安全なんじゃないかしら。大きな事故なんて聞いたことがないもの」
「なるほど。おっしゃるとおり、私も新幹線が大きな事故を起こしたなんてことは、聞いたことがありません。でも、乗客による事件はいくつか起きたことがありますよね?」
「そうねえ……。じゃあ、安全な乗り物なんて無いってことなのかしら?」
「いいえ。それがあるんです」
男の言葉に、肩を落としていた女性が目を見開く。
「なんですって! いったいどんな乗り物なの?」
「はい! それがこちらの――」
そこまで言ったところで、男は一度タメを作り、力強い声とともに、右手をバッと広げた。
「最新、『エアロバイク』です!」
満を持して、被せられていたシートが捲り取られると、黒くスタイリッシュなフォルムのエアロバイクが姿を現した。
「このエアロバイクであれば、家の中で、いくらでも安全・快適に乗ることが出来るんですよ!」
「ステキ!」
「しかも、ダイエット効果まであるんですから――」
「バイクにも乗れて、一石二鳥ってわけね!」
「はい! 今ならこの商品に、お子様用のミニエアロバイクもつけて、お値段なんと、六万九千八百円です!」
「これはお買い得!」
「電話番号は――――」
「――――と、いった具合でどうでしょうか、社長」
七三の男が訊ねると、ダブルのスーツを着た男が、腕組みをしながら言う。
「今は健康器具も中々売れない時代だからな」
「はい。ですから、アプローチを変えてみたんです。やせられる、という面ではなく、一番安全な乗り物、ということを前面に出す形にしてみました」
通販会社の若社長は、自社のスタジオセット脇で、うんうんと満足気に頷いてみせる。
「よし、次のテレビショッピングの売り文句は、それで行こう!」
終。