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第五十一話 『公爵の謀略と恋愛物語』

 馬車は軋んだ音をたてながら進む。


 馬車に乗り込んで体感で結構時間が経っているが、窓が分厚い布で塞がれているためどこを進んでいるのか全くわからない。


 サスの利いていない車体が激しく揺れるが、座席の座り心地がいいのであまり苦にならない。座席も固かったら今頃話どころではなくなっているだろう。


 それにしても、妙なタイミングでお鉢が回ってきたものだ。


 「つまり、俺はシャルロットの恋人としてブルヒアルト伯爵に会えばいいんですか?」


 自分でも凄いこと言うなと自嘲しつつ問うと、ラファエルは頭を振った。


 「いや。ただシャルロットの恋人として名乗り出るだけでは駄目だ」


 「でも、シャルロットの話では……」


 確か、シャルロットが引き合わせた恋人を父親が認めれば、縁談は考え直す。そういう話じゃなかったか。


 「先程状況が変わったと言ったな? 実は件のホルシュタイン絡みで少し面倒な事になっている」


 ラファエルの表情が僅かに曇る。


 そう言えばそんなことを言ってたな。いつも余裕の表情しか見せない彼にそんな顔をされると、悪い予感しかしない。


 俺が眉を僅かに顰めると、ラファエルは肩を竦めて話しだした。


 「三日前……丁度ロベルトが捕らえられた日な。親父がマルコルフ公の主催する晩餐会に呼ばれたのだ」


 「マルコルフ公……って」


 どこで聞いたか忘れたけど、確か討伐軍の総司令官がそんな名前だった気がする。


 「帝国四公家の一角さ。彼の妹の一人がホルシュタイン伯爵の妻になっている……堅気の軍人然としているが、なかなかの野心家だ」


 俺の問いに補足をして、ラファエルは話を続けた。


 ……


 ……


 ……


 ……


 マルコルフ公の使者から晩餐会の招待状を受け取ったブルヒアルト伯は、その対応に思わず頭を抱えた。


 公の血縁でもなく派閥の一員でもないブルヒアルト伯が、何故公爵主催の晩餐会に招かれるのか。


 思い当たるのはひとつ。ホルシュタイン伯だ。彼が絡んでいるのはまず間違いない。ブルヒアルト伯の煮え切らない態度に苛立ち、義兄のマルコルフ公を頼ったのだろう。


 招待をブルヒアルト伯が断れない事を良いことに、公爵が何等かの圧力を掛けてくることは容易に想像できた。


 しかし、いくら公爵とはいえ、他家の婚姻に強く口出しはできない筈……分かっていればやりようはある。


 心を決めて晩餐会に臨んだブルヒアルト伯であったが、晩餐会自体は何事もなく和やかに終わった。


 そして、食後。招待客が主人と共に酒や煙草を嗜む時間にそれは訪れる。


 「そう言えば、ブルヒアルト伯爵。卿の息女シャルロット嬢とホルシュタイン伯爵の子息ザムゾンが近く結婚するそうではないか」


 (くつろ)いだ雰囲気のなか、不意に思い出したように言うマルコルフ公に招待客の耳目が集まった。


 「はっ……それは……」


 「ザムゾンは儂の自慢の甥。我がマルコルフ公家の子でもある……卿も鼻が高かろう」


 それはまだ決まっておらぬこと……そう否定しようとしたブルヒアルト伯を遮るように、マルコルフ公が満面の笑みで言う。


 「おめでとう伯爵」


 「ホルシュタイン伯家といえば名門。お嬢様が羨ましい」


 「ここ最近は暗い話ばかりでしたからな。久々に明るい話が聞けたわ。実に喜ばしい」


 マルコルフ公の祝福に合わせるように、他の招待客もブルヒアルト伯に祝福の言葉をかけてきた。


 晩餐会の招待客は十人ほどであったが、いずれも公爵主催の晩餐会に相応しい顔触れ……社交界でも名の通った貴族達である。


 この場で徒に否定すれば、主催である公爵に恥をかかせる事になる。勿論ブルヒアルト伯もただでは済まない。


 ブルヒアルト伯はただ黙っていることしか出来なかった。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「証人となる貴族が近くに集まっている状況、晩餐会が終わりふと気を抜いたタイミングで然り気無く、かつ確実に言質を取る……実に鮮やかな手際だよ」


