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第三十五話 『ちょいワル系副総帥と天然系魔法使い』

 『狼追いの夏祭りにおける中央広場爆破、襲撃事件』


 通称『血の獅子月(レーヴェ)』が起こった当時、英雄広場や帝都中央公園の警備を担当していたのは、騎士団中央本庁(ツェントルム)第十一騎士大隊『聖鉄鎖騎士団』と第十二騎士大隊『聖釘(せいてい)騎士団』であった。


 銀狼団の襲撃を退けた両大隊は撤退する彼等を追撃するが、突如として立ち込めた霧によって銀狼団を見失ってしまう。


 翌日、騎士団中央本庁(ツェントルム)総帥、ヘルムート宮中伯は両大隊に銀狼団の追跡と銀狼の捕縛を命令した。


 そして、事件発生から五日……


 俺は騎士団中央本庁(ツェントルム)にいた。





 中央本庁大会議室『円卓の間』。


 白壁に青い絨毯が敷かれた縦長の楕円の部屋で、開放的な窓から朝陽が射し込みとても明るい。


 部屋の中央には、その名の由来でもある彫刻が施された重厚感のある円卓が置かれている。


 部屋には軍装の皇帝ジムクントが描かれた巨大な肖像画が紋章旗(バナー)と共に掲げられていた。


 金で縁取りされた黒地に盾と槍、そして薔薇が白く描かれた紋章は騎士団中央本庁(ツェントルム)の物らしい。


 「カズマ・アジムと申します。師、メアリム・フォン・イスターリの命により、本日より銀狼追跡に参加させていただく事になりました。宜しくお願いします」


 「……うむ。わざわざ御苦労」


 頭を上げた俺は、背筋を伸ばして円卓の真向かいに座る男性を見据えた。


 労いの言葉を言って鷹揚に頷く、黒い詰め襟の軍服の男性。


 側頭部の僅かな部分を残して禿げ上がった四角い顔。まるで芋虫みたいに太く濃い眉毛と、ギョロりとした団栗(ドングリ)のような目。


 ブロンナー・フォン・ビルケナウ=コルネリウス伯爵は印象的な悪人面だが、騎士団中央本庁(ツェントルム)副総帥である。


 人を見かけで判断してはいけない……まあ、責任ある立場だから悪人ではない、なんて事はないが。


 伯爵は円卓の上に手を組んで、彫りの深い達磨みたいな悪人面をニヤリと歪め笑った。


 「しかし、イスターリの弟子か。彼奴が弟子をとる時代になるとは、俺も歳を取るわけだ」


 「……? はあ」


 「俺もあれも、昔は随分やんちゃ(・・・・)したものだ。奴に師事するのは結構なことだが、余計な事まで学ぶなよ? お前は素直で真面目そうだからな」


 「気を付けます」


 メアリム爺とブロンナー卿は昔からの知り合い……というか悪友だったのか。一体どんなやんちゃをやらかしたのか。


 きっとよいこは絶対真似しちゃダメな類いに違いない。


 しかし、腹黒魔法使いと不良貴族……なんか小説の題名みたいだな。


 って、俺はおっさんと世間話をしに来た訳じゃないぞ?


