カメラを止めろ!
そのテニスの試合は、今年一番の注目が集まっていた。
それもそのはずである。なにしろ、参加選手の中に、直近の四大大会で初優勝を飾った女王がいたからだ。
そして今、その選手の試合が、正面のコートで行われている真っ最中だった。
客席からは、女王がサーブやスマッシュを打つたびに大量のフラッシュが焚かれ、カメラのシャッターが遠慮無しに切られていた。
すると、それに気を取られたのか、格下相手にミスが連発したところで、女王が客席に向けて声を荒らげた。
「ちょっと! カメラを止めてよ! 集中出来ないじゃない!」
選手本人からマナー違反の注意を受けたことで、ブームに乗っかってやって来たニワカな観客たちは反省し、その指示に従った。だが、そうでない不届き者もいる。
「――へっ! プロだったら、この程度で集中を切らすなって話だろ」
スポーツジャーナリストを示す腕章を付けた中年男は、そう言ってお構い無しに首から下げたカメラでフラッシュを焚き、写真を撮り続けた。
その直後である。
相手選手のサーブを打ち返そうとフルスイングした女王のラケットが、その手からすっぽ抜け、客席に飛び込んできた。
「うわっ!」
ラケットは、写真を撮り続けていた男のカメラに直撃すると、そのレンズを綺麗に粉砕した。
「な、何をするんだ! 俺のカメラが壊れたじゃないか! コイツは百万近くしたんだぞ! ラケットを客席に飛ばすなんて、それでもプロか!」
堪らず男が怒ると、女王はくすりと笑みを返した。
「あら、ごめんなさい。でも、あなたもプロのカメラマンだったら、それくらいは避けてくれないとね」
「な……!」
言い返すことも出来ず、顔を真っ赤にする男に対して、女王は、
「だから私は言ったでしょう? カメラを止めろ、ってね」
そう言って、美しくウインクしてみせた。
終。