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潜入

 出発の朝。

 僕は、三人娘のたてる物音で目が覚めた。

 ところで、三人娘なんて言ったけど、全員僕より年上なんだよな。

 まあ、レミは自称年下だけど。

 「何かまた失礼なことを考えてませんか。」

 「あ、ううん。おはよう。」

 レミは口をとがらせながらも挨拶を返してくれる。

 「それじゃ、私は先に行ってるわね。」

 エレノラさんはさっさと食事を済ませ、ブレスレットをはめて出発の準備をしていた。

 「あれ、エレノラさんは一緒じゃないんですか。」

 「言ってなかったっけ?私は後で合流するから。ちょっと騒ぎを起こしてくる。」

 要は囮らしい。適当に見えても実は練られた計画なのかも。もうちょっと共有してくれてもいいと思うけど。

 「そんなわけで、またあとでね。」

 「はい。気を付けて。」

 レミと一緒にエレノラさんを見送る。

 「でも、一人で囮なんて危なくないの?」

 「エレノラは、死んだりしませんから。」

 レミがにっこりとほほ笑む。すごい信頼しているんだな。


 「さて、そろそろ私たちも行きましょうか。」

 僕が朝食を済ませると同時に、レミが椅子から飛び上がり、机の上に置かれていたペンダントを首にかけた。

 「あれ、そんなペンダント付けてたっけ。」

 「昨日エーリャから貰ったんです。」

 そのペンダントにも、例によって例のごとく赤い石が、銀の輪の中心に据え付けられていた。

 ふぅん、と声を上げる。

 「食器はどうすればいい?」

 「適当においといて。後で何とかするから。」

 お言葉に甘えて、僕も出発の準備をする。

 とはいっても、僕の準備は大したことはない。

 指輪にミサンガ、それにブローチ。

 「マモル、ブローチは付けないの?」

 「え?ああ、うん。その、ね。こういうのって、ちょっとよく分からないから。」

 やっぱりブローチは着ける場所が分からない。ポケットにしまおうとすると、ミルが髪をかいてブローチをぶんどり、僕の左胸の辺りに付ける。

 「はい。これで良いでしょ。」

 「う、うん。」

 なんだろう。ミルの顔が近いっていうのもあるけど、こういうのを付けるとなんとなく緊張する。

 なんとなく、しゃんとするというか。

 「アリガト。」

 なんとなくの照れをごまかすようにエーリャさんのシリンダーをポケットに入れ込む。


 部屋を出る前に、もう一度この部屋を見る。

 この世界には、魔素とかいうよく分からないもので満ち満ちているらしい。

 でも、この部屋を見てもそんなことは分からない。

 普通のテーブル、普通の椅子、普通のベッド。

 写真で見せられて、外国の一室だって言われても、普通に信じられてしまう。

 でも、こうやってこの部屋を見てると、不思議なことに僕の知る世界とは違うところだと感じられる。

 「本当に違うのは僕の方、なんつって。」

 「何してるの?」

 ミルが怪訝そうにこっちを見る。

 「何でもない。」

 こういうところで声をかけられると、なんとなく恥ずかしい気持ちになるね。


 *****


 ここに来たのは二度目になる。

 そうは言っても、こうやって外側からじっくりと見るのは初めてだ。

 僕を呼び出したという研究施設。

 こうやって見ると、ドラマとかで出てくる研究施設そのままだ。

 「大きいなぁ。」

 「地下十階、地上二十八階ってところで、ここらじゃ大きいって程じゃないけど。」

 そう言いつつも、ミルも含めて僕達は全員上を見る。こういう建物を見ると、なんとなく空を見上げてしまう。

 ただ、いつまでも空を見ていても首がつかれてしまう。そろそろ入口の方を見ると、ガラス張りの中に親子連れの姿が数多く見える。

 僕たちが破って出たガラスは、もうどこのものだったか分からない。

 「今日は開放日で、科学講座なんかが行われているんだって。」

 ミルに言われてよくよく見ると、それらしいポスターなんかも張られている。

 そんな感じで、他の親子連れと一緒に入り口に入る。

 「あ、すみません。」

 中に入ると、職員の人だろうか、メガネの優男な人が近付いてきて、発光しているレミによく分からない機械を当てる。

