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第九話 『従者と伯爵令嬢』

 「全く、何があったか知らんが、英雄にでもなったつもりか? 馬鹿者が」


 決闘騒ぎの後、俺のところにやって来たメアリム老人は呆れたように息をついて俺を睨んだ。


 「申し訳ございません。宮中伯様」


 「あ、あのっ!」


 シャルロット嬢が慌てて俺とメアリム老人の間に割って入る。


 「カズマは悪くありません。彼は私を助けようとしてくれたのですわ。イスターリ宮中伯。ですから……」


 彼を責めないで欲しい、と訴えるシャルロット嬢。メアリム爺はちらと俺を意味ありげに一瞥すると、大仰に肩を竦めて見せる。


 「ふむ。お嬢様がそう仰るなら仕方ありませんな……運が良かったのぅ、カズマ」


 メアリム爺は口の端を歪めてニヤリと笑うと、手を打ってざわつく周囲の注目を集める。


 「ワシの従者が騒ぎを起こしてしまいましたな。こやつ、ワシの若い頃の真似をして麗しい淑女の危地を助けんとしたその心意気は立派だが、目立ちたがりのところまでワシを真似おって、けしからん奴です」


 大袈裟に両手を広げ、冗談目かして周りに語りかけるメアリム老人。周囲からは小さな笑いが漏れる。


 「こやつには後でよく言って聞かせるとして、何はともあれ、淑女の危地を救った名誉ある決闘に拍手を」


 メアリム老人はそう言って手を上げ、拍手を促す。すると見物人からパラパラと拍手が上がり、それにつられるように拍手が大きくなった。


 拍手が止むと、騒ぎで止まっていた楽団の演奏が再開され、夜会は何事も無かったかのようにその雰囲気を取り戻す。





 「ねえ……カズマ?」


 「はい? 何でしょうかお嬢様(フロイライン)


 少し頭を下げて応じると、シャルロット嬢は腰に手を当てて(むく)れた顔をする。


 「もう。堅苦しいのは苦手なの」


 「ははは……これ以上は勘弁してください」


 なんだろう、このお嬢様は。


 伯爵と言えば独自の所領を持つ、言わば城持ちの殿様だ。ブルヒアルト家は爵位こそ伯爵だが、名高い葡萄酒(ワイン)の産地を抱えているため、経済的に恵まれており、宮廷内での発言力も強いと聞く。


 そのブルヒアルト伯爵のご令嬢ともなれば、俺のような無位無冠の者と目を合わせることすら避ける筈なのに、何故すぐ側で親しげに声を掛けてくるのか。


 まあ、多分そういう事に頓着しない人なんだろう。堅苦しいのは苦手だと言っていたし、さっきのぎこちないお嬢様ぶりもそうだ。


 でも、物事には決まりごとがある。そこは弁えて貰わないと、俺が困る。


 俺の表情から察したのか、シャルロット嬢は不服そうに唇を尖らせたものの、俺から少し距離を取った。


 「貴方、剣は誰から学んだの?」


 「剣……ですか」


 お嬢様の口から剣術の話題が出るとは思わなかった。俺は少し考えて答える。


 「故郷に剣術の師が居りまして、そちらで」


 「何歳から?」


 「えっと、6歳からです」


 「そう……カズマの師匠って、強い人だったんでしょうね。その人にそんな幼い頃から……強いわけだわ」


 シャルロット嬢はそう言うと俺を見て嘆息する。確かにあの人は個性的だったが凄く強い訳ではなかった。


 でも、指導は的確で素晴らしい師範だったのは確かだ……あの人は元気だろうか?


