第三十三話 『大賢者と弟子』
「それで、なんで表に出るんです?」
手にした鉄の細剣を軽く振って俺は首を傾げた。
俺に与えられた力を見極める……と爺さんは言っていたが、何故か庭に出るように言われたのだ。
「なに。力を見るには実戦が一番じゃからな」
「実戦……って、メアリム様と?」
「他に誰がおる」
メアリム爺は顎髭を撫でながら、手にした杖を構えた。
いつも握っている節くれだった木の杖ではなく、円で囲われた十字架のような飾りの付いた、飾り気のない金属の杖だ。
「俺はてっきり、研究所みたいな所で体を調べられるのかと」
「ちと訳アリでな。手っ取り早く見極める」
訳アリって……ただ単に色々調べるのが面倒臭いだけじゃないか?
「ということじゃ。早速始めるぞ」
「え?! ちょ……! 待ってくださいよ」
「『我が声に応えよ、世に満ち満ちる万物の源。汝が司るは破滅。害をなす魔の杖。始まりの焔にして終わりの業火。その同胞は雨の如く降り注ぎ、天の大樹を白き灰となさん。我が名に於いて顕現せよ、黒き炎の吐息……炎の矢』っ!」
言うが早いか、メアリム爺は印を組んで杖を振るうと、謳うように『ことば』を紡ぎ出した。
老人の周囲に赤く光る紋様が四つ浮かび、そこから無数の炎が噴き出すと空を覆う炎の矢となって降り注ぐ!
……ちっ! マジかよ?!
「『疾風』!」
俺は降ってくる炎の矢を吹き散らす風をイメージして『ことば』を叫んだ。
すると強烈な突風が轟と音を立てて空を駆け抜け、炎の矢を殆ど消滅させる。
「ほうっ! やはりなっ! ではこれはどうじゃ!」
火の粉が舞い散るなか、メアリム爺はニヤリと笑うと腕を振るった。
「『氷柱』っ!」
瞬間、老人の周囲に無数の氷柱が現れる。
日の光に煌めく氷柱は一本一本が大人の腕ほどの氷の杭。あれを食らったらひとたまりもないっ!
俺は地面に掌を叩き付けて『ことば』を紡ぐ。
「『大地よ』っ!」
俺の『ことば』に応え、畳返しのように岩盤の壁が立ち上がるのと、メアリム爺の放った氷柱の槍が空気を引き裂いて襲いかかるのとほぼ同時。
氷の槍が岩盤の壁に突き刺さる。その衝撃に壁がひび割れ始めた。
ちっ! 防ぎきれないか!
俺は岩盤の壁から飛び出すと、庭を駆け抜けながらメアリム爺に向けて腕を突き出し『ことば』を放った。
「『飛礫よ』っ!」
大地を突き抜け、拳大の石の礫がまるで機関銃の弾丸のように老人に襲い掛かる。
メアリム爺は鋭く舌打ちをすると、杖を地面に突き立てて叫んだ。
「『衝撃』っ!」
「なっ!」
不可視の壁が俺の放った礫を砕いた、その刹那、叩き付けられるような衝撃が全身を襲い、俺は後ろに吹き飛ばされる。
無茶苦茶だ! くそ、こうなったら……っ!
俺は自分の胸に手を当てると、膨れ上がる力をイメージして『ことば』を紡ぐ。
「『力よ』っ!」
視界が一瞬赤く染まり、体が内側から膨らむような、血流が加速するような感覚に襲われる。
俺は細剣を握り直すと、メアリム爺目掛けて地面を蹴った。
風を切り裂く弾丸のように、老人との距離を一気に詰める。
「ふっ! 『爆ぜろ』っ!」
老人の『ことば』。目と鼻の先に炎が収束する!
「ちぃっ!!」
爆発の瞬間、俺は膨れ上がった炎の塊を掻い潜って老人に肉薄、その肩口目掛けて鉄剣を振り上げた。
その瞬間、俺を睨むメアリム爺と視線が絡み合う。
このまま打っていいのか?!
俺は一瞬躊躇った。
相手は老人、それに魔法使いだ。剣の熟練者ではない。下手なところを打ったら怪我では済まない……!?
「この……馬鹿者がっ!」
老人は一喝すると俺の剣を杖で弾く。その瞬間炎が弾け、俺は爆発の衝撃に吹き飛ばされた。
地面に背中から叩き付けられた俺の頭目掛けて、老人が杖を振り降ろす!
慌てて地面を転がり杖を躱し、そのまま距離を取った。
殺す気かっ! クソジジイ!