 その機械はファンファン音を鳴らしているが、メガネの人は別に慌ててないようだ。

 次にミルと僕の手とか首とかを見る。僕の右手の指輪にさっきの金属探知機みたいな機械を当てる。

 やっぱりファンファンと音が鳴った。

 「はい、大丈夫です。お手数かけます。」

 「あ、いえいえ。」

 「ちなみに、この指輪誰から買ったかとか覚えてますか?」

 思わずレミの方をちらりと見る。と、ミルに手をつねられた。

 「っ――。」

 「よく覚えてないんです。なんか、ローブを着てた人だと思うんですけど。」

 ミルが適当にごまかした。あまりに適当なものだったけど、メガネの人も納得したようだった。

 「やっぱりですか。いや、ごめんなさい。」

 そこでミルの顔をじっと見だした。

 「……何か。」

 「あ、いえ。どこかで会いましたっけ?」

 そう言われてミルは思い切り嫌そうな顔をした。

 「いえ。それじゃ。」

 そのまま逃げるように立ち去った。慌てて僕も追いかける。


 登りのエレベータの中でミルとレミはじっと壁に手を当てて何かを探っている様子だった。

 「さっきの人、誰だったの?」

 「さあ。ま、大方私の世話係姿でも見たことあるんでしょ。ここと繋がってるわけだし。」

 なるほど。まあ確かに、同じ施設?なら会ったこともあるんだろう。

 逆側のガラス張りを見ると、街の景色を多少見ることができた。

 多少見えると言っても、ほとんどが枝のように生えるビル群に邪魔されてよく見えないけど。

 と、不意に爆炎が遠くに見える。ちょうど、他よりひときわ高い建物の所だ。

 「ミル!レミ!なんか起きてる!」

 レミの方を見ると、耳が黄色く光っている。よく見ると、耳が、というより耳に付けていたピアスが、だった。

 「レミってピアスなんてしてたんだ。」

 レミはにっこりと笑う。黄色い光を見ていると、ふとエレノラさんのことを思い出した。そういえば「騒ぎを起こす」とか言ってたっけ。

 「ありました!」

 ミルの声を合図にレミが強く足を踏み抜いた。そしてエレベータが止まる。

 「こっから先は、もう戻れないけど。」

 ミルが話す。

 元より戻るつもりもない。僕は頷いた。

 「……ごめんなさい、少し待ってください。」

 レミが声を上げて、両手を広げる。

 「戻って来て(・・・・・)。」

 しばらくして、ガラス張りの方から光がレミの手に集まってくる。その光はやがてカードの形に戻っていった。

 そのエレノラさんの姿の書かれたカードを、大事そうに抱えている。

 「……お待たせしました。行きましょう。」

 「いいんですか?呼び出さなくて。」

 ミルが尋ねると、レミは首を振った。

 「そこまで待ってたら誰か来ちゃいますから。さあ、開けてください。」

 ミルがもう一度壁に手を当てる。

 「さあ開いて。私たちの為に、道につながる新たな道を。」

 すると、壁はまるで滝が割れるみたいに縦に裂け、そして横穴に繋がった。

 「さ、行くわよ。」

 ミルとレミの後ろに着いて、横穴に入っていく。


 横穴自体はチューブ状に長く続いており、上部が例のごとくガラス張りになっている。

 というか、見覚えのある景色だ。

 「これって、確か……。」

 「そう。病院に繋がる連絡路。で、この竪穴が、あの地下に繋がってるってわけ。」

 ミルが立ち止まった先には、これまた大きな穴が開いていた。

 「もしかしてだけど、ここ、飛び降りるの?」

 ミルはなんてことのないようにうなずく。

 救いを求めてレミの方を見るけど、にっこりと笑って、こっちに手を差し出してくる。

 つばを飲み込む。

 覚悟を、決めろ。

 家に帰ると決めたんだ。

 アキの為にも、元の世界に戻るって。

 レミの手をとると、レミはそのままグイッと僕を引っ張りながら、まるで背もたれに体を預けようとするみたいに自然に穴の中に落ちて行った。


 「うわああああああああ!」

 引きずられるように声が出る。風で顔がゆがむ。スカイダイビングなんてまっとうな人間のすることじゃない。

 落ちている間、まるで時間が引き延ばされる気持ちになる。でも、実際は一瞬だったんだろう。不意に、体がふわっと浮き上がる感覚に襲われ、そのまま少しよろけながら着地した。