 語り終えたラファエルはまるで他人事のようにそう言うと前髪を弄って笑みを浮かべた。


 「しかも、婚姻話(この手の話)は貴族の大きな関心事。公爵が漏らした小魚のような一言は、次の日には社交界に放たれて尾ひれだけでなく翼まで付いて、瞬く間に巨大な竜になる。そうなれば我が家はホルシュタインの要求を呑まざるを得ない。全く、自分の立場と社交界の影響力を最大限に活かした、公爵らしい策じゃないか」


 「いやいや……感心してる場合じゃないでしょう? 笑い事じゃないですよ!」


 降参したと言わんばかりに両手を軽く上げるラファエル。俺はそんなラファエルに食って掛かる。


 公爵のたった一言でシャルロットとザムゾンとかいうホルシュタイン伯爵の息子との結婚が決定事項にされてしまった。


 同席した有力貴族数人が証人。何もできないまま外堀は埋められた。面倒どころじゃ無い。こんな理不尽あってたまるか。


 「まあな……そもそも、血筋と階級が全ての貴族社会で、公爵を後ろ楯にしたホルシュタイン伯に正攻法で勝つなど、そもそも無理な話なのだ」


 「……何を。じゃあ、この前俺にした話は何なんです? シャルロットの事も諦めるんですか」


 詰め寄る俺に、ラファエルの表情はスッと真顔に変わった。


 「誰がそんなことを言った? 話は最後まで聞け……正攻法で無理なら裏の手で攻めるのさ。わざわざ同じ盤面で勝負してやる必要はない」


 俺を真っ直ぐ見返す彼の瞳は、まるで獲物を狙う獣のように光を放っている。殺気とも怒気ともつかないラファエルの気迫に、俺の背中に冷たいものが走った。


 「裏の手……何をするつもりですか」


 「先ずこれを読め。話はそれからだ」


 そう言って、ラファエルは一冊の本を懐から取り出す……そんなもの何処に仕舞っていたんだ?


 「これは?」


 受け取って表紙を見る。題名は『ヴェルナーとユリア』……? 聞いたことないな。


 「二ヶ月前程に発表された戯曲の台本だ。なんでも、古い言い伝えを元に作られた戯曲らしい。発表されて暫くは売れなかったが、文化サロンを主催するコンスタンツェ・キュンツェル侯爵婦人が激賞してから人気に火がついた。いまや社交界で知らぬ者など居ないほどさ」


 「へぇ……?」


 俺は曖昧に返事をしながら冊子の頁をめくる。


 『ヴェルナーとユリア』か。ジャンルは恋愛物語(ロマンス)? 恋愛物語の台本が裏の手とどう関係があるんだろうか……


 



