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頭痛の原因







こっそり中をのぞくと、危険人物の姿は見えない。しかし、おそらく『ヤツ』はたまたま早く来ていなかっただけで、レッスンが始まる前には来るのだろう。そう考えると、なかなか一歩を踏み出す決断が出来ない。帰ろうよ、などと、自分の中の悪魔が語りかける。


すると。

入口で二の足を踏んでいたのが仇となった。

「鈴音!久し振りじゃないか、やっと来てくれたんだねっ!」

ハイテンションな声が降りかかり、もはや悪魔の言葉に従うのは不可能となった。

「お、お久しぶりです、先生。おはようございます……」

「おはよう、相変わらずその太陽の様に輝く金の髪と澄んだライトブルーの瞳が美しいねっ、鈴音っ」

「……それはどうも……」

毎度のことながら、この先生のお世辞挨拶には疲れてしまう。否定すると、奥ゆかしい!と騒ぐので、非常に質が悪い。更に質が悪いのが、何より美しいのは女性を誉めちぎる先生本人だということだ。男性なのに女性のように美しい。線が細くて背が高く、茶の色素が薄まっただけの私の金髪と違って、白金の様に白く透き通った金髪は腰の辺りまで真っ直ぐ伸びていてさらさらだ。瞳は淡く透き通った緑色で、私も初めて会った時は思わず見とれてしまった。先生にダンスを習いに来る生徒の半分以上の女の子達は先生目当てだと聞く。

そんなことを私が思っているとは露も知らないであろう先生は、うんうんと上機嫌で頷いた。

「鈴音が来てくれて本当によかったよ。カイゼルは君のいない時は本当に機嫌が悪くてね」

先生の口からでた名前に思わずギクリとする。

『ヤツ』、即ち、危険人物、即ち、カイゼル。

私が、ダンスのレッスンをさぼっていた理由、否、原因が、この人物にある。

「きょ、今日はまだ来てないんですね、彼」

「最近はよく遅刻してくるんだ」

先生はやれやれと頭を振って、君が来なかったからねぇ、と付け足した。私はといえば、彼が来るから来なかったのだが。

「まぁでも鈴音が来るようになったら、カイゼルも真面目に来るようになるさっ。よかったよかった」

先生の喜びとは裏腹に、来なくていい、と私は心底願った。母親の泣き落としに勝てない自分が恨めしい。


「さぁ鈴音っ、舞踏会まで後10ヶ月しかないんだよ。ちょっと早いけど始めようか」

先生の言葉で、私の脳裏にある考えが浮かんだ。カイゼルが来る前に練習を始めてしまえば、奴も練習を終えるまでは私にあまり近づけないだろう。いつもは練習前に練習相手を申し込まれ、断るに断れなかったのだ。

「今日は久しぶりなので、先生、練習相手になってもらえませんか」

こうすると、他の女の子の生徒の視線が痛いが、カイゼルが練習相手になってしまうよりよっぽど良い。

「あぁ、やる気になってくれて私は嬉しいよ鈴音っ、いいとも、今日は特別にね」

先生が、救いの女神に見えた。男性だが。


しかし。


「先生、その役代わってくれませんか?」

嫌な声がして、私は敢えて振り向かなかった。

「おや、カイゼルじゃないか、今日は遅刻しなかったね。感心感心っ」

「鈴音、久しぶりだね」

先生の言葉を無視して私に言葉が向けられた。

「……お、お久しぶりです」

振り返らずに挨拶を返すと、背後から伸びてきた手に腕を掴まれ、無理矢理振り向かせられた。

「っちょっ…──」

「もしかして僕を避けてた?」

えぇもちろん、と、喉まで出かかった言葉は無理矢理飲み込む。

「……あの、手を、離してくださいません?」

「ああ、悪いね」

謝るくせに離そうとしない。思わず睨もうとして、カイゼルと眼を合わせてしまう。

濃紺の髪に、冷たい灰色の眼。端から見たら十分美形と形容されるらしい顔には、笑みが浮かんでいる。見下されているような、馬鹿にされているような気分になる。苛立ちが沸き上がってきて、眼をそむける。

私の様子にくすりと笑って、カイゼルが先生に言った。

「先生、鈴音の練習相手、僕にやらせてください」


絶対嫌だ。


「先生私はっ」

「残念だけどカイゼル、私はもう鈴音と約束してしまったからね。鈴音の相手をしたかったら、明日以降鈴音に直接頼みなさい、いいねっ」

先生が、とても神々しく見える。尊敬の眼差しで先生を見ると、先生がウインクを返した。ただハイテンションなだけではなく、ちゃんと生徒の事を考えてくれているのだと、失礼ながら先生を見直した。


「わかりました」

すごく不服そうな声であるが、さすがのカイゼルも逆らえないらしい。

今なら、と期待してさりげなく私は、カイゼルの手を腕から外そうとした。しかし、そう上手くゆくはずもなかった。

「……わっ」

逆に引っ張られて引き寄せられ、耳元で囁かれた。

「じゃあ鈴音、練習終わったらね」

「……っ」

思い切り身を引きながらカイゼルを押し退けるが、女の私の力なんてたかが知れていて、カイゼルはびくともせず、私が後ろへよろめいただけだった。

「……迎えが、来ますので」

レッスン後は必ず赤塚が迎えに来てくれる事になっている。

「じゃあそれまで時間があったらね」

カイゼルは全く気に止めた様子もなく答える。


私は、赤塚が早く迎えに来てくれることを願うのみだった。





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