 「っとと、ついたの?」

 見覚えのある燭台。円筒形の部屋。

 「いえ、まだ地下三階、といったところです。ですが……。」

 ミルが地面に手を当てている。やがて首を振る。

 「ダメです。ここから下は埋まっています。」

 「そうですか。それじゃあ、歩いていくしかないですね。」

 レミが壁に手を当てると、その壁は土煙を上げながらごごごと開いていった。


 最初にこの廊下を歩いていた時は、憧れていた世界に来たつもりではしゃいでいたっけ。

 今は、とにかく走っている。憧れていた世界と決別するために。

 「こ、こんなに音を立てても大丈夫なの?」

 石畳を踏み抜く僕たちの足音は、廊下一杯に響いている。

 「エレベータを壊しちゃったので、私達のことはもう知られていると思います。」

 「だから、とにかくさっさとやることをやんの。」

 なるほど。

 「それに……ありました!」

 ミルがはたと立ち止まると、ミルがまた足元を踏み抜く。いや、比喩ではない。深青の光を上げながら本当に踏み抜いた。

 「うわわわ。」

 石畳が踏み抜かれた所から崩れて行く。思わず引こうとしたところをレミに手を掴まれた。

 そしてまた落ちる。

 今度も着地前にふわっと浮き上がったが、足元に石が散乱してて着地に失敗した。

 「つつ。」

 「何やってんの。ほら立って。」

 ミルがこちらに手を伸ばしてくれる。その手を掴んで立ち上がる。

 周りを見ると袋小路になっている。まあ、当然か。普通に考えればアリの巣みたいには地下を作らないだろうし、「あった」というのは地下の階層のことだったんだろう。

 「ここは……ダメです。下は埋まってます。」

 「そうですか。では、あの扉をあけないと、ですね。」

 レミが見た方を見ると、確かにドアがあった。

 でも、レミもミルも何かを警戒しているようだった。

 「あの、行かないの?」

 帰って来たのは、レミの苦笑いとミルの呆れた目だった。

 「あのねぇ、ここは何だと思う?」

 「何って、廊下?物置にしちゃ、何もないし。」

 ぱっと見は上の階とあまり変わらない。全体的に石で作られていて、壁には燭台が掛けられている。

 「そう、廊下。でも、おかしいと思わない?この廊下は、どこに行くためにあるっていうの?」

 後ろを振り返ると壁がある。右も、左を見ても壁しかない。

 ただ、前にドアがあるだけ。

 なるほど。あからさまに怪しい。

 「じゃあ、上に戻る?」

 「……ダメです。人がこっちに来はじめています。」

 ふよふよ浮きながら上の階を除いていたレミが答える。

 「まあ、道なき道を行ってるわけですから、多分大丈夫ですよ。きっとどこかを埋めちゃったんです。」

 レミはそう言ってドアの方に近づいていく。

 まあ、確かにレミの言う通りだろう。あの地上の無造作に枝分かれしたビル群を考えれば割と無計画に増改築とかを繰り返してそうだし。

 しかし、ドアの先の部屋にいたのはあまり会いたくない、知った顔だった。


 *****


 「お待ちしておりました。」

 その部屋に立っていたのはルミンだった。

 ミルが舌打ちをしながら、いつの間にか耳をむき出しにしている。

 「どうも縁があるみたいね。」

 「お待ちください。まだあなた方と戦う気はありません。」

 そう言いながら、ルミンは僕らの入って来たドアを閉め、例のごとく溶接するようにドアとしての機能を奪い去った。

 「あなた方は、何のためにこんな所までいらしたのですか。」

 「どうしてそんなことに答えなくちゃいけないわけ。」

 ミルは相変わらずの喧嘩腰だ。しかし、そんなミルをレミが抑える。

 「私たちは、ただこの子を元の世界に返そうとしているだけです。」

 レミが声を上げると、ルミンの顔が少し動いた。

 「あなたが『最強』ですか。まさか本当に『人形』と同じ形とは……想像とずいぶんと違いました。」

 「どうも。」

 なんとなく毒気を抜かれた声が出ている。

 「それで、ここを通してはもらえませんか?」

 「それは不可能です。私の権限では、……そうですね。」

 ルミンが手袋を付け始める。前のことを思って、僕とミルが身構える。

 「あなただけはお通ししましょう。」

 ルミンさんが床に触れると、レミの足元が黄色く光った。

 「レミ!」

 「お師匠様!」

 僕とミルの声がダブる。

 「まもって(・・・・)!」

 レミの声が部屋に響くと同時に、僕の体が浮き上がり、何か透明な球形の膜につつまれたみたいになる。

 同時に、レミの足元に穴が開いて、そのままレミは落ちて行った。

 「あの状況で自分以外に保護魔法をかけるとはなんという判断力。驚きました。」

 ルミンは目を見開いて、閉じていく穴を見つめていた。

 ミルは床をどんどんと叩いた後、呟き始める。

 「お願い、開いて。私たちに道を作って。」

 でも、どれだけ呟いてもその石たちは何も反応することはなかった。

 「無駄です。石の中に抗魔障壁を紡いでいます。あなた程度の実力では開くことはありません。」

 ミルは呟くのを止めて、ルミンを睨みつける。けど、すぐに鼻で笑い飛ばした。

 「でも、あなたにだってお師匠様の魔法は解けないでしょ?マモルに手は付けられない。」

 「構いませんよ。そもそも、基本的にあなた方を傷つける意思はありません。」

 「え?」

 素っ頓狂な声が上がる。正直、僕も少し驚いた。

 でも、すぐに思い当たったようだ。

 「人質ってこと。」

 ミルの言葉にルミンが頷く。

 「あの大掛かりな『最強』の人形を見た時、ドクターマネットは私たちの所に『最強』が訪れることを予想しておられました。そこから、『最強』討伐の計画が立てられたのです。」