 「……それで、自分は何をすれば良いのでしょう?」


 大体の話はメアリム爺から聞いている。


 しかし、俺は一応確認の意味でブロンナー卿に問うた。


 「ああ、話が脇に逸れたな。賊……銀狼団に魔法使いが居るという話は聞いているな?」


 ブロンナー卿は軽く肩を竦めると、表情を厳しくして声を落とした。


 「はい。師から聞きました……腕利きの魔法使いが居るとか」


 俺はブロンナー卿の言葉に敢えてそう答える。


 『賊の魔法使いについて迂闊な事は言うな。まだ何も確実なことは分かっておらぬ。憶測で話すのは危険じゃ』


 ここに来る前に爺さんからそう言われてきた。


 確かに色々聞かれても、ほんの一瞬対峙しただけなので答えようがないし、変な疑いを抱かれたら厄介だからな。


 「そうだ。詳細は不明だが、かなりの使い手らしい。全く、狼人の戦士だけでも厄介なのに魔法使いとは」


 ブロンナー卿は忌々しげに舌打ちをして続ける。


 「狼人(ハウド)の戦士の力は人間を上回るが、数で制することができる。しかし、魔法使いが居るとなれば別だ……腕のいい魔法使いは一瞬のうちに一人で百人を殺すといわれるからな」


 流石に一瞬で百人は誇張だろう。それに普通の魔法使いは術式の展開と呪文の詠唱が必要だ。


 いくら早口でも、剣や鉄炮の方が早い。


 もっとも、これは単独で戦ったら、の話で、身体能力が優れた狼人の戦士に護られた魔法使いは厄介この上ない。


 「自分にその魔法使いを抑えろ……ということですね。しかし、そんな大任、自分に務まるでしょうか?」


 「務まるか、じゃない。やるんだよ」


 ブロンナー卿は団栗眼を見開いて俺を睨み付けた。


 「四公主導の討伐軍が連中を討伐すれば、騎士団中央本庁(ツェントルム)は面目を失う。この事件は我々の手で解決しなければならんのだ」


 爺さんも騎士団による事件の解決に拘っているようだが……結局は派閥の力関係とか組織の面目とかの問題なのか。


 公爵主導の討伐軍が活躍すると皇帝の権力に悪影響が出るのかもしれない。


 ……何れにせよ、俺がどうこう言う問題ではないな。


 「兎に角、これ以上連中に好き勝手やらせる訳にはいかん。銀狼とやりあって生き残った貴様の強運と実力、あてにさせてもらうぞ」


 「……善処します」


 貴族や軍人の思惑は関係ない。ただ、これ以上罪のない血が流れるのは嫌だ。


 なら、やれることを全力でやるしかない。後悔はしない。そう決めたからな。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「あ、初めまして。私、魔技研(マギ)のアレクシア・ハイネって言います! 宜しくお願いしますぅ!」


