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第十六話 『銀の少女と灰銀の狼人』

 「やあ、こんなところに居たんだ」


 銀の半狼人(ハーフハウド)の少女ーーステラは、彼女がいた物陰の近く、建物の隙間を抜けた先に居た。


 積み上げられた木の箱に腰掛け、白い足をブラブラさせていた少女は、俺の姿にその大きな洋紅色(カーマイン)の瞳を訝しげに細める。


 「……何しに来たの?」


 「何しにって……スープを届けにさ。炊き出ししてるの、見てたろ?」


 俺の言葉に、ステラの灰色の耳がピクンと跳ねた。


 「貴方、あの子達の話を聞いたでしょ? 私は……狼人(ハウド)の穢れ者なのよ?」


 「だから? 俺には関係無い」


 「……変な人」


 「よく言われる」


 ステラは思いもしない俺の言葉に動揺したのか僅かに瞳を彷徨わせると、呆れたように溜め息をついた。


 「さ、温かいうちに食べなよ」


 俺が苦笑しながらステラにまだ湯気のたつスープを差し出すと、少女は艶やかな銀髪(シルバーブロンド)を指で梳きながら横目で俺を睨んだ。


 「残念だけど、私は食べ物に困ってないわ。この街の住人じゃないし、そもそも子供じゃないの……他の子に食べさせたら?」


 ステラはスープを一瞥すると、つと目を逸らした。スープの匂いに鼻をヒクヒクさせながらそんな事を言っても説得力ないけどな。


 「……優しいんだな、君は」


 「何言ってるの? 訳分からない……もういいでしょ? 私と居るのを見られたら貴方の為にならないわ。もう行って」


 ステラが突き放すようにそう言って俺に背を向けたその時、『くるるる……』と微かな音が聞こえる。


 「……っ」


 途端にステラの白い頬が桜色に染まった。ふふん。口では色々言っても体は正直だな。


 「腹減ってるんだろ?  我慢は体に毒だぜ?」


 「……」


 ステラは一瞬躊躇って、上目遣いに俺を睨みながら俺の差し出した椀を受け取った。


 「俺、カズマって言うんだ。カズマ・アジム」


 スープの香りを堪能していたステラは、俺の名乗りに眉を顰める。


 「あの時は、名前聞けなかったからさ」


 「……覚えてたの? 一年も前の事を? 馬鹿じゃない?」


 「ああ。でも、それはお互い様だろ?」


 ジト目で睨むステラに、俺は肩を竦める。


 「……テラ」


 「ん?」


 ボソリと呟く少女。聞き取れなかった俺が首を傾げて聞き返すと、ステラは頬を朱に染めて俺を睨んだ。


 「ステラ・フェーベル! 私の名前っ! 何度も言わせないで」


 ステラ・『フェーベル』か。クリフトさんの本名の姓が『ベッカー』だったけど、そっちは名乗ってないんだな。


 まあ、家庭には色々な事情があるからな。気にしないでおこう。


 「じゃあ、ステラ。食べたらそこに置いておいて。後で取りに行くからさ」


 「あ、あり……がと」


 口の中でもぞもぞとお礼を言うステラに、俺は笑って頷くと背を向ける。


 俺がここにいたら食べにくいだろうから、食べ終わる頃を見計らってクリフトさんと顔を出そうか。


 と……その刹那。


 背中を刺す冷たい殺気。俺は咄嗟に体を横に投げ出した。


 瞬間、俺が今までいた場所を、空気を切り裂くぶんという音と鋭い銀光が凪ぎ払う。


 ちぃっ!? 背後から不意討ちか!