 「で、でもマモルはこうやって守られてるんだし、人質には――」

 「人質とはあなたもですよ、『言い出しオウム』。」

 ミルが言葉に詰まる。

 「それに、いくら『最強』の魔法とはいえ、たった四拍の詠唱であれば、解析さえ済めば私にでも解けます。」

 ミルは、明らかにおろおろとし出したが、やがて決心したようだ。

 「つまり、あなたを倒せばいいってことね。」

 どういう論理でそうなったかは謎だけど、確かに、ルミンさえ倒せればレミと合流も図れるだろう。

 「ゴメン、僕には何もできなくて。」

 「何言ってんの、『邪魔にならないとこに行く』って言ったのはマモルでしょ?それで十分。」

 こっちに笑みを向ける。でも、少し表情が硬い。

 前にルミンと戦っていた時の光景を頭に思い浮かべてしまう。血まみれのミル。

 でも、あの時とは違う。今のミルには、足手まといがいない。それに、二回目だから相手の手の内もある程度知れている。

 気が散るようなことにならないよう、僕は部屋の隅に移動した。回し車を回すみたいに動いたら膜も前に進んでくれた。


 僕が部屋の隅に逃げる間、二人に動きはなかった。

 「相手の出方を見るほどの余裕があるってわけ?」

 「そもそも、私としてはお二人がじっとしているのであれば戦う理由はありませんので。」

 そうだ。ルミンにとっては僕らは敵ではないんだ。人質を不用意に傷つける者はいない、ってわけか。

 「ふーん、あっそ!」

 ミルが右手を振ると鎌鼬がルミンに襲い掛かるが、ルミンさんは左手を盾に簡単に防いだ。

 「……これは、敵対行動ととらえても?」

 「お好きに、どう、ぞ!」

 今度は二発。これも黄色く光らせた左手で弾き飛ばす。

 「なるほど、懲りないのですね。」

 今度はルミンさんが右手を振り、いつぞやのように氷柱を飛ばす。

 「燃え盛れ!」

 ひと声上げるとミルの前に炎の壁が出来上がる。氷柱はある程度解けるが、多少は残ってしまった。が、予想していたように皮一枚で避ける。

 ミルはそのまま炎の壁を突き抜けてルミンに向かう。

 「さあ来なさい、私の元に。私にいま必要な力を。私が求めるは雷。すべてを貫く断罪の矢。」

 ミルの体が淡く輝きを放つ。

 ルミンは後ろに飛びながら左手を振り、火の玉がミルに襲い掛かる。

 ミルは飛び上がりながら避ける。避けた火の玉が僕を纏う膜に当たるが、当たったとたんに溶けるように消え去った。

 ルミンはついに壁際にまで追いつめられる。その隙を見逃さず、ミルはルミンにタックルをかました。

 「私はあなたを受け入れるもの。私を焦がせ。私と共に、敵を討ち放て!」

 途端、ミルの体に稲妻が光り、それがルミンにも通電する。

 「どう、こんなものなの?」

 表情をゆがませているルミンに、苦痛に耐えるようなミルの声が響く。

 ルミンはビクビクと体を痙攣させながらも何かを探すように壁を探る。と、壁が黄色く輝き、二人の体が吹き飛ぶ。

 「がッ!」

 「っう!」

 ルミンの右手がさらに輝くと、体の痙攣が止まった。ミルの方は、まだちょっとビクビクと帯電しているようだった。

 「詰めの甘さは変わりませんね。」

 「かべ、か。わす、れてた。」

 まだ本調子でなさそうなミルに向かって、氷柱を飛ばす。が、立つのもやっとそうなミルはその氷柱を空中でつかみ取り、地面に突き立てた。

 「壊れなさい、砕けなさい。その身に刻まれた印を消し去り、私の味方となりなさい。」

 氷柱が砕けると同時に、地面に亀裂が入り、土煙が舞う。

 「これでどう?あとは、壁さえ壊せば。」

 「壁さえ壊せば、なんですか?」

 ルミンがカツン、とつま先で地面を叩くと、地面に文様が浮かび上がる。切れ目を無視して、正円が宙に浮いている。

 「な!?」

 その正円から岩の槍が伸びあがる。

 「ミル!」

 思わず声を上げる。土煙で良く見えない。逃げ出そうとしたときの、串刺しになったミルの姿が脳裏をよぎる。

 「……うるさい、集中が途切れる。」

 槍はミルの脇腹を抜けていた。被害は服が破けたくらい。

 「身体能力はなかなかあるようですね。」

 ルミンは感心しているようだった。まだ余裕が見える。

 「お姉様がその辺は厳しかったもんでね。」

 ミルも余裕ぶってはいるけど、きっと必死に考えているはずだ。

 どうして床の魔術が発動したのか。魔法陣は壊したはずなのに。

 「不思議ですか?」

 ルミンの声にミルが顔をゆがめる。

 ルミンはそのまま言葉を続ける。

 「魔法陣とは、単なる下書きです。真に必要なのは魔力がその形に流れること。つまり、」

 中空に黄色の正円が浮かび上がり、中に文様が描き出され、炎の渦がその円から飛び出していく。

 「くっ!」

 レミは横に飛び出し、その炎の渦を避ける。

 「正確に描けるのであれば、このように魔法陣を描いておく必要などないのです。」