 「でも、自分はまだ未熟ですよ」


 「未熟? 帝都でも五本の指に入る細剣術の使い手って言われてるルーファスを相手にあれだけやっといて。謙遜を通り越して嫌味ね」


 ジト目で俺を睨むシャルロット嬢。そんなつもりは無かったんだけど、彼女には嫌みに聞こえたのか……難しいな。


 「……でも、僅かでも判断を間違えたら負けていたのは事実です。勝負とはそういうものですよ。お嬢様(フロイライン)


 実際、ルーファスは強かった。勝てたのは相手の意表を突いて攻撃のリズムを狂わせたからだ。


 まあ、彼もあの程度の変化で動揺するようでは駄目だし、腕力の鍛練も足りないが。


 俺がさっきの決闘を反芻しながらそう言うと、シャルロット嬢は熱の籠った目で俺を見て頷いた。


 「やっぱり、この人なんだわ……私の……」


 「何がですか?」


 独り言のように呟くシャルロット嬢。妙に思って聞き返すと、彼女は途端に顔を赤くして眉を釣り上げた。


 「……っ! な、な、何でもあるわけないじゃないっ! 馬鹿」


 「は……はぁ。すいません」


 なんだよ。なんで突然怒鳴るのさ。意味がわからない。


 「……カズマ」


 「はい?」


 「決めた。貴方の剣を私に教えて」


 シャルロット嬢はその豊かな胸の膨らみを強調するように腕を組み、さらに胸を剃らせてそう言った。


 いや、それは人にものを頼む態度じゃない……って言う前に、このご令嬢、何と言った?


 「え? えぇ?!」


 俺は夜会の最中だと言うのも忘れて大声を上げた。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「かっかっかっ! 噂には聞いておったが、お主に剣をな……あの娘、とんだじゃじゃ馬じゃの」


 「笑い事じゃないですよメアリム様……あの後召し使いの方が呼びに来てうやむやになりましたけど、本気で焦ったんですから」


 夜会の帰り道。


 座席で膝を叩いて笑う爺さんに、軽馬車(バギー)の御者席に座った俺は竜巻号(トロンベ)の手綱を握ってぼやいた。


 伯爵家の令嬢が他家の従者に剣を習うなんて、いや、その前に剣術は令嬢の嗜みでは無いだろう。


 「ま、お主を見るシャルロット嬢の顔を見れば剣術云々は建前(・・)じゃろうがな……全く、持っとる男は違うの」


 しみじみと言うメアリム爺。


 全く何を言っているか分からないです。


 石を跳ねたのだろうか。馬車が大きく揺らぐ。


 「ま、色々あったが、これでブルヒアルト伯爵に恩も売れたしの。終わり良ければ全て良し、かな」


 恩、ねぇ。


 酔った青年貴族からブルヒアルト伯爵のご令嬢を助けたのは俺で、そのお陰で台無しになりかけた夜会の雰囲気を立て直し、丸く納めたのは爺さん。


 ……ん?


 「メアリム様、もしかして、この茶番……」


 「何の事じゃ? たまたまじゃよ、たまたま(・・・・)


 後ろの様子は分からないが、声色から爺さんが悪い笑みを浮かべているのが分かる。


 この腹黒爺、ブルヒアルト伯爵に恩を売るために俺を利用したか?


 「おっと、勘違いするなよ? ルーファスのあれは本気じゃ。そこまで仕込むほどワシも狡く無いわい。ワシがやったのは騎士団ロベルトへの通報だけじゃよ……ま、その後の展開はお主を利用させてもらったがな」


 今思えば、騎士団のロベルトと言う人が来るタイミングが絶妙だった。成程、メアリム爺が通報してたのか。


 確かにあれで助けられはしたが……


 「やっぱり俺を利用したんじゃないですか」


 「お陰でお主は伯爵令嬢の既知を得たのじゃ……それに、誰も損はしとらんぞ」


 ブルヒアルト伯爵は娘が助かって夜会も無事に成功。爺さんはブルヒアルト伯爵に恩が売れて、俺はシャルロット嬢と知り合いに。


 確かに……ナンパに失敗して強制退場させられたルーファスを除いて損らしい損はしていない……ように見える。


 いや、シャルロット嬢と知り合ったのが得だったかは分からないが。


 でも、損していないだけで、プラスマイナスで言えば、プラスなのは爺さんだけじゃないか? やっぱり腹黒爺だ。


 ……


 ……


 ……


 ……


 ブルヒアルト伯爵家の夜会から数日後。


 俺は再びメアリム老人と馬車に揺られていた。因みに今日の御者はクリフトさんだ。


 何でも皇帝陛下から急な呼び出しがあったとか。


 で、また例の如く『社会勉強』と称して俺も付き合わされる事になったのだ。


 「帝国は建国以来、今年で2677年になる」


 「へぇ……長いんですね」


 帝都のメインストリートを馬車で走る。流石に帝都の顔だけあって道幅も広く、石畳の歪みも無い。


 緑溢れる街路樹、両脇に整然と並ぶ建物、道を歩く人々も小綺麗な身形の人々が多いように感じる。


 ここもまた、帝都の『光』なのだろう。


 「勿論、ワシらの故郷のように『万世一系』とは行かぬが、今のブリューゲル家は歴代帝室の中でも長くてな……今のジムクント帝で第16代、約400年に渡って帝国の政を司っておるのじゃ」