 オスデニアの商都ハルブレクを治めるベイカー辺境伯にはユリアという娘がいた。


 月の輝きを思わせる銀の髪に翠玉(エメラルド)のような瞳。人々は彼女を月の女神(アランロド)と呼んで愛していた。


 ある日、ユリアは侍女を連れて郊外にピクニックに出掛けた。だが、彼女達が乗った馬車を牽く馬が突然暴走を始める。


 そこに旅の騎士が現れ、暴れる馬をなだめて馬車を止める。ユリアは命を救ってくれた騎士の名を問うが、騎士は名乗らずに去ってしまうのだった。


 騎士の名はヴェルナー。


 この輝く金髪と精悍な顔立ちの若者は、辺境の小領主ワーグナー子爵家の次男で、従者と共に武芸の修行のため旅をしていたのだ。


 流浪の騎士ヴェルナーはユリアを救ったのち、ハルブレクの街を荒らし回っていた盗賊を捕らえる。そして、その功績を認められてベイカー辺境伯に目通りを許されたのだった。


 ベイカー辺境伯の屋敷で運命的な再開を果たすユリアとヴェルナー。そして二人は瞬く間に恋に落ちる。


 ヴェルナーはベイカー辺境伯に騎士として仕えたいと申し出、彼の人となりを気に入ったベイカー辺境伯もヴェルナーを受け入れた。


 ヴェルナーは小領主の次男という血筋に拘らず自分を評価してくれた辺境伯の期待に応え、辺境伯もそんなヴェルナーを信頼した。


 そしてヴェルナーとユリアもゆっくり愛を育んでいく。


 穏やかに流れる日々。しかし、そんなヴェルナーに憎しみを向ける者がいた。


 辺境伯に古くから仕える貴族、バーレ子爵である。その息子ランベルトもまた、ユリアに想いを寄せていた。


 幼い頃からユリアと過ごし、彼女を想っていた彼にとって、ヴェルナーは突然現れてユリアを奪った許されない男だった。


 バーレ子爵は辺境伯に讒言(ざんげん)し、ヴェルナーを遠ざけさせる。


 さらにバーレ子爵はヴェルナーはユリアを手に入れ、辺境伯家を乗っとろうとしていると噂を流し、噂に不信感を募らせた辺境伯はユリアにヴェルナーと会うことを禁じた。


 不遇のなかでも密かに文を交わし想いを確かめ合う二人。


 そんなとき、ベイカー辺境伯領と隣国であるダンツィヒ自由都市連合との間に争いがおきる。


 最初は小さな小競り合いだったが、争いの火は衰えを知らず、ついにダンツィヒ自由都市連合が軍を辺境伯領に侵入させた。


 ベイカー辺境伯はその迎撃をヴェルナーに命じる。これはバーレ子爵の謀であったが、ヴェルナーは辺境伯の信頼を取り戻す機会とその命を受けた。


 僅かな兵を与えられ、無謀な戦いに臨むヴェルナー。出兵の前夜、ユリアは父の禁を犯してヴェルナーのもとに走る。


 ーー私は必ず貴女の元に帰ります。敵を退ければ辺境伯様も私を許してくれるでしょう。その時は貴女を妻にしたいと願い出るつもりです。


 ーーああ、愛しいヴェルナー。いつまでも待っています。貴方の望みが父に届かなければ、私はベイカーを捨てましょう。


 ヴェルナーは都市連合軍相手に奮戦するが、バーレ子爵の謀で補給を断たれ苦境に立たされてしまう。


 やがて、ヴェルナーが戦死したとの報せが辺境伯に届いた。


 戦いはランベルトの本隊が本国の増援を得て自由都市連合軍を押し返し、双方に和議が結ばれて終結。


 平和が戻ったがヴェルナーは帰ってこなかった。


 悲しみに暮れながらも、あの夜の約束を信じ続けるユリア。そんな彼女に、辺境伯はランベルトとの結婚を命じる。


 結婚式の前夜、ユリアは夜空の満月に歌う。


 ーーこんなに苦しくて辛いのは、果たされる事の無い永遠(とわ)の誓いを立てたから。でも信じています。貴方が私に声を掛けてくださると。


 そして結婚式。誓いの言葉を交わそうとした二人の前に生き残りの兵士を引き連れたヴェルナーが帰ってくる。


 バーレ子爵が自分を殺すために補給を送らず横流しして私腹を肥やしていた事実、そしてユリアを手に入れて辺境伯家を乗っ取ろうとしていた証拠を突き付けるヴェルナー。


 全ての謀を(つまび)らかにされたバーレ子爵は辺境伯の怒りを買い、捕らわれた。


 そして彼は約束通り、ユリアに結婚を申し込む。駆け寄ろうとするユリアを制するランベルト。


 ーーユリアは私の妻になる女性(ひと)だ。ずっと彼女を想ってきた。彼女を幸せにできるのは貴様ではない!


 ーー想いの強さは君には負けない。俺もユリアを愛している。この愛のために命を懸けよう!


 ーーならば剣を抜け。貴様の愛と私の愛と。


 ーー互いの愛が真実(まこと)だと言うならば。


 ーー真実(まこと)の愛はひとつ。


 ーー血と生命(いのち)を以て決めよう。私と君、残るべき真実(まこと)の愛はどちらか!


 激しい戦いの末、ついにヴェルナーの剣がランベルトの胸を貫き……ランベルトはヴェルナーを讃え、ユリアの幸せを願いながら息絶えた。


 辺境伯はヴェルナーに今までの事を詫び、領を守り抜いた英雄と讃える。


 そしてヴェルナーとユリアの二人は永遠(とわ)の愛を誓ったのである。






 何だろう……この息苦しさは。まさかこの歳でラブストーリーに心締め付けられたのか?


 「なかなか面白いだろう? 『月に歌うユリアに涙を流さない者は人の心を知らぬ者だ』とコンスタンツェ婦人が泣きながら絶賛したのも頷ける」


 「……ラファエル」


 台本から顔を上げた俺は、意味ありげな笑みを浮かべるラファエルをジト目で睨んだ。


 分かった。分かってしまった。ラファエルが俺に何をやらせたいか……そしてそれがどう言うことか。


 本気でこれをやるのか。


 ……俺が。

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