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第四十八話 『罪の屈辱と騎士の矜持』

 「しかしまさか、道を魔法で隠していたとはな……」


 広場を見渡しながら、ルーファスは悔しげに口許を歪めた。


 この周辺は昨夜、ルーファス達がロートを見失った場所らしい。その後隅々まで捜索したがなにも見つからず、他の場所に移ったのだ。


 魔法とはいえ、視覚的な隠蔽工作にまんまと引っ掛かり、みすみす逃亡を許したのだから悔しいだろう。


 ステラに呼びに行かせてすぐ、部下を引き連れ息を切らせて走ってきたのもわかる気がする。


 今、彼の部下は路地と広場の警備と捜索に当たっており、アレクシアは他に魔法の罠が無いか調べている。ステラは……やることがないのか所在なげに広場をぶらついていた。


 「……で、これが大水道の立坑か。確かにこんな場所にあったら誰も気付かないな」


 ルーファスは大水道の点検用マンホールの蓋を顎で(しゃく)る。


 ……シュテルハイム大水道。


 ノブリス大帝が帝都シュテルハイム建設に併せて着手した水道網で、母なる大河ラーヌ上流の清廉な水を帝都に(あまね)く行き渡らせる上水道と、生活排水や雨水を速やかに処理する下水道から為る。


 帝都を網の目のように走る運河網と併せ、三代、百年かけて築き上げた……と爺さんから教わった。


 確か、西側の貧民窟(スラム)や獣人居住区以外は殆どの地区を網羅している筈だ。


 言い替えれば、この水道は帝都のあらゆる場所に繋がっているのだ。


 「……つまり、お前は賊がシュテルハイム大水道を使って外部から帝都に侵入し、破壊活動を行った、そう言いたいんだな?」


 俺の『推理』を聞いたルーファスは険しい表情で唸った。


 「ああ。夏祭りの襲撃、この前の貴族街の事件、昨日の大火……あれだけ大規模に動いたにも関わらず、城門の検問にも引っ掛からず、城内にアジトらしきものもない。それがずっと謎だったが、ここを使えば不可能じゃない」


 「理屈としては間違いないだろう。でも、それは有り得ない……あり得ない筈だ」


 「……? と言うと?」


 聞き返す俺にルーファスは少し逡巡し、声を落として言葉を選ぶように答えた。


 「大水道の全体構造は国家の最重要機密だ。皇帝陛下や国の上層部、代々大水道を管理しているライトゥング家しか知らない。賊が大水道を使って帝都を襲ったということは、機密が外部に、しかも敵に漏れたって事だ……そんな事有り得ない」


 成程。騎士団は銀狼団が大水道を利用する可能性に気付いていなかったんじゃない。その可能性を最初から考慮にいれていなかったんだ。


 漏れる筈の無い最重要機密の漏洩、そしてそれを利用したテロか。もしかしたら、俺はとんでもないモノに触れてしまったのかもしれない。


 ……まさか、あのガキ(ヴォーダン)の言っていた事ってこの事じゃ……?


 「兎に角、事が事だ。この場は現場の確保に留め、大隊長に判断を仰ぐ。いいな?」


 「それが一番だろうな。それに、状況証拠しかない現状で決めつけるのは危険だ」


 ステラが『臭う』と言うのだから間違いないと思うが、ロベルトより上を動かすにはそれだけじゃ足りない。


 頷く俺に、ルーファスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 「二人に良いとこ見せようって先走るなよ?」


 「するかよ。お前もな」


 その時、広場に騎士がひとり駆け込んできた。彼は息を切らせ、必死の表情で広場を見渡し、叫ぶように言う。


 「副隊長っ! アッカーマン副隊長!?」


 「どうした? 何か!」


 騎士はルーファスの元に駆け寄ると、表情を強張らせて敬礼をし、早口で捲し立てた。


 「至急、本部にお戻りください。騎士団中央本庁(ツェントルム)の使者が憲兵隊と共に……」


 「憲兵?! どう言うことだそりゃ?!」


 ルーファスは騎士の言葉を遮るように素っ頓狂な声を上げ、俺の顔を見る。


 いや、俺も何の事か分からない。使者だけなら分かるが、憲兵隊を伴って乗り込んできたって、何があった?


 ……


 ……


 ……


 ……


 「……随分と熱烈な歓迎だな」


 ロベルトはオリヴィアを庇うように立つと、周りを取り囲む兵士に凄む。


 騎士団中央本庁(ツェントルム)


