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然(さ)る貴族より遣わされし使者は 2

「あの、よろしかったので?」

「ああ。『アレ』は我々の探し人では無い。『悪しき娘』は『死んだ』のだ。おおかた修道院でも居丈高に振る舞い、更生の余地なしと見捨てられたのであろうよ」

「しかし……」

 御者の言い分はもっともだ。

 いかな理由があれ、身分あるもの、それも高位であったものを簡単に放逐するなど出来る筈も無い。

 だが、それでいいのだ。

「最初から何も知らぬもの、何も持たぬものを美しく磨く事は出来よう。だが一度堕ち、穢れてしまった者を元に戻す事は容易ではないという事だ。石ですら、傷付けばそれだけ価値が下がるもの。人であればなおさら、必ずどこかで卑しさが滲み出てしまうだろう。で、あればだ。最初から死んだ事にしてしまえばよい。必要ならば別の娘をそれらしく仕立て上げるだけだ。あの『聖女』の様にな。ましてや我が主に『手垢のついた』娘など宛がう必要は無い。そう、手に入れるのであれば、傷1つ無い純白の『完全なる』花嫁を―――」


 一目見て分かった。あの者こそ、我々がこんな辺境まで足を伸ばし探し求めた人物であったのだと。

 ……傑作だ。実に傑作ではないか。

 あれが、かつては聖女としてあがめられた娘の末路か。

 薄汚れ、日に焼けた肌を晒す姿はまるで別人のようであったが、目鼻立ちはそうそう変わるものではない。

 何より、あの強い意志を示すかのような輝く瞳。

 てっきり折れているかと思ったが、なかなかしぶとい様でなによりだ。

 だが人々にかしずかれる日々から一転、泥にまみれ、田舎男に奉仕せざるを得ない日々はさぞかし屈辱であったろう。

 しかし……いくら人が、それも都会から来た高貴な人物がいたからとはいえ、それを表に出さぬ様はさすがというべきであろうか?

 あのような身なりでも自尊心は捨てきれぬのか、あるいは染みついた所作ゆえか。

 それも泥まみれ、埃まみれでは意味が無いのだがな。 


 聖女マジェンタは彼女が得たという知識を欲しがっていたが、それは本当に存在するのか。

 見た限りでははなはだ疑問である。

 近隣の地域はここ半年ほどで随分と開拓が進み、作物の実りも良くなったと聞くが、所詮噂は噂。

 さして変わったとも思えぬ。

 何より、戻った先の受け入れ先として我が主が再び選ばれでもしたらと思うと、ぞっとするばかりだ。

 いまだ、ペイルという(あく)の父親である公爵の権勢は根強い。

 権力の均衡という意味でも、四聖公のご友人となりながら今だ唯一ただ人である我が主に嫁がせるという方法は無くは無い。

 無くは無いが、やはり無いな。ましてやあのような様であるのなら余計に、だ。

 見捨てる?人聞きの悪い。

 適材適所という言葉があるだろう、それだよ。


 ふーむ、やはり来るのでは無かったな。無駄足であった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 数日の後、チンリューの外門が封鎖されたとの情報を得たが、気に留める事も無かった。

 





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「旦那、様?」

 『客人』が去った方を見ていれば、きょとんとした表情の妻に呼ばれ、顔を向けた。

「今のは……」

 言い淀みながらも窺うようにこちらを見る妻に、ニヤリと笑って見せた。

 自分の言葉遣いが平時と違っていたのも、彼女が警戒した理由だろうが。

 だが、当座の心配はこれで無くなった。

 後は今まで通り、大人しくしていれば良い。

 大人しく見守る事としよう。

 『神』らしく、な。

「王都から人を探しに来られた方だそうだが、見た通りお帰りになられた。それだけの話よ」

 心持ちかがめていた背筋を伸ばし、いつもの通りの言葉遣いに戻せば、妻も僅かにホッとした表情を見せた。

 普段は表に出さぬが、それでも不安だったようだからな。これで少しは安心するだろう。

 それにしても、このように多くを言わずとも互いに察せられるのは、伊達に長い付き合いでは無い事の何よりの証明ではないだろうか。

 ちょっと気分が良い。


 問題の『客人』についてだが、慇懃な振る舞いと内心がことごとく食い違う当たり彼も中々愉快な人物のようであったが……それでも妻の異質さ、興味深さに比べれば拾うまでも無い。

