諸行無常
『人を殺した者は、何人であろうとも、死刑に処する』
その法律のおかげで、B国は、殺人事件がめったに起こらないことで有名だった。
死刑の方法も変わっていて、それぞれ別の事件で死刑判決を受けた受刑者同士を、コロシアムで戦わせるのだ。
どちらかが死ぬまで。
対決で死ななかったものは、次の死刑判決者が現れるまで牢屋で待機することになり、これによって、刑務官も直接手を下さなくていいので、精神的な苦痛も無くすことが出来る、いわば理想的な処刑方法に思えた。
ところがある日、待機していた唯一の死刑判決者に重い病気が発覚してしまい、次の後継者、つまり、対戦相手を早急に選ばなければならない事態となった。
しかし、殺人事件の極めて少ない国である。死刑判決者がそうそう現れないことは容易に想像できた。
困った国は、次の裁判で裁かれる者を、死刑にすることに決めた。
「――というわけで、例外ではあるが、キミを死刑に処する」
大法廷の裁判長は、目の前の男に毅然と突きつけた。
「そんな……むちゃくちゃだ」
「仕方があるまい。国の判断だ」
「俺は店から果物を少しばかり盗んだだけだ。なのに死刑だなんて、ふざけるな!」
怒った男は、隠し持っていたナイフを腰から取り出すと、法廷内の人々を牽制した。
「警備兵、そいつを捕まえろ!」
「はっ!」
裁判長が声を荒らげると、警備兵たちが男を押さえ込もうと囲い込む。だが、
「おっと、いいのか? もし、揉み合いの中でこのナイフが刺さって俺が死んでみろ。お前らの中の誰かが殺したことになるわけだぞ」
そう言われて、警備兵たちはビクリと動きを止めた。もしかしたら、自分が死刑になってしまうかもしれないという可能性に、ここで初めて気づいたのだ。
結果として、逃げ出す男を止められる者は誰もおらず……。
その後、殺人事件が極めて少ない国は、殺人事件が極めて多い国へと、成り下がってしまったのだった。
終。