 至急の出頭を命じられた二人は、正面エントランスに入るや否や武装した十数人の兵士に包囲された。


 全員、腕に憲兵隊を示す赤い腕章を着けている。


 「……憲兵が我等に何用か! すぐに道を開けよ!」


 オリヴィアの鋭い叫びがエントランスのホールに響く。だが、彼等は何時でも抜刀できる体勢のまま微動だにしない。


 「オリヴィア卿、何か憲兵に睨まれるような事をしたのか?」


 「するかっ! 馬鹿者!」


 ロベルトの軽口にオリヴィアは形のよい眉を吊り上げて怒鳴った。


 「相変わらず騒がしい。やはり生まれの賤しい輩に貴種の品性を求めるのは絶望的だな」


 男の声にしては高めの粘っこくまとわり付くような声がして、憲兵隊がさっと道を開ける。


 「貴様は……」


 そこから現れた男を、ロベルトは舌打ちして睨み付けた。


 歳は三十路前程。金髪の癖っ毛と目尻の下がった青い瞳を持った男。


 貴族騎士(パラディン)を示す金で縁取りされた詰め襟の軍服は色落ちも皺もなく、その腕には白く縁取りされた赤い腕章を嵌めていた。


 「……ライトマイヤー子爵、何故卿がその腕章をしている?」


 眉を顰めて問うロベルトにライトマイヤーは冷ややかな、意地の悪い笑みを浮かべて肩を竦める。


 「何故? 見て分からないのか? なら教えてやろう。僕がこの憲兵隊の隊長だからだ」


 「憲兵隊長だと? 貴様が?」


 ライトマイヤーの答えに、ロベルトは苦り切った表情で聞き返した。


 憲兵隊の隊長は家柄だけでなれるものではない。少なくともロベルトが知る限りでは。


 ロベルトの態度にライトマイヤーは表情を歪め、苛立ちを露に唸る。


 「口を慎みたまえ。ロベルト・フォン・ワイツゼッカー。貴様とオリヴィア・フォン・ラウエンシュタイン卿には、此度の銀狼団追撃任務に於いて帝国軍刑法第四十三条第二項に抵触した疑いがある。よって身柄を拘束する! ……やれ」


 ライトマイヤーが芝居がかった仕草で指を鳴らした。それを合図に憲兵隊数人がロベルトに詰め寄る。


 その時、オリヴィアがロベルトの脇をすり抜け、憲兵隊に立ち塞がった。


 「待て! 追撃部隊(われわれ)は帝都の平穏を取り戻すため戦ってきた。何故罪に問われるのだ?!」


 癖のない金髪を振り乱し、腰のサーベルに手を掛けて憲兵を鋭く睨み訴えるオリヴィア。


 彼女の殺気混じりの圧力に怯んだライトマイヤーは憲兵の影に隠れる様にして悲鳴のような声を上げる。


 「ら、ラウエンシュタイン卿。これは陛下の代行者たる騎士団総帥の命令なのだぞ?! こっ抗命は重罪だぞ!?」


 「貴様……っ! 現場も知らぬ俗物が虎の威を着てよくもしゃあしゃあと……恥を知れ!」


 オリヴィアは氷の刃のような視線でライトマイヤーを睨み据えると、サーベルの柄を握る手に力を込める。


 「オリヴィア! 抑えろ! 熱くなったら相手の思う壺だぞ」


 今にもサーベルを抜きそうなオリヴィアの腕を、ロベルトが必死に押さえた。


 ロベルトの言葉に、オリヴィアは憤懣(ふんまん)()る方無い様子で奥歯を噛み締め、サーベルから手を離す。


 ロベルトはホッとしたように溜め息をつくと、ライトマイヤーを見据えた。


 「言いたいことは山ほどあるが、俺も帝国騎士だ。命令には従おう。だが、ラウエンシュタイン卿は疑われるようなことは何もない。拘束するなら俺だけにしろ」


 「ロベルト……?!」


 ロベルトの言葉に、オリヴィアは驚き叫ぶ。


 「貴様とオリヴィア卿の二人を拘束せよとの総帥の命令だ。それはできん……早く連れて行け」


 ライトマイヤーの命令に、憲兵の一人がロベルトに捕縄を掛けようとする。しかし、ロベルトは苦笑いを浮かべてその憲兵を制した。


 「心配しなくても、逃げも隠れもせん。それとも、憲兵隊は騎士に縄を打つのか?」


 「いえ。失礼しました。では、ご同道願います。ワイツゼッカー卿」


 憲兵は捕縄を収めると、敬礼をしてロベルトを促す。頷いたロベルトを三人の憲兵が囲んだ。


 「ロベルト……」


 愕然と呟き肩を落とすオリヴィアにロベルトは微笑を向け、まるで『また後で』と挨拶でもするかのように軽く手を上げる。


 「ラウエンシュタイン卿、よろしいですね?」


 「是非もない。何処にでも連行するがよかろう」


 自身を連行する為に来た憲兵に、オリヴィアは小さく溜め息をついて頭を振った。


 そして、満足げに二人の連行を眺めるライトマイヤーを眼を(いか)らせて睨み据える。


 「ライトマイヤーと言ったな。白黒は査問委でしっかりつけてやる……覚悟しろ」


 「それは貴女次第ですよ。オリヴィア卿」


 「……貴様に名前で呼ばれる筋合いはない。虫酸が走る」


 そしてそのまま、二人は憲兵に伴われ連行されていった。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「辱職(りょじょく)罪?! 我々が? なんの言い掛かりだ!」


