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記憶の波




おそらく、ほんの数分だったのだと思う。ルイさんと坂下さんはそれだけの間に、見事に男達を倒してしまった。正確には半分ほどは怪我を追いながら逃げていった人もいたから、全員倒したとは言いがたいが。

逃げられないほどの怪我をした人や気絶してしまった人は今、丁寧に部下の永田さんの手によって厳重に縛られ、廊下に並べられている。後から聞いたことだが、永田さんは部屋の外で坂下さんやルイさんが放り出した男達の対処や、別の経路から侵入してきていた方の対応もしていたらしい。

よく分からないが、ここまで強いというのは、異常ではないだろうか。

例えば王都にいる兵士や騎士などはその為の訓練を受けているから勿論強いだろう。けれど、あくまで生業は商いであり、本来暴力的なこととは無縁のはずの人達が、ここまで喧嘩慣れしているのは、不思議だ。


私の部屋がかなり悲惨なことになっていたので、とりあえずルイさんの書斎のソファで膝を抱えていると、坂下さんが入ってきた。

「お茶でもお入れしましょうか」

「あ、いえ……おかまいなく」

色々と忙しいだろうので、首を振ると、坂下さんが笑った。

「すみません、もう入れてきちゃってます。なので召し上がっていただけると助かります」

「そういうことでしたら」

ソファから足を下ろし、姿勢を正した。


「……大丈夫ですか?」

お茶の支度をしながら、坂下さんが私の顔を覗きこんだ。眼鏡の奥には、グレーの瞳が見える。

「私は大丈夫です。坂下さんこそ……」

さも容易いかのような様子ではあったが、武装した男を何人も捩じ伏せた後である。疲れていない訳がないと思う。

「……まぁ久し振りだったので、少し疲れましたけどね」

明日は筋肉痛でしょうね、と笑う。

「……お強いんですね」

そういう私の言葉に、坂下さんは察したように説明してくれた。

「シャルレは庶民には身分ではありますが、並の貴族くらいに力を持っています。その分恨みを買いやすいですから、旦那や若旦那の護衛の意味も兼ねて、私達部下はある程度の嗜み要求されるんです」

「こういうこと、よくあるんですか……?」

坂下さんは苦笑して、首を振った。

「流石にここまで物騒なことは滅多にありません」

「…………」

私はその言葉の意味を、よく考える。それと同時に、もう一つ疑問を口にする。

「ルイさんも、お強いんですね」

坂下さんの動きに全くひけをとらず、部下に守られる必要がないように私には思えたほどだった。

「……ええ、不思議なんですが」

歯切れの悪い言葉に、坂下さんを見つめた。

「若旦那がある程度の護衛術を身に付けているのは知ってるんですが、あの身のこなしは、私も初めて見たんです」

護衛術の範囲を越えている、と坂下さんは言う。

「正直、いつの間に、どこで身に付けたのか、永田と二人で首を捻っていたところです」

確かに、向こうから来た攻撃を受け流して反動で相手を倒すような、謂わば受身的な坂下さんの動きとは違い、ルイさんはもっと攻撃的だったように思う。動きの過程がわからない不思議な体術で、相手も戸惑っていたような気がした。

しかし、坂下さんや永田さんが詳しくわからないのであれば、私など更に知る由もない。坂下さんも考えを巡らしているのか、それ以上は黙ったままだ。私は入れてもらったお茶を一口飲む。甘い香りが広がる。

やがて坂下さんが頭を切り替えたようにこちらを見て言う。

「……では、ごゆっくり。今お休みになれる部屋の支度をしていますからもう少し待っていてください」

「え、そんな、ソファでも眠れますから」

こんな深夜に一つ手間を増やすのは申し訳ない。

「そういうわけには」

慌てた私に坂下さんは微笑み、有無を言わさず、では、と部屋を出ていった。





再び部屋に一人となり、溜め息をついた。


今回のことは、確実に私のせいだ。

ルイさんの推測したことは恐らく本当だろう。ルイさんだけでなく、遥祈さんや要さん、坂下さんの推測や集めた情報は、ほぼ正解に近いものだ。

つまり、私の誘拐に失敗したルサンチが、私を再び誘拐しようとし、ついでにルイさんを殺そうとしたのだ。その意図が、ミーシェ単独のものであるのか、ルサンチの家全体の思惑なのかはわからないが。庶民とはいえ力を持つシャルレをも襲撃したことを考えると、成人していない令嬢だけのものとは考えにくい。

「……どうしてこんなことになっちゃったんだろう」

そもそも、私が記憶を飛ばさなければ、ルイさんたちに迷惑をかけることはなかっただろう。更に言ってしまえば、最初に石を投げ入れられた時のミーシェの記憶さえ残っていれば、誘拐されることすらなかったかもしれない。

思い出した記憶は、確かに二度と思い出したくもないことも含まれていた。けれど、今の状況を認識することの方が、余程辛い。


揚羽の家に、家族に、友好関係にある貴族の方達に、そしてルイさんたちに。

私を支えてくれている人達皆に、迷惑をかけている。

「……死んでしまえばよかったのかな」


あの子の、ミーシェの言うように。




「鈴音」

声がして顔をあげれば、扉の前にルイさんが立っていた。額には包帯が巻かれているが、かなり乱暴な巻き方をされていて血が滲んでいる。

「大丈夫?」

何も言えずにいる私の隣に腰を下ろした。

「……ごめんなさい」

よく見れば、手や頬や首にも小さな傷がある。見えないところにもたくさん傷はあるはずだ。防御出来るものを何も身に付けずに、あれだけの人数を相手にしたのだから。

「鈴音のせいじゃない」

ルイさんの手が、私の頭を撫でる前に、私は首を振る。

「私のせいです」

ルイさんの顔を見上げ、更に重ねた。

「全部、私が悪いんです」

「……鈴音?」

ルイさんは、頭を撫でようとした手を下げ、私の頬を撫でた。触れられたところが熱を持ち、胸への痛みになっていく。

「全部思い出しました」

ルイさんの瞳が大きくなる。



蘇った記憶は、とうの昔に忘れていた、幼い記憶も連れてきた。


忘れてはいけなかった、記憶。



全て私が悪いのだ。

大切なことを忘れてしまった私が。










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