 そう言って、アレクシア嬢は満面の笑みを浮かべて俺に握手を求めてくる。


 「カズマ・アジムです。こちらこそよろしくお願いします。アレクシア嬢フロイライン・アレクシア


 俺はそう言ってアレクシア嬢の手を握り返した。少し冷たくて、とても柔らかい手だ。


 「お嬢様(フロイライン)なんて、堅苦しいのは無しですよ~。私の事はアルって呼んでください~」


 「はあ……」


 のんびりとした口調で柔らかい微笑みを浮かべるアレクシア……アルに俺は若干の戸惑いを覚えた。


 いかん。これは初めて接するタイプだ。


 騎士団中央本庁(ツェントルム)を後にした俺は、メアリム爺がサポートに付けてくれるという魔法使いに会うために魔法省の建物に来ていた。


 魔法省なんて何処かのファンタジー小説に出てきそうな役所だが、外観から内装まで至って普通の建物だ。


 さっきまでいた騎士団中央本庁(ツェントルム)が城壁に囲まれた砦みたいな所だったから、余計にそう感じたのかも知れない。


 背筋をピンと伸ばして応接室のソファーに座るアル女史。


 俺は促されてソファーに座りながら彼女を観察した。


 茶褐色の髪を硬めのお下げに結んだ、地味な雰囲気の女性。


 小柄な体に羽織った大きめの白衣と、漫画でしか見ないような牛乳瓶の底のように分厚いぐりぐり眼鏡が印象的だ。


 お下げで眼鏡とくればそばかすがセットになりそうだが、彼女はとても綺麗な白い肌をしている。


 ただ、彼女の肌の白さはシャルロットやステラの白さとは違うように見える。


 これは引き隠って日に当たっていない白さだ。


 ……そして多分だが、性格はド天然。


 魔法省魔法技術研究所の研究員でメアリム爺の直接の部下だそうだけど……ずいぶん若い。年の頃は二十歳前半くらいかな。


 「ということで、アジムさんの事はカズさんって呼びますね?」


 「『ということで』って何ですか……まあ、いいですけど」


 不意に、アル女史が人差し指を立てて思い出したように言う。


 まさか、今まで俺をどう呼ぶが考えていた訳じゃあるまい……いや、あり得るな。


 と、彼女は胸の前で祈るように手を組んで小首を傾げる。


 「カズさんはメアリム様の直弟子なんですよね?」


 「……? ええ。なったばかりですけど」


 俺がそう答えると、アル女史は顔をパッと輝かせた。


 「スゴいです! 大賢者様の弟子として認められる方と一緒にお仕事できるなんて、光栄ですっ!」


 「そんなにスゴいんですか」


 食い付くように身を乗り出すアル女史に若干身を引きながら問う俺に、彼女は大きく頷いた。


 「勿論ですっ! 大賢者様は今まで一度もお弟子を取りませんでした。その大賢者様に弟子入りを認められたと言うことは、大賢者様に才能を認められたって事ですから、凄い事なんです!」


 両の拳を握り締めて力説するアル女史。なんか食い付きが凄い。


 普通の弟子ならそうかもしれないけど……俺の場合は違うからな。


 でも、この雰囲気は説明しても多分聞いてくれなさそうだ。


 「あ、スゴいと言えば……」


 アル女史はまた思い出したように身を引き、グリグリ眼鏡が鈍い光を放った……ように見えた。


 「この前の、銀狼団の魔法使いさんもスゴいんですよ?! あの夜の霧は帝都の中央広場を覆ったんですけど、あの範囲で霧を発生させようとしたらどうしても風の影響とかで濃さにムラが出たり不安定になるんです。でも、あの霧は広場一面を隣の人の顔が見えないくらいの密度で覆ってて……その上狼人さん達の気配をスッパリ消しちゃったそうなんです。霧の魔法に隠蔽効果があるのは知られてますけど、これだけ広範囲にわたって完璧な効果を長時間持続させるなんて、スゴくないですか?! 計算ではとんでもない魔力が必要になるんですけど、どんな術式を組んだんでしょう? 魔力の増幅式はまだ効率化に改良の余地が……」


 一度ほどいた拳をまた握りしめて熱弁を振るうアル女史。さっきまでののんびり口調が嘘のようだ。


 彼女はあれだな、好きな事に没頭して回りが見えなくなったり、普段はのんびりしているのに興味をそそられる事になると豹変して食らい付くタイプだ。


 根っからの研究者って所か。


 「……って、あれれ? どうしました?」


 と、俺が呆気に取られているのにようやく気付いて我に返ったのか、アル女史はまたのんびりした雰囲気に戻って首を傾げた。


 「いや、アルさんって色々詳しいんだなって」


 「あ……ごめんなさい。また一人で……私、魔法関連の事になると興奮して一人で走っちゃうんです」


 爺さんや同僚に色々言われているのだろう。アル女史はシュンと俯いて小さくなる。


 彼女は表情豊かだし、真面目で一生懸命な子なんだ。一生懸命が過ぎて暴走するのがタマに傷だけど。


 「……好きな事に熱中できるのは、素敵なことだと思いますよ?」


 「……優しいんですね~。カズさんって」


 俺が励ますように笑って言うと、アル女史は顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。


 しかし、爺さんが推薦した子だから質は間違いないんだろうが……大丈夫か?


 「ところで、念の為に聞きますけど……なんの仕事を一緒にやるか、分かりますか?」


 「えっと~……銀狼団の魔法使いさんを捕まえて、魔法の秘訣を聞き出すんです……よね?」


 うーん……大丈夫では無さそうだ。


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