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私の生きがい 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ああ、つぶらやくん、大丈夫だった? 電車が遅れるって聞いていたけど、大したことはなかったかしら。予め、集合時間を早めに設定しておいて、正解ね。

 ――イヤホン挿して、何を聞いていたかって?

 昔、落とした曲の詰め合わせ。その中からランダム再生していたの。

 もう何千、何万曲入っているでしょうね。全部を聴ききったかと言われると、答えることができないくらいのボリュームね。

 人のことは言えないんだけどさ、今の時代の私たちって、自分たちそれぞれが考えている「空白」の時間を失くすのに、躍起になってない? もうさ、強迫観念に駆られてるんじゃないのって、はたから見ていて思うくらい、余裕がないっていうか……。

 昔は専用の携帯ゲーム機だったけど、今やスマホを手放さない人が増えたわよねえ。私、連絡を取る手段としてはスマホも使うけど、ゲーム機にしてまで付き合おうとは考えないわ。ちょっと昔に、怖い経験があってね。

 聞いとく? 今の私たちだからこそ、起こり得るかもだから。


 私たちが小学生だった頃。コンピューターの授業の盛り上がりったら、なかったわね。

 親の言うことを聞いて、学校に遊び道具を持ってこない人。ウチの学校ではたくさんいたからね。コンピューターの時間というのはイコール、デジタルなゲームを大っぴらにできる貴重な時間だったわけ。

 普段からゲームをやり慣れている子だったら、どうということはないお遊びだったでしょうけど、中にはそうもいかない子もいたのよね。


 私のクラスは人数が多くて、コンピューター室のパソコンの数が足りなかった。いくつかのパソコンは、二人で一台使うことになったの。

 私も二人組で指名されたメンバーの一人。最近、転校してきた子で、まだあまり話したことがない子があてがわれて、正直、いい気持ちはしていなかったわね。

 この時間はあくまで授業。マウスやキーボードの使い方を、入っているゲーム形式のプログラムで勉強するわけだけど、私はすでに小さい頃から父にパソコンを触らせてもらっていたから、授業で教わることのほとんどは簡単にできる。ゲームプログラムにしたって、父が仕事の息抜きにプレイしていたパソコンゲームに比べれば、文字通り児戯じぎのごときこと。退屈で仕方なかった。

 けれども彼女は初めて、パソコンに触るみたいだった。先生の指示を聞きながら、ぎこちない手つきでマウスを動かしたり、「どこ? どこ?」ってローマ字入力のためのアルファベットをキーボードの中から探したりと、パソコン慣れした人から見たら、ニヤニヤが抑えられなかったわよ。おかげでほとんどの操作を、彼女に任せちゃったわ。おはつの匂いがする彼女に学んでほしかったから。


 そしたら彼女、わずか十数分の間で、みるみるうちに操作を覚えていってね、タイピングスピードの遅さをのぞけば、一通りのことができるようになっていたわ。

 加えて、彼女は今までゲームをしたことがないらしくて、クラスの誰よりもタイピングゲームにはまっていたわね。俯瞰視点の迷路を探検するゲームで、ひとマスごとにアルファベットや記号が書いてあって、それに合ったものを押すことで、先に進めるものだったわ。捕まっちゃいけない追手とか、取るとボーナスになる宝物とかが散らばっていて、タイムや得点を競うこともできる。これが処女ゲームだとしたら、十分な要素でしょ。

 実際、彼女も時間いっぱいまで、画面にかじりつくようにプレイしていたわ。お堅い子かなあ、と思っていた分、子供っぽさが見られて安心したけどね。私は後ろから指示だしするのがほとんどだったけど、それでも彼女とは話せるようになったわよ。


 ところが、彼女はその翌日、目の下にクマをこさえてやって来たわ。なんでも親にねだってゲームを買ってもらい、ほぼ徹夜でやり続けていたみたい。

 新しいおもちゃって、時間を忘れて夢中になるものよね。彼女が買ってもらったのは小さい携帯ゲームで、学校に持ってくることは禁止されている。でも、私にじかに見せてきたわ。


「これから休み時間は、全部トイレにこもるわ」


 目が輝いていたわ。知恵のリンゴか、パンドラの箱のフタか……彼女にとっての禁忌を手にしてしまったみたい。その言葉通り、休み時間になるたびに女子トイレの一室が彼女によって占拠されるはめになったわ。