 何よりあの偏見の塊のような性根は、身近に置くのに向かぬ。遠くから破滅を眺めるのが一番の娯楽といえよう。

 伝聞をそのまま鵜呑みにするなど、阿呆の極地としか思えぬ。

 ただ見ている分には、そこが面白いのだがな。


「本人曰く『悪しき娘は死んだ』そうだ」

 そんな彼奴より聞こえた胸の内、その断片をありのままに示せば、敏い妻は即座に何があったかを見抜いたらしかった。

 あるいは、何やら予感めいたものを感じ取っていたのやもしれぬ。

「って事はやはり……!見た覚えがあったんですよ、神殿で!何か言ってましたか!?」

「言ったであろう?『死んだ』と。見なかった事にするそうだ」

「……です、か」

 半眼になった妻もまた、同じように客人……いや、この場合やはり使者と呼ぶのがふさわしかろう、その彼が去った方を見やる。

「彼、インディが神殿に来る時、いつも一緒にいた従者だったんです。旦那様も御存じでしたでしょうけど。実際に会話した事は一度も無かったのですが、私と彼が会う時にはいつもいましたからね。……何と無く、良い様に思われていないってのも感じていたんですよ」

 全然変わっていませんね、彼女は彼が去った方をじっと見つめたまま、そうぽつりとつぶやいた。

 彼自身は、口にさえしなければ自分の本心など誰も知られる筈が無いと思い込んでいたようだが……得てしてそういう『雰囲気』というものは知らず漏れ出てしまうものだ。

 ましてや常日頃より、誰彼となく悪意に晒され続けて来た彼女ならば余計に。


 『我』以外に誰がいようか。

 悪神の妻とされた彼女を守る者など。

 婚約者?周囲にそうあれかしと望まれただけの流され貴公子に何が出来る?

 血縁関係上の父親?はて、あれは世間一般でいうところの父親像のように立派で高尚な人物であったかな?


 アレは単に『周囲の関心を引き、注目される事によって自己が満足したいが為に、あえて子に辛く当たる』行為を繰り返すだけの、ダメ親父そのものよ。

 小さな感違いが積み重なって虚言に繋がり、身の丈に合わぬ評価と賛美を手中にした幼子のような輩に、子が懐く筈がなかろうて。

 現に、こうして見離されているのが良い証拠よ。

 本人も以前言っていたな。『あの人が本当に家庭を愛していたかなんて知らないし、今さら知りたくも無い。そもそも私はそんなものを愛とは呼ばないし、絶対に認めない』と。

 彼の奥方も不審な死を遂げているあたり中々に業が深い男のようで、こちらも実に我好みではある。

 あるのだが、こちらも放置だな。妻も何やら考えているようであるし。

 彼は『あの人形』に、一体どんな『夢』を見るのであろうか。


 人形遊びといえば、聖女と四聖公の関係もまた、それに近しいものであると言えようが……。

 相互に想いやるのが真の愛であるならば、さて。

 『彼奴等』の愛は真なりや?


「カエルさんよ」

「おお、すまんな、今行こう」

 すっかり話し込んでしまっていたが、どうやら妻共々戻らないと心配されたらしい……いや、これは。

 ふと、引っかかるものを感じた。

 見た目だけならそこらにいる飲兵衛農夫にしか見えぬこの村(チンリュ)の村長ディエンが、てっきり迎えに来たのだと思ったが。

 何かあったか。


「ペイル、先に行け」

 妻の背を押し促すと、素直に僅か進んでから何やら思い出したように振り返った。

「はぁい。あっ、そうだ旦那様、茄子とカボチャの葉っぱの色がちょっとおかしいんですよ。病気になるならなるで、被害押さえて欲しいです。出来れば全体の1割……2割でギリってとこかなー?でもやっぱ1割で押さえたいですね。それから、もうしばらくしたら蕎麦と豆の収穫ですから、時期が来たら雨は少なめにして欲しいです。濡れちゃうと、せっかく乾燥させた作物がダメになっちゃいますからね」

