元公爵令嬢の告解 1
前略、天国のお母様。
毎度ながらよく分からないし理解しがたいのだけれど、『アイツ』に例の件について振り返ってみろなどと言われたので、とりあえずそうしてみる事にした訳で。
とはいえこういうのって、何か、あるいは誰かという対象が無いとやりにくいもの。
そこで、お母様にご報告という態を取らせていただいた訳。
時々何言ってるか分からないかもしれないし、つまらないかもしれないし、そもそも興味も無いかもしれないけれど、ちょっと我慢してね。
細かいとこまで説明するのとかも、面倒くさいから省かせて頂くわ。
私だって、好きな作業とそうじゃないのくらいあるのよ。
と、いうかね、もうね、そもそもね、これ私が悪いんじゃないの。本当よ!
全部『アイツ』が悪いんだから!
私の本音がこんな言葉づかいなのも、あったようななかったようなな貴族としての生活を捨てて辺境で農業営むハメになったのも、全部アイツが面白がった結果なんだから!
いえまあ、神殿にいた頃より格段に人の目を気にしなくて済む分、かなりお気楽に過ごせてるから、良いと言えば良いんだけど。
強いて言うなら臭いさえどうにかなればなあと思わない事も無いけれど……まあその、何かを作り出すのって素晴らしい事よね!(自棄)
……こほん。
さて、何かを誤魔化すのもそのくらいにして、先、進みましょうか。
とはいえ何から話せばいいやら……。
そうね、やっぱり元凶の話からよね。
さっきから言ってる『アイツ』……そう、悪名高き『アズールの悪神』こと『原初の一柱カエルレウス』の事よ。
『彼の御方』こそ、世界創生の頃よりあまねく世をみそなわす高位なる存在。
……嫌味よ?
当然だけれど持ちたる力も絶大であり、周囲を顧みないその奔放な振る舞いに、人はもちろん同格の存在であるはずの聖神たちでさえも扱いに困ってしまった。
だからこそ封印され悪神とみなされながらも、力だけは取り出され国の為に振るわれる事となり、国の為の神、すなわち守護神と呼ばれる様になった訳。
自由に動く四肢を奪われていたものの彼の意識自体ははっきりとあって、暇にあかせては下界……私たちの社会を覗き見ていたらしいわ。
だからこそ異界の魂を持つ私に気付き、興味を持ってしまったそうだけど。
吹けば飛ぶようなかよわき人の身の私が、そんな彼に目を付けられてしまえば抵抗なんてできようはずも無し。
そもそも抵抗するだけ無駄だ、なんて当時幼かった私がなぜ理解できたかといえば、やはりそれも異界の知識があったからこそ、になってしまうのだけれども。
そう、全ては私が『私』を取り戻してしまった時に始まった事。
この国では、言葉をはっきり話せる程度に成長した幼子を聖神に挨拶させ、彼らより存在を認められ生誕の祝福を得てようやく1人の人として認識される……戸籍を得る事が出来るのだけど、事件はその時起こった。
私が5歳になり王都の大聖殿へ神命式を受けに行った時、その地に封印されていたカエルレウスが、私の魂に異界の記憶をまだ鮮やかに残していた事に気付いたのが全てのきっかけだった。そのはずよ。
ただ、単なる異界の知識、記憶だけであれば、これほどまでに彼が執着する事も無かったでしょう。
けれど、その内容の中にはとんでもないものが含まれていたの。
それは、この世界が『異界においては、とある創作物の劇中舞台であった(異界側から見れば)架空世界』だったという記憶。