 「ふん……勘のいい奴め」


 路地に響く太い声。慌てて起き上がった俺は、そこに立つ男の姿に息を飲んだ。


 灰銀色の毛並み、尖った耳と太い尻尾、長い鼻面……ヒトではない。狼人ハウドだ。


 身長は6エーヘル(約2メートル)を超えるだろうか。鎖帷子から覗く、まるで雄牛のような分厚い筋肉と剥き出しの鋭い牙、爛々と輝く金の瞳。そして手にした抜き身の長剣トゥーハンドソード


 薄曇りの空を背負うように立つ偉容、その威圧感に俺は総毛立って体が固まってしまう。


 「何故、ここにヒトがいる」


 「……居ちゃあ悪いかよ」


 俺は徐々に間合いを広げながら狼人を睨み、吐き捨てた。


 「ここは狼人(ハウド)の領域だ。貴様のような人間の来るところではない。去ね」


 ……この男も『狼人(ハウド)の誇り』に囚われているのか。


 しかし、有無を言わさず斬り殺そうとするなんて、随分過激な奴だ。


 「残念だけど、今忙しくてね」


 「そうか。ならば……」


 灰銀の狼人は威圧するように大剣を構え、切っ先を俺に向けた。


 くそっ……やるしかないのか?


 俺は腰を落として身構えた。が、徒手空拳で何とかできる相手じゃない。どうする?!


 その時、俺と灰銀の狼人の間に割り込むようにして銀色の少女が両手を広げて立った。


 「ゲルルフっ! やめて」


 「……ステラ、何故人間を庇う?」


 ゲルルフと呼ばれた狼人は切っ先を俺に向けたまま胡乱な表情で少女に問うた。


 「一応、恩人だからよ」


 大剣の切っ先を目の前に臆することなく答えるステラ。


 彼女、この狼人と親しいのか? どんな間柄なんだろう……それはそうと、『一応、恩人』って……まあ、いいけどさ。


 「そいつか? 一年前にお前が命を救われたという人間は」


 「あんたには関係ないわ……でも、受けた恩は返すのが狼人(ハウド)の矜持って言ってたわよね? ゲルルフ」


 睨むゲルルフを真っ直ぐ見返すステラに、ゲルルフは舌打ちをして大剣を鞘に納めると一歩退いた。


 「命拾いしたな、人間……だが、見逃すのは一度限りだ。次、俺の前に立てば殺す」


 「……そいつはどうも」


 ゲルルフから殺気が引き、俺も構えを解く。背中は冷や汗でびっしょりだ。悔しいが命拾いした。


 ゲルルフと俺の緊張が和らぐと、ステラはホッとしたように息をつく。


 「……カズマは、『あの人』の炊き出しの手伝いをしているのよ」


 「炊き出しだと? 人間が狼人(ハウド)にか」


 「……悪いかよ」


 ステラの言葉にゲルルフは眉間に皺を寄せて俺を睨んだ。人間が狼人の炊き出しを手伝うのがそんなに奇妙か?


 「もう行こう、ゲルルフ。もうここに用はないんでしょ?」


 ステラがそうゲルルフを促した時、路地の向こうから聞き慣れた声がした。


 「カズマ様、何かありましたか? 随分と……」


 心配そうに言いながら顔を覗かせたクリフトさんの表情が、ゲルルフ達を目にして一瞬固まり、みるみる厳しく変わる。


 「っ! ……貴方は、ゲルルフ・バルツァー」


 「久しいなギーゼルベルト……いや、今はクリフト・フェーベルだったな?」


 ゲルルフが牙を剥き出し、敵意と憎しみが隠った目でクリフトさんを睨み付けた。


 「ゲルルフ、何故バルバに戻って来たのです?」


 「ふん。貴様に語る舌など持たぬ。知りたければ力ずくで聞き出すのだな。まあ、『誓い』から逃げ出した貴様には無理だろうが」


 「貴方は……っ!」


 ゲルルフの嘲笑に、クリフトさんは眉間に皺を寄せて苛立ちと怒りが混じった表情でゲルルフを睨み付ける。


 ……『誓い』? いつも冷静で穏やかなクリフトさんがここまで激しい感情を露にするなんて……一体二人の間に何があった?