 これ、男だったら個室の用になる人なんて限られているけど、女は個室しかないじゃない。彼女が引きこもったトイレの前に列ができていたりすると、気の毒でしかたなかったわ。事情を話したら、色々と面倒なことになるのは目に見えているし。


 私と同じ中学校に上がってからも、彼女はゲームを手放さなかった。いや、ますます症状が悪化していたわ。

 携帯ゲーム機を持ってくることは、私も含めて数名いたから、珍しいわけじゃない。でも彼女の場合は、当時、最新型のゲーム機を、何台も学校に持ち込んできた。

 荷物検査とかに引っかからないために、空き教室などに隠すような形で。相変わらず、トイレに籠ることもしていたわ。

「ちゃんと勉強しないと、親に注意されて、ゲームができなくなる」としょっちゅう彼女は話していたわ。授業にはちゃんと出るけど、他は寸暇を惜しんでトイレに籠り、ゲーム。

 ゲーマーを自称する人とも関係を持とうとしない。ひとり、壁を作って、のめり込んでいたわね。


 けれども、事件が起きた。ある日、抜き打ちの大掃除が行われて、彼女が秘蔵しておいたゲーム機が根こそぎ摘発されてしまったの。彼女は徹底的に知らんぷりをしていたけど、すべてが処分されてしまった翌日。まだクラスメートが集まる前に、彼女は教室の自分の机の上に突っ伏していたわ。

 私だって同じような目に遭ったら、しばらく立ち直れないと思う。声でもかけてあげようか、と私は自分の席にかばんを置くと、彼女に近づいて背中を揺さぶってみる。


 反応がない。もう二度、三度と揺さぶってみたけれど、同じ。それどころか耳を近づけてみると、呼吸音すら聞こえなかった。

 まさか救急車が必要な事態だったりしない!? 私は彼女の肩を掴んで身体を持ち上げて、ぎょっとしたわ。

 彼女は両目をかっと見開いていたの。しかも、一切まばたきをしない。顔も身体も動かさず、私が手放したら確実に倒れる。それくらい力が入っていなかったわ。

 手のひらを目の前でひらひらさせてみたけど、反応がない。本当にまずいんじゃ、と私が先生を呼びに行こうとした時。

 彼女のかすかに開いた口から息が漏れたわ。「やらせて」と。

 生きていた、と私は安堵すると共に、自分のかばんの奥底に隠していたポケットゲーム機を取り出したわ。彼女がやりたいものは、もうゲーム以外に思いつかなかったから。

 彼女の目の前にちらつかせたとたん、今までピクリとも動かなかった彼女の目の色が変わったわ。砂漠でようやく巡り合った水を飲むように、私の手からゲームをひったくり、お礼もせず、許しももらわず、勝手に電源を入れて始める彼女。


「いくらなんでも失礼じゃない?」 


 突っ込んだけど、すでに聞こえていなかったみたい。彼女は画面から顔を上げることすらしなかった。

「いい加減に……」と手を出しかけて、次の瞬間、私は思わず「ひっ」と声を漏らしながら、その手を引っ込めざるを得なかったわ。

 噛みついてきたのよ、彼女。顔ごと私の手に迫って来るかのように、大口を開けながら。もう少し遅ければ、良くても歯型がくっきり残るほどの傷を負っていたでしょうね。

 人差し指の先で、彼女の歯が「がちっ」と噛み合う音がした。私の耳にもはっきり聞こえるくらい、大きいもの。そこに加減なんてなかったわ。

 彼女はもう、先ほどの姿勢に戻っている。画面から目をそらさず、指ばかりを動かしていく。私のゲーム機は、その荒波に揺られる小舟のよう。いっときもじっとしていないほどの、暴れぶりだった。このまま壊れても、おかしくないくらい。


 その日から、もう私は彼女に関わらなくなったわ。

 私のゲームは、次の日も、その次の日も戻ってこなかった。彼女が返してくれなかったし、私も言い出せなかった。下手に突っ込んで、痛い目を見たくなかったもの。彼女は私から盗ったゲームをどこでも持ち歩き、休み時間はおろか、先生が少し目を離した隙にも取り出して、数秒だけでもボタンをいじっていたわね。


 そして数ヶ月後。おそらく私のゲームの寿命が尽きた頃。

 また彼女は動かなくなってしまったわ。今度は私も関わり合いにならなかった。ホームルームが始まって、担任の先生が声を掛けても、やはり反応しなかった。

 そのまま救急車で運ばれて病院に連れていかれ、二度と戻ってくることなく、転校していってしまったの。


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