狙撃兵の日記
狙撃兵のはなしです。狙う側と狙われる側との緊迫感が出ていれば良いなと思います。
「弾も、砲弾の破片も、当たる時は当たるし、当たらないときは当たらない。ゆえにこれに留意する必要は無い。ただし狙撃兵だけには注意せよ。何故なら、それには当たるときも当たらないときも無い。百発百中だからだ」。海兵隊野戦教範より。
肩に届くか届かないかぐらいのところで切りそろえられた黒髪。くせがなくさらさらで、ちょっとした風にもなびく。可愛らしい小顔には、しかしツンとした表情をたたえている。
周囲に指示を出しているところを見ると彼女が指揮官なのだろう。ほかにそれらしい者も見当たらないし、腰に拳銃のホルスターをつけている。
残念。かわいい女の子なのに。16もいってないんじゃないか。
ま、だとしても僕も同じだけど。
僕はそれだけ考えると、双眼鏡を置いた。そして脇に立ててあったライフルを引き寄せる。腰のポケットからガムを取り出して口に入れる。
足元が冷たい。昨夜の雨のせいで毛布がずぶぬれになってしまったのだ。しかし体に巻いてある毛布を取る気にはなれない。こんなジャングルで、地面に何がいるか知れたもんじゃない。とても野戦服一枚で寝転んでいる気にはなれない。
ライフルの銃床を脇に挟み、しっかり固定する。口の中では、粘つき始めたガムがくちゃくちゃと音を立てる。周囲のジャングルからは、もう慣れてしまったような不気味な鳥のさえずりがする。しかし、それ以外に音は無い。
コックを上にあげ、手前に引く。ガチャ、ガチャリという金属音が妙にはっきりと響く。安全装置が外れているのを確認して、照準装置を覗き込んだ。
いらいら。そう口に出してしまいそうだ。
昨日、ピモアンの師団司令部から送られてきた71人の補充兵たち。一週間の速成訓練だけでは仕方が無いことかもしれないが、あまりにも手際が悪すぎて腹が立つ。
私は連隊長に命じられて、彼らを引きつれ「首切り峠」で苦戦しているE中隊の援護に行かなければならない。今日中に。
しかし、彼らの行軍速度はあまりにも遅かった。私のことを「小娘」だの言って馬鹿にするくせに、一行程もしないうちに疲れたと言い出す始末。しょうがないから小休止にしてみればしてみたで、水を探しに行った奴らが帰ってこない。
逃亡か、道に迷ったか。まあ、役立たずと言っても邦を守ることに関しては純粋なやつらなようだから、おそらく後者だろう。しかしだとしたら本当に役に立たない。
比較的ましな奴を隊長にして捜索隊を出したのが1時間と半分前。ところが最初のやつらどころか捜索隊まで帰ってこない。目下2次捜索隊を編成中。
これでは今日中に「首切り峠」は無理かもしれない。しかし無理で済まされることでもないだろう。もしこの遅れが原因で峠が突破されたら。ただでさえ多い敵。縦深の浅い陣形の連隊は総崩れしかねない。
この時間が、今どうしようもなく突っ立っているこの時間が、連隊の首を絞めてしまっているかと思うと、もう。
少しでもいらつきを抑えようと前髪を掻き揚げてみるが、何か変わるものでもない。
2次捜索隊の隊長が出発準備完了を報告した。
スコープの中心に少女の姿を捉える。肩幅からして600メートルくらいだろう。照準機を600にあわせる。
ぶかぶかの帽子を被った可愛い頭に照準を合わせる。まだ、指は用心鉄にかけたまま。ごめんなさい。神様。お母さん。可愛い女の子の頭を撃ち抜きます。
指を引き金にかける。ゆっくり息を吐く。一瞬ぼうっとして、それからゆらいだ焦点が合う。
その一瞬をねらって、僕は、引き金を引いた。
銃声は、遠かった。
目の前、2次捜索隊の隊長がうめきながら鼻を押さえている。指の隙間からは血。狙撃だ。
「全員!伏せろっ!」
言いながら自分も野に伏せる。油断していた。いらつきすぎて、敵の狙撃兵のことなんて考えても見なかった。まったく。くそ。
外した。風が吹いてる。思いながら、手が動く。コックを引いて押し戻し再装填。空薬莢が音も無く地面に落ちる。
こうなったら、あの子をヤルしかない。距離は600メートルあるが、しょせん600メートルだ。やつら機関銃も持ってる。逃げ切れないかもしれない。頭つぶして混乱させるしかない。
地面に伏せっている彼女。しかし、山の上のここからはその背中まで丸見え。今度は風も計算に入れて、照準する。
もう余裕がなくなっていた。すぐに引き金を引いた。
一瞬し、彼女の体が少し跳ねた。気がする。血は見えない。もう一発。再装填し、今度は背中に叩き込む。
今度は血が出た。彼女の軍服の背中が茶色く染まる。でも背中だ。もう一発。
彼女は相変わらず伏せったままだが、頭が地面にのめり込む形になっている。やった。
数秒、野に横たわる彼女の死体を見つめてから、立ち上がる。木の根元に隠してあったザックを担ぎ、ライフルを肩にかける。毛布をたたんで腰に巻きつける。
ああ、怖かった。今回は早めに切り上げよう。
草の間に転がった空薬莢を4つ拾い上げてポケットに入れると、南に向かって歩き出した。
77/Aug/12
戦果:かわゆい女の子一人。多分中尉。
神よ、罪深き我を許したまえ。
陸軍第110空挺連隊G中隊キャンプにて
陸軍のレーションはまずい。
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