 ミルが歯ぎしりをしている。これじゃあ、防ぎようがないじゃないか。

 しかし、ミルは逆側の壁まで走りだし、手を当てる。

 「壊れなさい、砕けなさい。その身に刻まれた印を消し去り、私の味方となりなさい。」

 さっきと同じ詠唱をすると、壁も同じように亀裂が走り、壁がずれる。

 「……何をしているのですか。」

 「そうだよ。そんなことしたって無駄だって――。」

 「無駄じゃない。」

 キッとルミンを睨みつける。

 「無駄だって言うなら、どうして魔法陣を描いておくの。例えば、描くのに時間が掛かるようになるんじゃないの?」

 「なるほど。思ったより、冷静なようですね。」

 確かにそうだ。さっき壁が光った時と比べれば、中空に魔法陣を描いた速度はかなり遅かった。多分、慎重にならないと綺麗に描けないんだ。

 「ですが、やはり無駄です。」

 しかし、再度ミルの足元が黄色く光る。ルミンが足元を突くとほぼ同時に、魔法陣は完成していた。

 「ちぃっ。」

 もう一度飛び込み全店で石の槍を避ける。あの速度、地面を崩したのはやっぱり無駄だったのだろうか。

 ……どうすればいいんだろう。僕にできることは、考えることくらいだ。

 ルミンはまた部屋の中央に戻りながら、ミルに向かって氷柱を飛ばしたり、石の槍を付き出したりしている。

 ミルは何とか避けているが、自分で開けた亀裂が邪魔になっているようだった。

 「むしろ逆効果だったみたいですね。」

 「うるさい、燃えろ!」

 ミルが両手を振りかざすと、火の粉がルミンにとびかかる。が、あっけなく左手で消し去られる。

 「っ。」

 と思ったら、その左手に付けた手袋が何かに切られたようにはさりと落ちた。

 「そっちこそ、油断が過ぎるんじゃないの。」

 してやったりとミルが笑う。

 「なるほど。鎌鼬も、ですか。小賢しいですね。」

 「ふん。あと、右手だけでしょ。」

 ミルは強がるけど、でも地面の方も残っている。

 それを強調するかのように、ルミンが地面から幾度も槍を伸ばす。

 着地したところがまた光り、休む暇がなさそうだ。

 「くっそ、どうなってんの、全く。」

 ミルの喋りも息が上がってきている。限界が近い、のかもしれない。

 「ずいぶんとお疲れのようですが、処置を受けていただけるのであれば戦う必要も無いのですよ?」

 ルミンは言いながらも攻撃の手を止めない。

 「ちなみに、処置って、いうのは?」

 「あなたの無力化です。具体的には魔力を封じ、拘束します。」

 「冗談!」

 言葉と共に鎌鼬を飛ばすが、やっぱり簡単にあしらわれ、代わりに氷柱を返す。ミルは身をよじらせて避ける。

 が、頬から血が滴っている。

 「ミル!」

 「うるっさい!」

 その血をぬぐったところですでに傷は塞がっていた。しかし、やはり疲れが見え始めている。


 考えろ。なぜ地面の魔法陣は間髪を入れずに発動できるんだ。

 魔法陣なんて必要ない?いや、確かに中空に描いていた時は時間が掛かっていた。

 そもそも時間がかかるということがブラフだった?いや、そんなところで嘘をつく意味は無い。実際、発動が遅かったからミルは壁の魔法陣も壊そうとしたんだ。

 そういえば、壁の魔法陣はあれから一回も使われていない。理由は、まあルミンが部屋の真ん中に陣取っているからだろう。

 でも、何で部屋の真ん中に移動したんだ?ルミンの様子を見る限り、別に遠くの魔法陣を発動させるのが大変ってわけでもなさそうだし、むしろ壁の魔法陣を発動させられなくなって不利になるんじゃないか。

 いや、違うのか。実は、床のと違って壁の魔法陣は使えなくなっているのか?

 で、あれば、壁と床で何が違うんだろう。

 「マモル、借りるわよ!」

 「へ?うわ!」


 急にミルに話しかけられたと思うと、僕を覆っている膜ごと床に下ろされた。下を見ると、石の槍が膜の所で消え去った。

 今度は氷柱を飛ばされるが、これも膜の所で消える。

 要するに、僕を盾にしているみたいだ。

 「大丈夫……だよね。」

 正直言って、すごい勢いで飛んでくるものが目の前で消えていくのはかなり怖い。尖っているから、なんだか膜が破けそうで余計に怖い。

 「大丈夫。だって、お師匠様の魔法なんだし。」

 ミルは上に行ったり後ろに隠れたりはしているけど、動きが単純になった分体力の回復になっているらしい。

 でも、部屋の隅でこうやって隠れていても壁に近寄らないところを見る限り、やっぱり壁の魔法陣は使えないんだ。

 じゃあ、何が違うんだろう。壁を見る。亀裂が入って、石組みの模様がずれている。

 床の方も同じく亀裂が入って、でも、それほど模様が動いてはない?

 そういえば、そもそもミルは「印を消し去り」って言ってなかったっけ。その通りに魔法が掛かったなら、床の魔法陣はずれたとかじゃなくて、消えてるはずなんじゃないか?