 「400年、ですか。それでも長いですね」


 長さだけなら江戸徳川政権とほぼ同じか。


 「お主が今から謁見する方は、帝国二千余年の歴史を背負う方じゃ……まあ、固くなる必要は無いがそれは覚えておくことじゃ」


 メアリム老人は顎髭を撫でながらにっこりと笑った。


 二千年以上続く帝国の歴史。それを背負っている皇帝カイザー、か……どんな人なんだろう。やっぱり厳つい顔をした強面のおっさんなんだろうか。


 やがて道幅が広くなり、周囲から民家が消える。そして目の前に広がる湖。その真ん中に浮かぶ小高い島全体が皇帝の座所であり、この国の中枢であるヴェスト城だ。


 夏の日差しに輝く湖面、青い空と白い雲をバックにそびえる巨大な白亜の尖塔。まるで一枚の絵画のような美しい風景に、俺は隣のメアリム老人に聞こえないように溜め息をついた。


 幾重にも重なった白亜の城壁が薔薇の花弁のように見えることから、『オスデニアの白薔薇』の異名をもつと言われているらしいが、成る程、楚楚とした美しさと華やかさを併せ持った美しい城だ。


 湖に掛けられた橋のたもとには検問所があり、数名の兵士が詰めているのが見える。


 彼等は羽飾りのついた鉄兜と黒色の軍服に背当て、胸当てを身に付けていた。


 異世界もののアニメやライトノベルでは、兵士と言えば鎖帷子チェインメイルやプレートメイルがお約束だが、この国では違う。


 おまけに剣や鉾槍ハルバードだけじゃなく、鉄製の長細い筒状の物を抱えている兵士も見えた。


 故郷に居たときネットで見た、燧発フリントロック式のマスケットに形が似ている。


 銃……実銃は初めて見るがやはり独特の威圧感があるな。


 「そこの馬車、止まれっ! 通行許可証を見せよ!」


 馬車が検問に差し掛かると、兵士が馬車を止めた。すると、御者台のクリフトさんが兵士を怒鳴りつける。


 「貴様、無礼だぞ! イスターリ宮中伯の紋章が見えぬかっ!?」


 「クリフト、よい。此度の登城は急ぎじゃ。検問に知らせが行っとらんのだろう」


 メアリム老人の言葉に、クリフトさんは渋々引き下がった。老人は馬車から顔を出すと、検問の兵士を見渡してにこやかに笑う。


 「メアリム・フォン・イスターリである。陛下から危急の呼び出し故、通行許可証を持っておらぬが、必要ならすぐに届けさせよう」


 そこに部隊の隊長と思われる兵士が飛んできて、メアリム老人に敬礼をする。


 「いえっ! 申し訳ございませんでしたっ! お通りください!」


 道を塞いでいた兵士達も、道を開けて老人に敬礼をした。クリフトさんは小さく溜め息をついてトロンベに鞭を入れ、馬車は再び走り出す。


 「まあ、見慣れぬ者はこんな粗末な軽馬車(バギー)に宮中伯が乗っておるとは思わぬか」


 「メアリム様、思うのですが……そろそろご身分に合った馬車に変えられては?」


 俺の言葉に、メアリム老人は杖を抱えて頬杖をついた。


 「馬車はな、維持費が掛かるんじゃ……この際、南瓜(カボチャ)を馬車に変えるか?」


 「そしたら深夜0時までに帰らなきゃならなくなりますね」


 「……誰がそんな時間まで働くかよ」


 互いにそんな冗談を言っているうちに、馬車は橋を渡って巨大な城門を潜っていた。


 改革派の皇帝か……どんな人なんだろうな。


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