 と、クリフトさんから逃げるようにゲルルフの影に隠れていたステラが鋭い声をあげて訴える。


 「ゲルルフ……嫌な臭いが来た。早くここを出よう」


 「……っ! ステラ、貴女は……! 何故そこにいるのですか?!」


 ゲルルフの側にいるステラに、クリフトさんが驚きの声をあげた。


 ステラは一瞬気まずそうな顔をするが、すぐにクリフトさんを睨み付ける。


 「私がどこに居ようと勝手でしょ?! もう子供じゃないんだから!」


 「それでも、です! その男は……ゲルルフは貴女の為にならない。すぐに戻りなさい!」


 「パパに何が分かるの?! こんな時だけ父親面しないで!」


 「……ステラ」



 綺麗な銀髪を振り乱して叫ぶステラに、クリフトさんは動揺を隠せず言葉を失ってしまう。


 そんなクリフトさんの前に、ゲルルフがぬっと立ち塞がった。


 「ギーゼルベルト。死にたくなければ、そこの人間共々俺の前に二度と姿を見せないことだ。今の貴様には俺の前に立つ資格はない」


 「ゲルルフ、貴方は何を企んでいるのですか?!」


 だが、ゲルルフはクリフトさんの問いに答えず俺達に背を向けた。


 「答えろ! ゲルルフ!」


 「……警告はしたぞ」



 珍しく声を荒げて叫ぶクリフトさん。ゲルルフは彼に背を向けたまま低い声で答えると、そのまま路地の奥に歩み去っていく。


 ステラは俺とクリフトさんをちらと一瞥すると、なにも言わずゲルルフの後を追った。


 「……ステラ、ゲルルフ」


 クリフトさんは二人が消えた路地を見詰め、力なく呟く。


 あんなに行方を探していた娘が、自分と因縁がある男の側にいた。しかも自ら望んで。


 その衝撃は俺なんかが想像できないくらい大きいだろう。


 「クリフトさん……あの狼人(ハウド)は?」


 「彼は……」


 クリフトさんが肩を落として俺の問いに答えようとしたとき、広場の方から女性の絹を裂くような悲鳴が上がった。


 ……なんだ!?


 俺とクリフトさんは思わず顔を見合わせ、悲鳴の方を向く。悲鳴の他に怒号や激しい物音が聞こえてきた。


 そう言えば、ステラが『嫌な臭いが来た』と言っていた。ただ事じゃなさそうだ。胸騒ぎがする。


 俺とクリフトさんは無言で頷きあうと、急いで炊き出しが行われている広場に駆け戻った。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「貴様らっ! 誰の許可で集まっているかっ!」


 「騎士団であるっ! これより貴様らを改めるっ! 神妙にしろ!」


 怒鳴り声が広場に響く。


 女性の悲鳴が、子供の泣き声が、その怒号に散らされるように広場に満ちていた。


 「なんて……」


 広場に着いた俺は、その様子に言葉を失う。


 10人ほどの黒い詰め襟を着た集団が、炊き出しの列に並んだ子供や老人、広場に集まった狼人達を手にした馬鞭で追い散らしている。


 我が子を守ろうと抵抗した狼人が鞭に打たれて血を流し倒れた。


 騎士団が何故あんなことを。


 彼等の詰め襟は金の縁取りで派手に装飾されている。前に見たロベルトという騎士の軍服とはデザインが異なるが……


 あの服を着た連中、何処かで見たな。


 「あんたっ! 何様だい! 私らはただ食事を配っていただけだよ!?」


 「ああ? 貴様、誰に口を利いているか!」


 俺と一緒に厨房に立ったご婦人が悲痛な声で抗議すると、騎士の一人が威嚇するように鞭を手で打ちながら婦人に近付き、スープの鍋に唾を吐き付けた。


 「何が食事だ?! 犬がパンやスープを食べるかよ! 犬は犬らしく地べたで人間の残飯を漁っていればよいのだっ!」


 もう一人が口汚く罵り、その鍋を蹴り飛ばす。


 継ぎ足されたばかりのスープが地面にこぼれ、婦人が悲鳴をあげた。


 あんにゃろっ……! 許さねえっ!


 「カズマ様っ!」


 堪り兼ねて騎士達の元に駆け出そうとする俺を、クリフトさんが止めた。


 「何故です?!」


 「彼等は貴族騎士(パラディン)です。下手に手を出せば連中の思うつぼですよ?!」


 だからって、このまま見てろって言うのか?!