 「ねえ、ミル。」

 「何、忙しいんだけど。」

 忙しいのは分かってる。でも、聞かなくちゃ。

 「ミルが床にかけた魔法って、魔法陣を消したの?魔法陣を壊したんじゃなくて?」

 「そう、そのはず、だけど!」

 一瞬目の前が真っ赤に染まる。どうも炎が掻き消えたみたいだ。

 ふと、床にきらりと光るものが見えた。いや、正確には床じゃなくて、その亀裂に。

 どうして壁は模様がずれたのに、床の石組はずれた風でないのだろう。

 もちろん、重力で壁がずれやすいというのはそうだろう。でも、床は流石に平坦すぎやしないだろうか。もっと、ガタガタになってもいいはずだろうに。

 まるで、何かに繋ぎ止められているみたいに。

 「分かった!」

 「へ?きゃっ!」

 思わず立ち上がると、膜は僕に合わせて形を変えて、上に退避していたミルを押しのけた。

 体勢を崩したミルを容赦なく氷柱が襲う。

 「危ない!」

 ミルとルミンの間に飛び込めば、とりあえず膜もその通りに動いてくれた。氷柱は膜に当たり消えた。

 「あ、アリガト。」

 「いや、僕のせいだし。それより、やってほしいことがある。」

 とりあえず座ってもう一度ミルに逃げ込む先を作る。

 「で、何?」

 ミルはもう一度上に登って床からの魔法を避ける。

 「鎌鼬だ。鎌鼬を打って欲しい。」

 「でも、あいつには簡単にかき消されてるし。」

 「いや、ルミンにじゃない。床にだよ。思いっきり、撃ち込んで、ぐちゃぐちゃにするつもりで。」

 「させません!」

 ルミンがやや焦った様子でこちらに近づきつつ、炎柱を巻き上げる。

 ミルはアクロバティックにそれを躱し、死角にしつつルミンに近づいてその右手袋を掴む。

 「っ!」

 「甘いんじゃない?崩れ落ちろ。」

 ミルが勝ち誇った顔で呪文を唱えると、ルミンの手袋は細かく裂け、全て破れさった。

 「それにこの反応、やってみる価値はあるみたい。」

 そしてまた僕の上に戻ってくる。

 「走れ、響け、巻き起こせ。その風は自然の刃。人の手を崩すは自然。その力を持って、あらゆる知略を打ち崩せ!」 

 ミルが手を振り下ろすと、風が巻き起こり、岩を砕く。巻き上げられた石つぶてとともに、びぃん、と細いワイヤーのようなものが跳ね上がってくる。

 その様子を見て、ミルは安心したように座り込んだ。

 「なるほどね。岩に魔法陣が書かれてたんじゃなくて、こいつが魔法陣になってたわけ。」

 「うん。だから、床を壊したってルミンの魔法陣は消えてなかったんだ。」

 ルミンの方を見ると、歯ぎしりをしている。

 「ともあれ、これでもう魔法陣は打ち切りって感じでしょ。通してもらうわよ。」

 「……まだ、です。」

 ルミンが白衣を脱ぎ捨ててこちらに近づいてくる。

 「何?別に私だってあなたを倒しに来たわけじゃないんだから、戦わないんならさっさとどいてよ。」

 ミルがルミンの肩をぐいっと押すと、ルミンがその手を掴んだ。

 すると、ルミンの顔がゆがむと同時に体が黄色く輝き出す。

 そのままルミンの体が爆発した。


 「ミル!」

 土煙が収まったところに見えたのは、傷一つないミルとルミンだった。いや、よく見るとミルの右手首bに碧い光の筋が入っている。

 「……まさか、自切なさるとは。」

 「自爆よりかマシでしょ。」

 「自らごと電撃を与えてきたのはあなたの方だったと思うのですが。」

 ルミンの方は、服が焦げているのと、それで肌が露わになっているくらいだ。しかし、その肌にはあらゆるところに黒い筋が入っていた。

 「刺青……。」

 いろんな模様の円が所狭しと、時に重なりながらルミンの肌に彫られていた。その姿は、あまりに痛々しい。

 「これが私の第三の魔術。決して破られることのない魔法陣です。」

 確かに、あの魔法陣を壊されるってことは、ルミン自身が死ぬってことに違いないだろう。

 「……狂ってる。」

 ミルはそういうけど、むしろ効率が良さそうに思えるけど。そう言うと、

 「自分の肌に魔力を流すなんて、肌の内側に虫を這わせるようなもん。その上、さっきみたいな攻撃系の魔術なら、衝撃が全部自分にも返ってくる。」

 たとえはよく分からないけど、耐えがたそうなことだけは伝わった。

 「耐えがたきを耐えてこそ、欲しい結果を得られるというものです。」

 ルミンはまた表情をゆがませつつ、脇腹に正円を描いて、体から氷の剣を抜き取る。

 「さあ、選びなさい。ここで死ぬか、処置を受けておとなしくしているか。」

 「どっちも冗談。それに、体術で負けるとは思えないし。」

 ルミンが剣を構えているのを見て、ミルもステップを踏んで構えを取った。


 先に動いたのはミルの方だった。

