イントロダクション
イントロダクション
目が覚めて、視界に入ったのは、ろうそくに照らされた石造りの天井だった。
起き上がろうと、体をひねるつもりが左手に鈍い痛みを感じる。
「っ。」
同時にじゃらりと金属音がする。なんだこれ。慌てて左右の手を上下させようとすると、ジャラジャラと何かに引っ張られるような感覚。
「なんだよ、なんだよこれ。」
どうやら足も首も錠がつけられているようで、どれだけ暴れても自分が苦しくなるだけで、全く動けなかった。
恐怖と混乱で大声を上げる。
と、少し離れたところから、からんからーんと、小気味良い音が響いた。そちらの方を見ると、暗闇の中に何やら人影が見える。
「主任、ケンタイが…!」
その人影は高い声を上げながら暗闇深くに消えていった。やがて、数人引き連れて何かを羽織ったような人が現れ、少し僕のことを見た後に体につけられた枷を外させた。
僕は、先ほどの男と、引き連れられたうちの一人(女)に引き連れられて、石でできた廊下を歩いている。
「いやぁ、手荒い真似をしてすまなかったね。暴れ出すものもいるから、必要な処理だったんだ。」
軽い返事を返す。僕たちが進むにつれ、廊下の壁についているろうそくがだんだんと火を灯していく。その灯りにつられるように、僕の心もドキドキと鼓動を早める。
これは、きっと魔法だ。
「さて、君には知る権利がある。どうしてこんな見知らぬところにいるのか。そして、ここがどういうところなのか。」
男は僕の前を歩きながら、振り向きもしないで話し続ける。ろうそくの灯りではよく見えないが、ひざ上までのコートのような羽織りものは、きっとローブのようなものだろう。隣の女の人も、同じものを着ているようだ。
「君はこの世界に召喚された。まあ、事故みたいなものだ。ただ、被召喚者はこの世界の住民と同等の権利を持つ人であると、条約に定められている。だから、変に心配してもらう必要はないよ。」
石を踏み鳴らすコツコツという音が廊下に響き渡る。
召喚という言葉を見ると、やっぱり魔法の世界なんだ。思った通りだ。そして、きっとここは地下の魔法研究所みたいなところに違いない。
行き止まりにたどり着くと、男は壁に手のひらを付ける。すると、壁はごごごと土煙を上げながら、ゆっくりと開く。そこは円筒形の縦穴で、燭台があたりを照らしていた。そこに僕たちが立つと、また壁が動いて閉まり、地面に押し付けられるような感覚を覚える。上昇しているんだ。
すごい、魔法のエレベータだ。
「そしてこの世界だけど、何となく察しているとは思うけど、『魔術』と呼ばれる技術が存在していて、私たちの生活を支えている。」
魔法のエレベータは止まる様子を見せない。なんだろう。ドキドキするはずなのに、心がこの上昇についてこない。何となく不安になってくる。
「その技術は、最近までは一部の人間だけのものだった。ところが、我々一般人は、それにめげずに研究を行って、我々も同様に魔術を扱えるようになった。そんな世界だ。」
まだまだ上がり続けている。どこまで上がるのだろう。いくらなんでもそろそろ地上につく頃だ思うんだけど。
「さて、君には二つの選択肢がある。このままここに留まるか、元の世界に戻るか。短くて申し訳ないけれど、それを三日のうちに決めてもらう。ともあれ、」
ふいに強い光が入って、目が眩む。目が慣れて視界に入ったのは、火の消えた燭台に白衣を着た男女、そしてガラス越しに見えるのは、超高層ビル群の間を走り回る空飛ぶ車。
下を見れば、地上ははるか遠くになっていた。
「ようこそ。私たちは、あなたの訪問を歓迎します。」
全身の力が抜ける。そんな僕の腰元に、自動で椅子が飛び出してきた。エレベータは上昇を止め、横向きに滑り出す。僕の住んでいた世界でも実現できないような、枝分かれするビルの窓が日光を反射して僕の情けない顔を照らす。
僕が目指していたのは、こんな世界じゃなかった。