「成程。ワシの思った通りじゃ……だが、甘いわ」
「……何がです?」
杖を俺に突き付け、納得したように頷くメアリム爺。俺は思わせ振りな言葉に眉を顰める。
「次は本気で打ち込んで来い、カズマ。ゲルルフを退けた力、その程度ではあるまい」
メアリム爺のその言葉に、一瞬死んだ父親の姿が重なった。
『本気で打ち込んで来い。一馬! お前の実力はその程度のものかっ!?』
強かに打ち据えられ、道場の床に不様に転がる俺を冷たく見下ろす親父。
いつか越えてやろうと見上げた、高すぎる壁。
何故、爺さんに親父を……まだ偉大だった頃の親父を重ねたのか。
もしかしたら、爺さんから感じる圧迫感があの頃の親父に似ているからかもしれない。
「しかし……メアリム様、これは魔法の力を見極めるものでは?」
それに、いくら何でも本気で打ち込むのは躊躇われた。本職の魔法使いと魔法でやりあうのはいい。
だが、魔法使いは魔法使い。剣士じゃない。
俺の戸惑いを察したのか、メアリム爺の表情が厳しさを増した。
「だから貴様は阿呆なのだ。ワシが見極めるのは貴様の『力』全てよ。そうでなければ剣など持たせぬ」
つまり、俺が振るう力全てを見極める、と……言われてみれば。何故訓練用の細剣を渡されたのか不思議だったが、そう言うことか。
しかし何のために?
「さあ、さっさと来んか。魔法使いの爺が剣を恐れると思ったら大間違いじゃ。それをわからせてやる」
杖を右手に構え、左手で挑発的に手招きする老人。
一昔前のカンフー映画じゃあるまいし……いいだろう。そこまで言うなら本気で打ち込んでやるさ。
「お怪我をされても知りませんよ?」
俺は腰を落とし、細剣を中段に構えた。
一瞬の沈黙。
「いやぁぁあっ!」
「ふんっ!」
俺は裂帛の気合いをあげると、老人の懐に一気に踏み込んで袈裟懸けの一撃を放つ。
だが、老人は素早く杖を振るって俺の一撃を弾いた。
「ちっ!」
ならばと剣を返し、続けざまに打ち込んだ斬撃も尽く弾かれ、受け流されてまう。
意外に反応が早いし、動きも鋭い! さっきの挑発は伊達やハッタリじゃ無いな!
「……先程の手合わせで確信した」
「え?!」
老人の言葉に気を取られ、思わず聞き返すと、返事の代わりに杖の石突きが顔面に飛んできた。
反射的に払い上げ、飛び退って間合いを取る。
「お主は『契約者』じゃ。その契約故に『神の禁忌』に縛られる」
「テスタ……何です?」
「しっ!」
聞き慣れない単語に動きを止めた俺に、メアリム爺が鋭く気合いと共に杖を突き出す。咄嗟に身を捻って躱すが、頬に痛みが走った。
この杖、ただの杖じゃない。十文字の穂先が付いた短槍でもあるのか!
間合いをとるため飛び退る俺に、メアリム爺が『ことば』を飛ばす。
「『氷刃よ』っ!」
『ことば』によって生じた氷のナイフが二本、空気を切り裂きながら飛んでくる。
「くっ!」
俺は一本を躱し、もう一本を鉄剣で叩き落とし、お返しとばかりに『ことば』を紡いだ。
「『飛礫よ』っ!」
虚空に生まれた握り拳程の礫が老人目掛けて撃ち出される。だが、メアリム爺はまるでそれが分かっていたかのように身を捻ってそれを躱した。
だが、まだっ!
「『疾風』っ!」
「っ! なんと!」
老人が体勢を整える前に風圧の塊を叩き付ける。風に煽られ、大きくバランスを崩すメアリム爺。
そこを狙って一気に踏み込み、刺突を放つ!
「ヌルいわっ! 『大地よ』!」
メアリム爺が体を支えるように杖を地面に突き立てる。その途端、俺が踏み込んだ地面がひび割れて崩れた。
「くおっ?!」
突然の足場の崩壊になす術なくバランスが崩れ、俺はそのまま地面に突っ伏す。
メアリム爺は腰を擦り、大きな溜め息をつくと杖を俺に向けて構える。
「ふう……カズマ、答えよ。魔法とは何か」
まるで教壇に立って授業するような口調で俺に問うメアリム爺。魔法については、この国に来て教えてもらったが……何だって突然。
「確か、この世界に満ちる『マナ』に働きかけ、自然の法則の範囲で理を歪め、操る力だと」
俺は起き上がって細剣を構え直し、老人の問いに答える。
「左様。人の身でマナ、つまり世界に干渉し、理を歪める……その為に『真言』によって組まれた術式と、それを起動させるための『ことば』を己の魔力で制御しなければならぬ。本来魔法とは、複雑で面倒臭い上に術者の能力で威力や性能が変わる不安定なものじゃ」
『真言』だの、『ことば』だの、中学二年生が興奮して暴れだしそうな単語だ。
しかし、手続きが面倒な上に同じ魔法なのに術者の能力で質が変わるなんて、汎用性に欠けるな。
専門家が言うのだから、魔法とはそんなものなんだろうが、どうりで普段魔法使いを見掛けないわけだ。
「俺はそんなこと考えたことありません。使う力をイメージしながら、脳裏に浮かぶ『ことば』を唱えているだけで……」
「それが契約者の力よ。だが、魔法学者に言わせれば、基本原則を無視した魔法の行使は壊れなのじゃ。二千余年にわたる魔法学の研究の歴史に対する冒涜と言っていい」
神様と契約して壊れって。
それじゃまるで、神様の加護っていう虎の威を借りて『俺って世界最強』などと勘違いする頭の弱いラノベの主人公みたいじゃないか。
……ん? 待てよ?