 「いざ燃え盛れ。敵を打ち砕け。自らを傷つけることなく、しかして敵を溶かしきれ。」

 ミルが殴り掛かりながら呪文を唱えると、次第にミルの拳が燃え始める。

 ルミンは剣でいなしているけど、だんだんと避けられなくなっていそうだった。遂に体勢を崩す。

 「もらった!」

 ミルが倒れこもうとしているルミンにかかと落としを仕掛ける。

 しかし、そこでルミンの体が輝いて、また爆発を起こす。

 「くっ。」

 爆風に煽られてこっちにまで吹き飛ばされる。

 「大丈夫?」

 「問題なし!」

 ミルは燃えている手をぐっぱさせて答える。

 しかし、その目の前に氷の剣が振り下ろされる。

 「えっ。」

 ルミンは、さっきの場所から一歩も動いていない。氷の剣が伸びているんだ。

 「なるほど、そういう剣なのか。でも、何のために燃やしてると思うわけ?」

 ミルがその手で氷の剣を掴むと、氷の剣は水煙を上げながら融けているようだった。

 いや、何かおかしい。燃えてる手があるのは分かっているのに、どうしてルミンはミルの前に氷の剣を出したんだ?まるで融かしてくれって言っているようなものじゃないか。

 「ミル!手を離して!」

 「……ダメみたい。やられた。」

 氷の剣は融けながらもまた凍って、ミルの手をだんだんと氷漬けにしているようだった。

 「燃えなさい!もっと!」

 ミルの叫びに合わせて火はますます強くなるが、それでもミルの手の氷は解けない。いや、融けてはいるけど、むしろそれで氷の範囲を広げているように見える。

 「ミル、ダメだ。水になったとたんに固まってるんだよ。それじゃ逆効果だ。」

 「じゃあ、どうしろっていうのよ。」

 そこだ。どうすればいいんだろう。

 と、氷の剣がまた伸びてきた。

 「このまま氷漬けになっていただきます。」

 体に刺されば、体の熱を持って氷が融けて、体中を凍らせるんだろう。もし血に混じれば、体全体にいきわたるのかもしれない。

 「絶対に刺されちゃだめだ。」

 「分かってるわよそんなの!」

 ミルは体をよじらせて氷の剣を避けている。でも、片手が剣と一緒に固まってるから結構無理をしているようだった。

 「あぁ、もう!凍るな!凍るな!……だめ、凍らない水とかにできないの!?」

 無茶を言う。水っていうのは冷えれば凍るもんだ。

 いや、でも水でなければ?

 「そうか、ミル、氷に電気を流すんだ。」

 「はぁ?無理でしょ。」

 「無理でもやるんだよ!」

 むちゃくちゃ言っているけど、ミルはとりあえず納得したようだった。

 「しびれなさい。」

 ミルの手がびくりと震えたが、特に変化はない。

 「何も、起きないけど!?」

 体をよじって避けながらもこっちに文句を投げる。

 「もっと長く。」

 そう、一瞬じゃ足りない。

 「……雷よ、氷を砕きなさい。一瞬のうちに消えることなく、長くその力を持ち続けなさい。」

 ミルは歯を食いしばりながら自分の体に流れる電撃を耐えているようだった。

 体がしびれて汗が出てきているようだ。そうか、いいぞ。

 「ん、氷が消えてきた……?」

 どうやらうまくいっているようだ。

 「電気分解だよ。うまくいくのかわからなかったけど。」

 遂にミルの手が剣から離れる。またぐっぱして、手にまとっていた炎を解いた。

 「なるほど。ですが、内側を凍らせれば問題ありません。」

 ルミンが剣を振るうけど、何てことはないように避けて、僕の膜を盾に剣の中ごろを消し去った。

 「良く分かんないけど、助かった。」

 「でも、まだルミンの魔法陣が残ってる。」

 「そっちは私がなんとかする。いい作戦思いついたから。」

 ミルがこっちにウィンクを飛ばすと、ひょいと出て行って一気にルミンに近づいた。

 ルミンはまた体を爆発させてミルを遠ざけようとするが、ミルは自分の体が燃えるのも無視して無理やりにルミンを抱きしめた。

 「っ、離れなさい!」

 ルミンは体のあちこちを光らせてミルを突き放そうとするが、それでもくっつき続けている。

 「流れなさい、魔力に惹かれ、それでもくっつかないで。彼女の表面を流れて、乱して、平穏を壊しなさい。」

 「あ、が、あああああ!」

 ルミンは思い切り叫び出すが、ここから見た限りでは特に傷ついた様子はない。ただ、淡く青く発光している。

 「何が起きてるの?」

 「彼女の肌に魔力を流してる。魔法陣には正しく魔力を流さないとだから、それを邪魔してるわけ。まあ、多分ものすごくくすぐったい。」

 くすぐったいなんて言い方をしているけど、どう見てもルミンの姿は苦痛にあえいでいるようにしか見えない。それに、そういうミルもかなりぼろぼろになっている。見ていて痛々しい。