「分かった分かった。まあ何とかなるだろう」

「やった!じゃ、先行きますねー!」

 ガッツポーズをした妻は大きく手を振り、元公爵令嬢にして元神殿の聖女とは思えぬほど軽い足取りで駆け去って行く。

 それを何とはなしに見つめていたら、思わず苦笑が漏れた。

「……まったく、アレのどこが『屈辱』なのか。全力で楽しんでいるではないか」


「嫁さんかい?」

「ああ。畑仕事に乳搾りにチーズ作りにと、毎日生き生きと駆けずり回っておるわ」

「はっはぁ、あの嫁さんじゃ仕方ねえや。牧草嬉々としてひっくり返してるの見た時はおったまげたがね」

「ちまちました作業するのが大好きなんだと。本人曰く、ハイスピードスローライフ万歳だとかでよ」

「ちまちま、ねえ……ひゃっひゃっひゃ、あれの何処がちまちまなんだかさっぱり分かんねーが、(ひぃ)さんらしい」

 腕を組み、男を真似た田舎言葉で呆れたように揶揄すると、相手は心底おかしくてたまらないとばかりに爆笑する。

 が、その笑いもすぐに止まった。

 そうなると、辺りに人のいない畑ばかりのこの場所に満ちるのは静寂だ。

「さっきよ、修道会の方から差し入れついでに人が来てよ。最近『鼠』が増えて来て困ってるそうだ。本格的な『鼠害』になる前にどうにかしてくれってよ」

「やれやれ、神使いが荒いのは妻だけでは無いらしい」

 片目をつぶり、わざとらしく息を吐く。


 どうだこの、見事な人間振りは。

 ま、賛美する者もおらんので、結局は自画自賛になるのだがな。

 

 それはともあれ、何気ない口調で続ける。

「アズール聖神国側の外門を閉じよ。出たいヤツらは好きにさせ、ただし2度と土を踏ませる事は無いとはっきり伝えろ。期限は……そうさな、50年から100年といったところか。あるいはそれよりも前に開放出来るやもしれんが、その辺りは『向こう』次第であろう。さしあたり虫の1匹、種の1粒も通さなければそれでよい」

「ははっ」

 正式に妻となりその役を降りたペイルの代わりに、新たな預言の徒となったチンリュの村長は、汚れるのも構わずその場に額づいた。

「代わりに、アズラクパランの方を開けておけ。流通が止まるのは困るのでな。これより我が治る領土『碧の郷(チンリュ)』は帝国傘下に下るものとする。愛しの妻が住まう土地だ、無用な厄は入れぬに越した事は無い」

「全て、お任せ致します」



「さて、力ある聖神がただ人になるなど前代未聞な訳だが……。どうなるのかは、火を見るよりも明らかであるな、くくくっ」

 かつて同胞だった者達よ。

 力に溺れ、恋に溺れた哀れな神たちよ。

 秩序をもてはやし、それが絶対的な正義なのだと、それを尊守する自らこそが崇高なる存在であると声高に掲げる裏で、心のまま、あるがままに行動するのが(汝ら)の本質であったな。

 真実を隠し、周囲に良い顔をする為だけのおためごかしなどいらぬ。

 結局そなたらは、称賛のみを欲したのだ。


 気に食わぬ、と常々思っておった。

 何故神たるものが、それを名乗るものが正直にあろうとしないのか、と。

 果たしてそれは、本当に誇るべきものであったのかと。

 驕りでは無いのか、と。

 故に我は、その心の赴くままに人の世に干渉し続け、時に救い、時に破滅を呼び、結果悪神などと呼ばれていた訳だが。


 ……さて、古き“友人”たちよ。

 ここからが本題だ。




 人の身でぬしらが同じ事を繰り返せばどうなるのか、身をもって知るが良い。





 元聖女ペイルの辺境追放から4ヶ月半余り。

 公爵ブレク公が『娘の名』を呼びかけながら等身大の人形を抱えて彷徨う姿が広く知られるようになり、市井においても『人形狂いの公爵閣下』などと揶揄され始めた頃。

 ルラキの月、2巡り末日、聖女マジェンタを中心とする大聖神人四聖公の分裂、またそれによる国政の崩壊により、アズール聖神国内乱勃発――――――







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