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後ろ向きの世界

 国がとんでもない決定をした。国内の全ての金融機関に“マイナス金利”を義務付けたのだ。それによって、「お金を貸せば貸すほど損をして、お金を借りれば借りる程得をする」ってな異常な世の中が実現してしまった。

 僕はそれを知って有頂天になった。これはチャンスだとそう思ったからだ。辛い仕事なんてさっさと辞めて、お金を借りまくって暮らせば良い。働きになんかいかなくたって、お金を借りるだけで生活費は稼げる。

 ただ、計画を立ててみたら、少しばっかり問題がある事が分かった。マイナス金利は、一年間で0.01%ほどしかつかない。仮に生活費を300万円として、一年間生活をする為には、3億円も借りなくちゃならない計算になる。でも、3億円を安全に保管できる金庫なんて僕は持っちゃいない。銀行に預ける手段も使えないってのは分かるよね? “マイナス金利”の世界では、銀行にお金を預けたらお金が減ってしまうんだ。

 なら、3億円を保管する為の金庫を買えば良い?

 でも、そうなると、300万円以上かかるだろう。すると、もっとお金を借りなくちゃならない事になる。

 もちろん、稼ぎが出るまで借りる額を増やしても良いのだけど、僕はそれよりももっといい方法を思い付いた。お金を借りたら、そのまま直ぐに電子マネーを買うんだ。電子マネーなら金庫は必要ないだろう? そう思った僕は、事前に電子マネーを扱っている会社に交渉してみた。額は3億円じゃ少ないと思ったからその十倍にして、「30億円分、電子マネーを買えないか?」って。すると、なんと返事はOKだったのだ。それを受けて、僕は早速計画を実行に移した。銀行からお金を借りて、そのまま電子マネーを買う。これで僕は何もせずとも一年間で3千万円も稼げることになる。

 それから僕の悠々自適な暮らしが始まった。仕事はもちろん辞めて、毎日今日はどんな遊びをしてやろうかと考えて過ごす。一年間で3千万円も自由に使える金があれば、余裕を持って遊ぶことができる。ただ、そんな毎日も三か月もしたら飽きてきてしまったけど。もっとも、だからといって働く気はこれっぽちも起きなかった。

 仕事をしないと、どんどんと自分が錆びついていくのが分かった。これじゃ、もし社会復帰をしようと思ってもそう簡単にはいきそうにない。そうは思ったけど、僕はまったく危機感を感じていなかった。なにしろ、3千万円もあるんだ。ちょっとやそっとじゃ、使い切らない…… はずだった。

 半年を過ぎた辺りだった。それまでも少しずつ物価が上がっていたのだけど、その上昇が急激になり始めたのだ。1週間で物価が2倍とか3倍とか上がっていく。原因は単純だった。僕と同じ様に考えた人が、世の中にたくさんいた所為で、真っ当に働く人がほとんどいなくなってしまったからだ。借金をして逆にお金が増えるんなら、働くのなんて馬鹿馬鹿しくなるのは当然だろう。働く人が少なければ、物やサービスは減ってしまう。物やサービスが減ってしまえば、当然、物価は上がっていく。

 9か月が過ぎる頃になると、僕の生活費は残り少なくなっていた。だけど、僕はそれでもあまり不安になってはいなかった。

 「まぁ、また金を借りれば良いだけの話だろう?」

 そう。金を借りてそれで電子マネーを買えば、また金を稼げるんだ。もっとも、物価の上昇は相変わらずに続いていたから、僕はそれに加えてアルバイトもする事にしたけど。ところが、そんなに話は甘くなかった。電子マネーの会社が、多額現金の買い取りを拒否したのだ。どうやら僕と似たような事を考える人が多くなり過ぎた所為らしい。こうなると、そんなにお金を借りる訳にはいかなくなってくる。それで僕は落胆した。

 やれやれ、やっぱり働かなくちゃならないのか。

 そう思った。

 もっとも、それでも僕は危機感は感じちゃいなかった。確かに遊んで暮らす訳にはいかなくなったけど、僕にはまだかなりのお金ががあるんだ。生活に困りはしない。しかし、それから間もなくして、その余裕は一瞬で消え、僕は深い絶望の淵に立たされることになったのだった。

 「電子マネーが、使えなくなる?!」

 なんと電子マネーを扱っていた会社が倒産してしまったのだ。

 僕が買った電子マネーは、国によって違法通貨の指定を受け、その所為で会社は倒産、結果として電子マネーは無価値になってしまったのだ。そしてそれによって、僕には貯蓄がなくなり、30億円の借金だけが残ってしまったのだった。いや、銀行に返さなくちゃならないお金は(年内に返すなら)29億7千万円だけど、とにかく、どちらにしろ大差はない。僕は大ピンチに陥ってしまった。

 物価は上昇しているからお金の価値が減ったとはいえ、それはまだまだ全然返せる額じゃない。下手すれば僕の財産は、家も何もかも、全て差し押さえられてしまう。

 やっばーい!!!

 僕は苦悩した。

 そして、

 「こんな事なら、真っ当に働いておけば良かった!」

 と、激しく後悔をした。でも、もう後悔をしても遅い。

 僕の人生は真っ暗闇だ。

 

 ――そこで、目が覚めた。

 

 朝の目覚ましの音。時刻はまだ7時。僕は考える。これから仕事に行かなくちゃならない。という事は、僕は仕事をまだ辞めていないという事だ。軽く頭が混乱した。

 「あ、そうか。良かった。夢だったのか」

 しばらくが経って、僕はようやくさっきまでの事が夢だったと悟り、安堵のため息とともに思わずそう呟いていた。

 僕は30億なんて借金を背負っちゃいないし真っ当に働いてもいるのだ。僕はそれからスーツに着替えた。早く出勤したいと思うなんて初めてのことかもしれない。

 朝ごはんを食べながら、朝のニュースを観ていたら、「国によるマイナス金利導入」が話題になっていた。もちろん、それは僕ら民間人がマイナス金利でお金を借りられるという事じゃない。ヨーロッパなんかで特殊な条件で、そういうケースもあったらしいけど、基本的には有り得ない。だから、僕の見た悪夢のような事は起こらない訳だけど、それでも不安はある。何故なら、このマイナス金利によって、少なくとも国は「借金すれば金を稼げる」というよく分からない状態に陥っているからだ。

 普通、国は借金した金で経済政策を行い、経済を成長させる。それによって、税収を増やして借金を返す…… というのが真っ当な流れだ。が、マイナス金利によって、借金を無理に返す必要がなくなってしまった…… 実を言うのなら、その先には経済の混乱や国家破綻が待っているのかもしれないのだけど、どちらにしろ、真っ当に経済政策を執るモチベーションは下がりまくるだろう。

 なら、放漫財政は更に酷くなり、僕らには悪化し疲弊した経済という、暗い未来が待っているかもしれない。

 

 “長年、経済政策に失敗し続けて来た国が、全てを投げ出そうとしている”

 

 そんな真相ではない事を、僕は強く願った。そしてそれから、僕は今日も、生活を護る為に仕事へと向かった。

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