自身について記された詳細な『設定』と、これから起り得る『事象』を読みとった悪神にして守護神カエルレウスは、何が琴線に触れたのか知らないけれどその場で大爆笑したらしい。というか、したって聞いたわ。
今考えれば、もうこの時点で(自分にとっての)笑い話にする気満々だったのね。
未来において起り得る事象の引き金となったこの事件を起こすにあたって、まったくこれっぽっちも躊躇う気などなかったらしい彼は、即座に託宣を下した。
曰く、『アズール聖神国公爵家令嬢ペイルを伴侶とする』と。
こうして私は、見事悪神の花嫁となった訳で。
正確には、伯爵家子息インディクムを現し身として、数年後に復活をすると預言した後の伴侶宣言であったのだから、そりゃ大騒ぎにもなるというもの。
今まで大司教様が取り仕切っていた『神の御意向をお伝えする役目』すなわち託宣の儀も、私を介して行われるとかいう話になれば、ではまず受け入れの準備を、と当の大司教様が手を打った。
今考えると、あれって1つの監禁宣言よね……。言っては何だけど大司教様、ごく自然にゲスいお方だから……。
そうして、何が何だかわからぬまま祭壇前から周囲の大人たちがあわただしく動きはじめるのをただぽかんと見つめるしかできなかった(世間知らずのお馬鹿さんだった当時の)私に、アイツはやらかしやがったのよ。記憶の上書きを。
今でもはっきりと思い出せる。
突然、聖殿の中にも関わらず自分に向かって吹きつける『強い風』を感じたと思ったら、いきなり―――
痛い、とも熱い、とも違う何か大きな衝撃が私を襲い、気がついた時には今の自分が出来上がっていて……というか『なって』いて。
そう、まさに今の私は、過去世と思しき記憶と、物ごころついた頃からの自分自身の記憶とやらを両方持ち合わせているという訳で。
しかもどうやら過去の自分は一般庶民にしても雑な育ちだったらしく、性根や言葉遣いなどが引きずられてしまい、後々それにも苦労する事になって物凄く困ったという心底いらないオマケ付きだし。
精神年齢も向こうの方が上だったせいか、誤魔化す術も同時に手に入れたとはいえ、まったくもってろくでもない事をしてくれたものである。
事後報告で聞かされたであろうお母様も、さぞかし気味悪がったことだろう。あんな事になってしまった原因の一端はこれかもしれないと思うと酷く胸が痛む。
ただ、申し訳ない事をしたとは思うが、私だって幼く柔い心にあんなとんでもないものを強制的に押し付けられ混乱も収まらない中、育った環境からいきなり引きはがされた挙句に神殿の奥に“しまっちゃおう”されて見知らぬ大人ばかりに囲まれての新生活スタートを余儀なくされていっぱいいっぱいだったのだから、こればかりは許して欲しいところである。
そういえば亡くなる前に書いて送ったはずの手紙だけど、当時の心境的にきちんと読んで下さったのか、そもそも本当にそちらまで届いていたのかさえ今となっては怪しいものだけれど、うん、だからこそ念の為もう1度謝っておくわ。本当にごめんなさい。
けれどね、これだけははっきりきっぱり言い切っておくけれど、断じて私のせいじゃない。
過去世において、いわゆる『転生』や『憑依』といった『ジャンル』が悪し様に言われていた事も覚えてる。
気持ち悪いって言われてたのも知ってる。
でもこれは私のせいじゃない!!全部アイツが悪い!!