 ルーファスは会議室のテーブルを殴り付けると、対面に座る男を怒鳴り付けた。


 「……私は騎士団総帥の名代として来ている。その発言は総帥命令に対する抗命と受けとるが、宜しいかな?」


 男はそう言ってルーファスや彼の後ろに控える第十一騎士大隊(聖鉄鎖騎士団)の団員を威圧するように睨み返した。


 ソレン・フォン・ツィーラー子爵と名乗った彼は、赤い髪に鷲のような鼻。額の大きな向こう傷が目を引く、如何にも武人然とした男だ。


 彼は騎士団中央本庁(ツェントルム)の使者として、騎士団総帥の命令書を携えて来たのだ。


 その命令とは、銀狼団追撃部隊の解散と第十一騎士大隊全部隊長の解任。


 そして、幹部団員の逮捕。


 罪状は辱職(りょじょく)罪。初めて聞く罪名だが……


 「アル、辱職罪って?」


 会議室の隅、俺は小声で隣のアレクシアに問うた。アレクシアは言いにくそうに表情を曇らせる。


 「命令不服従や任務放棄、敵前逃亡をし、任務を辱しめた罪です……叛乱や抗命に次ぐ重い罪だと聞いています」


 「任務放棄? ルーファス達が? まさか……!」


 どんな理由で彼等が任務を放棄したというんだ? 訳が分からない。


 「……ソレン子爵、我々はロベルト大隊長の部下だ。例え騎士団中央本庁(ツェントルム)の命令と言えど、上官の指示がなければ受け取ることができない。暫く待ってもらおう」


 テーブルでは何とか冷静さを取り戻さしたルーファスが感情を抑えた表情でソレンと向き合っている。


 「ロベルト・フォン・ワイツゼッカーは本日早朝をもって、追撃部隊隊長及び第十一騎士大隊(聖鉄鎖騎士団)大隊長の任を解かれた。彼には辱職の主犯として捕縛命令が出ている」


 「なっ……」


 ソレンの言葉に、ルーファスは目を見開いて絶句した。


 ロベルトに捕縛命令が? 


 そう言えば、彼には騎士団中央本庁(ツェントルム)から出頭命令が来ていた。まさか……


 「……つまり、大隊の現最高位者は卿だ。命令を受け入れるか、それとも……」


 ソレンがテーブルに身を乗り出して凄み、彼の後ろに控える憲兵隊が一斉にサーベルに手を掛ける。


 受け入れればよし。拒絶すれば、叛乱と見なしてこの場で制圧する……と言うことか。


 ルーファスは目をきつく閉じて唇を噛んだ。彼の後ろに控える騎士達も固唾を飲んでルーファスを見守る。


 そして、ルーファスはカッと目を見開くと、大きく深呼吸して口を開いた。


 「分かった。命令に従う……ロベルト隊長ならそうするだろう」


 「ほう? 辱職に問われるは騎士にとって極めて屈辱。何故そう素直に受け入れる?」


 ソレンはルーファスの答えが少々意外だったのか、興味深げに目を細め、笑みを浮かべて問うた。


 彼の問いに対し、ルーファスは憮然としてソレンを睨み据える。


 「本心を言えば、命令なんてクソくらえだ。このまま椅子を蹴って騎士団中央本庁(ツェントルム)に直訴してやりたい。だが、俺の背中には百人の騎士がいる。そしてその下には千の兵がいるんだ。彼らの命を俺一人の自己満足で無駄にしたくない」


 「……分かった。卿の意思を尊重しよう。大隊副隊長ルーファス・フォン・アッカーマンの身柄は拘束。それ以下の者は辱職罪にあたらないと判断する」


 「ツィーラー卿。それは……」


 ソレンの言葉に、彼の後ろに控える憲兵隊員が何か言いたげに口を開く。だが、ソレンはその憲兵隊員を無言で睨み付け黙らせた。


 どうやらソレンが受けた指示を勝手に変えてしまったようだ。睨み付けられた隊員は戸惑いながら引き下がる。


 「感謝する。卿とはこのような形で会いたくなかったよ」


 「……ふん」


 ソレンはルーファスの言葉に鼻を鳴らすと、憲兵隊に顎で(しゃく)って指示を出した。


 憲兵隊から二人の隊員がルーファスに駆け寄り、彼の腕を取って拘束する。


 と、ルーファスが会議室の隅……俺の方を見た。彼は微かに頷くと、素早く口を動かす。


 何かを俺に告げた……のは分かったが。


 「『後を頼む』……だって。あの馬鹿、カッコつけちゃってさ」


 フードを目深にかぶり、憲兵隊から隠れる様にしていたステラが俺にだけ聞こえるように小声で囁いた。


 後を頼む……か。頼まれても俺に出来ることはあるのか。


 「ロベルト卿とルーファス卿が罪を得て拘束され、追撃部隊は解散……これからどうなるんでしょう……」


 アレクシアが小さく呟いて俺の腕を握る。


 ……何故突然こんなことになったのか、これからどうなってしまうのか。俺が知りたい。


 ただ、漠然と大きな何かが動き始めたのは分かった。


 俺達をも飲み込む大きな何かが……


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