 「ごめん、何もできなくて。」

 「何言ってるの。あなたのおかげよ、マモル。私だけじゃ、きっとジリ貧になって負けてた。だから、その……あ、アリガト。」

 ミルが猫の耳をぴくぴく動かしながら顔を赤くしている姿は、その、とってもチャーミングだった。

 「さ、早く行きましょ。」

 「まだ、まだです。」

 ドアに向かおうとしたところで、ルミンが声をかけてきた。

 その手に石の剣を突き刺して、痒みに耐えているようだった。

 「どうしてそこまで。」

 「どうして?国の為です。当然のことです。」

 ルミンの目は明らかに血走っている。もう、正気とは思えない。

 「でも、どうするつもり?かゆみを抑えたって、肌に流れてる魔力が消えてるわけじゃない。もう魔術は使えないでしょ?」

 「魔術師だからといって、魔法が使えないわけではありません。」

 そう言ってルミンは大きく息を吸う。

 「さあ爆発を起こしなさいこの部屋に満ちている酸素よあらゆるものと結合を起こしその熱をもって爆炎を巻き起こしなさい。」

 ルミンが早口に呟くと、ミルと僕の間に爆発が起きた。でも、その爆発はかなり弱弱しいというか、爆風で少し体がのけぞるくらいだった。

 「ほら、もう無理よ。こんな爆発しか起こせないんでしょ?」

 でも、ルミンは膝をつきながらもまた呟き始める。

 「凍りなさいあらゆる動きを止めてその熱を下げて凝固しなさいそしてそれによって周りの熱を奪いさりともに固まらせなさい。」

 今度はミルの体がぶるりと震えた。しかし、ルミンの言うように何かが凍ったりはしなかった。

 「ねえ、もう無駄よ。」

 と、ミルとルミンの間にひょっこりと、何か動物が顔を出した。あれは、モグラ?

 と、今度はそのモグラが宙高く飛ばされたかと思ったら、すごい勢いで人影が現れた。

 「大丈夫ですか、ミル、マモル。」

 その人影は、レミだった。

 「お師匠様!」

 「ごめんなさい、遅くなってしまいまして。」

 「まったく、折角土竜(ソバディゴ)渡してたんだから、ちゃんと使ってくれないと。」

 隣に、モグラをカードに変えて掴んだエレノラさんが立っている。

 「あ、ああ。」

 「あら、病院以来ね。えーっと、ルミン、だっけ。って、あれ。」

 二人の姿を見るや、ルミンは力尽きたようにその場にへたり込み、涙を流し始めた。

 「失敗した。失敗した。私は……。」

 「えーっと、どうしたの?」

 エレノラさんが僕たちに聞いてくるけど、僕たちだってよく分からない。

 「ま、いいか。とにかく先を急ぎましょう。」

 僕たちは頷いて、二人が出てきた穴に入って先を急ぐ。


 *****


 また走りながら、下が空間になっているところを探して行く。

 「ありました!」

 レミが足元を強く踏み抜く。と、うめき声が聞こえだした。

 戻って来たんだ。あの地獄に。

 気が付くと、硬く手を握りしめていた。

 「後二、三階ってところです。頑張りましょう。」

 声をかけられたところで、ふとレミの胸にかけていたペンダントが赤く光っていることに気付いた。

 「あれ、それってやっぱり魔術回路だったんだ。」

 「ええ、はい。ビデオカメラです。」

 ビデオもこっちじゃこんな感じになるのか。

 「何してるんですか?」

 ミルが僕たちの間に割り込む。

 「いや、レミのペンダントが気になって。」

 「ふぅん。ま、いいけど早く行かないと、また誰かに襲われるかも。」

 確かに。先を急ごう。


 それから三階ほど降りたところ。

 「どうやら、ついたみたいですね。」

 その階は、ぱっと見にはほかの階と特段変わりはないように思えた。しかし、全ての扉に数字が一桁打たれたプレートが付いていた。

 「このどれかが、地球へいける魔法陣のある部屋ってこと?」

 「恐らく。」

 しかし、数字だけではどこに行けばいいかが分からない。

 「どれが当たりなんですか?」

 「二番。」

 ミルが即答する。

 「どうして?」

 「エーリャが言うには、被検体番号の一番上が世界の番号らしいから、マモルの番号の一番上の数字が、マモルの世界の数字。」

 なるほど。でも、よく覚えていたなぁ。

 ともあれ、番号を探す。見つかるのは、7とか9とか数字の後半だった。

 「こっちにはなさそうだ。」

 「こっちもありません。」

 「じゃあ、こっちにあるんじゃない?」

 エレノラさんの前にあったのは、プレートのない扉だった。

 どうも、番号の前半と後半で部屋が分かれているらしい。でも、なんかデジャブ。

 まあ、やっぱり迷っていても仕方がない。臨戦態勢を整えて、つまり僕に関しては三人の後ろに行くわけだけど、扉をあけた。


 扉の先には、また扉があった。あと、階段。

 なるほど。本当は、いったんここに出て、行きたい方の扉をあけるはずだったわけか。

 「じゃあ、こっち側が正解ってわけね。」

 エレノラさんが少し気を緩めた様子で逆側の扉を開く。特段何もないようで、扉の先もさっきと同じように通路になっているようだった。

 僕たちがその通路に全員は言ったところで、突然扉が閉じる。

 「何!?」

 そして、サイレンの音が鳴り響き出す。

 「まずった?」

 「分かりません。」

 「とにかく、二番の扉の先に行くのがいいんじゃないですかね。」

 「そうね、気にし――。」

 エレノラさんの声が途中でぶつ切れになった。

 「えれ、のら?」

 エレノラさんの立っていたところには、カードが一枚落ちているだけだった。

 「何で、あ、れ?」

 と、今度はレミが力を失ったかのように地面に倒れこんだ。

 「レミ!大丈夫!?」

 レミの方に近づくと、かなり息が荒く苦しそうだ。

 ミルは?ミルの方を見ると、肩にポンと手を置かれた。

 「やられた、ゴメン、マモル。」

 そしてそのまま、ミルも崩れ落ちた。

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