今の生活は案外気に入ってるし、そりゃ楽しいと思わない事もなくも無いけれど、これだけは絶対一生許さない。
許さない、絶対にだ。
で、そう、婚約者の事ね。
どう思っているか、といえば、どうも?としか答えようがないわ。
初対面の時にはもうすでに神殿の奥深くに半幽閉状態だった私の前に、お父様に連れられてやって来た彼を見て素敵だな、と思った事は事実よ。
「よろしく、ペイル嬢」
と、少し年上のその少年は、優しくにこやかに挨拶をしてくれたのだけれど。
正直その時にはもう私は、お父様に対して諦念の気持ちしか持ち合わせていなかったので、政略的なものでしかないのだと思うとそれなりな返答しかできなかったわ。一応微笑んではいた筈だけど。
まあどうせ、向こうも似た様なものだったでしょうね。
普段から背後にべったりだったカエルレウスが、本気であの方の肉体を手に入れようとしているとか、そんな事考えた事も無かった。
だって無くても大丈夫そうだったし。
元々長い年月の間に少しずつ緩んでいた封印が、あの一件でさらに緩んだらしく、神霊としてかなり自由奔放に神殿内外を飛び回っていたはずよ。
戻って来るのは、神殿に居続けたのは、一応自分の肉体があるからという事ともう1つ。
私がいたから。
本当か嘘か、あえて問いただす雰囲気でも無かったから聞かなかったけれど、彼がそう言ったのは事実。
だからまさか、私や周囲の反応を楽しむだけに収まらずインディまでオモチャにされてたなんて。
むしろ本腰を入れてからかってあそんでいたのがインディ側だったなんて、それこそ聖女の件がなければ私、きっと気付かなかったわ。
いえきっとこれは、気付くべきだったのね。囚われていたのが自分だけでは無かった事を。
気がついた時にはもう、彼との間には修復できないくらいに深い溝が出来ていたわ。
彼の、そして私自身の周囲とも。
だからかしらね、あの方に他に好きな女性がいたとしても、私はそれで良いのではないかしら、と思うくらいには今も彼に対して感情が動かない。むしろホッとしたくらいよ。
……後々聖女がどんな子か知って、全力で止めろって言いたくなったけれども。
最後に会ったあの方は、自棄というか捨て鉢になっていたように見えたわ。
普段、声を荒げたりもせず本音も見せる事が無かった彼が、唯一私に残したのは……どこか、当てつけの様に投げつけられた別れの言葉だった。
その時は戸惑ったけれど、今なら分かる。
かーえーるーれーうーすーーー?
後で絶対説教してやるんだから!私の分も含めてね!!
お父様の事は、あまり考えたくないわ。あんな面倒くさい人。
何も分からなかった頃の私は、距離を置いて接する父親にそれこそ縋る勢いで懐いていた訳だけれど、それもあの人の態度の理由が分かってしまうまでの事。
甘やかすのがいけないというのは分かるわ。でもだからって、わざと避ける事は無いでしょう?
愛しているからこそ距離を置くのだって、貴方のその口は何のためについているのかと問いただしたくなるわ。
しつけに厳しくとはいっても、限度があると思わない?
そりゃ確かに、記憶が上書きされてから自分自身で出来る事の上限も上がったけれど、本来ならばそれはゆっくり覚えて行くことであって、ポイ捨てされるみたいに難易度の高い課題を押しつけて行く事とは違うと思うのよ。
愛情を示す為の言葉も、態度も無い。それでいて、内心は『溺愛してる』ですって?馬鹿にしてらっしゃるの?
アナタのソレは『溺愛』ではなく、ただただ勝手な理想の『愛』を『他人』に押し付けているだけだと、どうして気付いてくれないの。
失望する様子だけはっきり示すのでなく、出来たなら褒めるなり、せめて言葉の1つもあれば、私だって『勝手だ』と怒るかもしれないけれど誇らしくも思うでしょう。
でもあの人、何にも無いんだもの。コミュニケーションを完全に放棄していると言っていいわ。
それでいて『自分の家族は互いに愛し愛されている円満家族』なんて思っているのだから大概ね。
自分が周囲にどう見られているかしか考えられない、哀れな人。……嫌味よ?
せめて、そんな彼の信条が(あるいは心情が)家庭内で理解されてればまだよかったのでしょうね。
理解され、周知されていなかったから問題なのよ。
しかもそれを問題と思わなかったお父様は、もっと問題だと思うわ。
なにせ家庭教師から使用人、はては家外の無関係な人々にまで、私たち母子は疎んじられ軽んじられている、そう扱ってもいいのだと思われてしまったのだから。
そう、軽んじられたのは私だけじゃない。
お母さまもだったわ。