「でも、それを言ったらメアリム様も同じでは?」
爺さんも最初の一撃こそ長い『ことば』を唱えていたが、あとは俺と同じく詠唱らしい詠唱をしてなかった。
「そうじゃ。ワシもお主と同じく『神の禁忌』に縛られておる。だが、それ故に『天才』と呼ばれ、大賢者の称号を得られた……異世界人は『神の禁忌』によって縛られるものなのかも知れぬな」
ーー君は僕に選ばれた。だから僕は君と契約を交わすんだ。君は僕との契約を守る。契約が守られる限り、僕は君を守護し、君に力を貸す……不利益はないと思うけど?
この国に来る前にあのガキが俺に言った言葉が脳裏に蘇る。
選ばれた者が神と交わす契約。それによってその者は手続き不要で世界に干渉する力を得、代償として禁忌に縛られる……か。
「それを踏まえて……もう一本行くぞ」
「え?! いい感じに話がまとまって来たと思ったんですが……?」
初めて魔法を使ったときに比べれば随分マシだが、正直キツイ。これ以上何を確かめるのか。
「お主がどれくらい使えるか……見せてみよ」
そう言うと、メアリム爺は懐から折り畳まれた紙を取り出して広げる。
ハンカチ程の紙には細かい文字と記号が円の形に並べられた紋様が描かれている……あれが術式か。
「『我が声に応えよ、世に満ち満ちる万物の源。汝の名は打ち砕くもの。浄めの光。偉大なる雷の振るう鎚……』」
杖を掲げ、朗々と『ことば』を詠唱するメアリム爺。その詠唱にあわせて、周囲のマナが高まっていくのが分かる。
今までマナなんて感じたこと無かったのに……って、ちょっと待て。
この雰囲気はヤバイぞ?!
「『我、汝に乞う。我が前に立ち塞がる障害を汝が御力にて打ち砕かん。顕現せよ、万雷の大槌……雷よっ!』」
風のマナが激しく反応しながら空の一点……俺の真上に集約する。
……『雷神の大槌』?! マジでか?!
「くっ! 『盾よ』っ!!」
俺は細剣を放り両手を天に掲げると、腹の底から絞り出すように『ことば』を叫んだ。
刹那!
視界を白く染める閃光と大地を震わせる衝撃、大気を割り裂く轟音がいっぺんに俺に降り注ぐ。
掌に焼けた炭を押し付けらるような熱さと痛み。木刀で全身を強かに打ち据えられたような衝撃。
それらを気合いで跳ね返す!
気の遠くなるような一瞬が過ぎ、俺は崩れるように膝をついた。
地面に突き刺さった細剣が黒焦げになって煙を立てている……咄嗟の思い付きで避雷針代わりにしたが、上手くいったようだ。
「うむ。よく耐えた……上出来じゃ」
額に汗を流し、疲労困憊といった様子のメアリム爺。
大賢者が息が上がるくらいの大魔法……まともに喰らっていたら今頃消し炭だ。
「……殺す気ですか」
「加減はした。耐え切れずとも死にはせぬし、瀕死の重症くらいならベアトが癒す」
睨み付ける俺に、さらりととんでもないことを言う老人。瀕死の重症くらいならって、一歩間違えれば即死だぞ?!
「何はともあれ、お主の才能は分かった……これならワシの弟子として問題ない」
「……弟子、ですか」
話の流れが読めず困惑する俺に、息を整えたメアリム爺が顎髭を撫でながら微笑む。
「魔法使いとは、魔法学院で学業を修め、皇帝陛下の免状が与えられた者のみを指す。免状の無い魔法使いは違法じゃ」
「違法……つまり、車の無免許運転みたいなもんですか」
「ちょっと違うが、分かりやすく言うならそうじゃ。魔法は特殊で強大な力。故に権力よって管理される。管理を外れた力は淘汰されるのが世の習い。そういうことじゃな」
まあ、そうだろうな。
程度の差こそあれ、世界の理を歪める力。それを野放しにしては国家の統治は覚束無い。
「魔法学院を卒業して正規の免状を取るのが本来の筋じゃが、ワシらには時間がない……よって、お主を魔法学院の教授資格を持つワシの直弟子とし、魔法修士の地位を与える。これで多少の制限はあるが魔法を使える」
つまり、仮免状態って事か。法律違反の状態でなくなるのは有り難いが……時間がないって台詞は不穏だな。『俺が使えるかどうか』とか言っていたし。
「……メアリム様は俺に何をさせるつもりですか」
「人聞きの悪い事を言うな。ワシは先の御前会議で陛下より直々に任を命じられた。それを果たすために腕の立つ魔法使いが必要なだけじゃ」
皇帝陛下からの勅命……にしても、俺を利用することには変わり無いじゃないですか。