 「そこまでにしてもらおう。貴殿ら、何故このような狼藉を働く? この街が陛下によって自治を認められた狼人(ハウド)の地と知ってのことか」


 前に進み出たヨルク老が鋭い目線で騎士達を睨み付け、問い質す。すると、立派なカイゼル髭の騎士が老の前に立った。


 「我々は陛下の命により、帝都周辺を荒らしている『銀狼団』とかいう賊を捕らえるため捜索中である。手始めに狼人(のらいぬ)の巣を改めようとしたところ、怪しい集会をしていたのでな。それを改めようと言うのだ」


 「……ここにおるのは腹を空かせた子供とか弱い老人。貴殿らが探すような者はおらぬ……他を当たってもらおう」


 ヨルク老はそう言って回りで怯えたように成り行きを見守る子供や老人を指し示す。


 だが、カイゼル髭の騎士はヨルク老の言葉を鼻で笑った。


 「そんなものは関係ない。我々は貴様らが『銀狼団』と手を組み、さらに大規模な暴動を企てているという情報を得ている……大人しく伏して従え。従わねば反逆の疑い有りとして斬り捨てる」


 「……何を馬鹿なっ!」


 「我等を愚弄するか!」


 騎士の傲慢で長老を見下した態度に、ヨルク老の後ろで狼人(ハウド)達が色めき立ち、口々に抗議の声を上げる。


 が、ヨルク老は手を上げてそれを制すると、カイゼル髭の騎士を睨み、僅かに間をおいて口を開いた。


 「……調べは、居住地の代表である儂が受ける。それで文句はあるまい?」


 「貴様が指図するな。こちらで怪しい奴を尋問する。話は以上だ」


 カイゼル髭は冷たくそう言い放つと一方的に話を切り上げた。


 ……と。


 「ババアっ! 飯食いながらコソコソしてんじゃねぇっ!」


 静まり返った広場に響く粗野な罵倒と食器の割れる音。若い騎士がスープを手にした老婆を蹴り飛ばしたのだ。


 「ひ、ひぃっ! お、お助けをっ!」


 「五月蝿いっ! 汚ねぇ汁で俺様の服を汚しやがって!」


 若い騎士が倒れた老婆に馬鞭を振り上げた、その時。騎士の肩に小石が投げつけられる。


 「この野郎っ! ばあちゃんに乱暴するなっ! 人間はここから出ていけっ!」


 騎士に小石を投げつけて叫ぶ少年……あれはダニーか?!


 「っ! この子犬風情が、貴族騎士(パラディン)である俺に石ぃ投げるか!」


 若い騎士は逆上したように叫ぶと腰のサーベルを抜いた。周りの騎士も、カイゼル髭の騎士もニヤニヤ笑って止めようとしない。


 ……もう、ここまでだ。


 堪忍袋の緒はとうに切れているが、ヨルク老の立場を考え押さえてきた。でもそれも限界だ。


 頭の血が沸騰するくらい熱くなったのはいつぶりだろう。兎に角、許さねえっ!


 俺は無言でダニーにサーベルを振り上げる騎士に向かって駆けると、その振り上げた手首を掴んで一気に捻り上げた。


 「うぐぁっ! いたっ! 何を?!」


 痛みのあまりサーベルを取り落とし、驚愕の声を上げる騎士。俺はそのまま騎士の脇に腕を差し込み、柔道の背負い投げの要領で彼を投げ飛ばす。


 『ぐえっ!』と蛙が潰れるような声を上げて悶える騎士。俺はそいつを見下ろしたままダニーに声をかける。


 「ダニー、危ないから離れていろ。もう無茶はするなよ?」


 「う、うん……兄ちゃん、ありがとな」


 ダニーはそう言うと走って去っていく。蹴り倒された老婆を見ると、クリフトさんが駆け寄って助け起こしていた。


 「貴様……っ! よくも……!」


 カイゼル髭の騎士が腰のサーベルに手を掛けて俺を睨み……驚いたように顔を歪めた。


 「……貴様はっ! あの時のっ!」


 あ? 『あの時の』って何時だ? 


 んな事はどうでもいい。ぶちギレてんだ。覚悟しやがれよ……


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