よく知る名
「いいわね。次の曲へ進めるんじゃないかしら」
「有難うございます!」
嬉しそうに鈴音が破顔するので、思わずこちらも微笑んでしまう。
夜、遥祈がシャルレの邸宅へ着いたとき、鈴音とルイがダンスの練習に勤しんでいた。経緯を聞き、遥祈もすぐに参入したのだった。ルイを練習相手とし遥祈が端から指導するという形をとり、夕食前から始めたというダンスの一曲を、今ではほぼ完璧にマスターするまでになっていた。鈴音はダンスの筋が良く、覚えようという意欲もあって吸収が早い。臨時とはいえ、講師になった遥祈も、自分が張り切ってしまっているのを自覚する。気が付くとかなり遅い時間になっていた。
「続きは明日にしましょう。そろそろ寝ないと」
そういうと、鈴音は少し困ったような顔をする。
「あ、そうですよね……」
名残惜しそうにしながらも、すみませんと謝る鈴音の頭を、ルイが撫でる。
「俺達は構わないんだけど、眠くないの?」
「あ、えと、あの、今日はお昼寝を沢山してしまったので……」
そう言いながら鈴音は頬を赤くして視線をさ迷わせる。
鈴音のルイに対する態度がぎこちないことに一目で気付いていた遥祈は、目を細めてルイを見つめた。多少眉間に皺が寄っているのも自覚している。
ルイはその視線に気が付くと白々しく肩を竦める。確実にしらばっくれている。
「じゃあ、少し座って整理しましょうか」
自分の内心の不穏さを悟られぬように注意を払いながら、鈴音を誘導し、ソファに自分と並んで座らせる。勿論二人掛けなので、ルイの座る余地はない。
腰を落ち着かせると、遥祈は鈴音達が踊っている間、片手間に作ったリストを見せる。
「これは……?」
まだ文字が見えるほどには回復していないらしく、リストを前に瞬きを繰り返す鈴音。
「覚えなきゃいけないダンスのリストよ」
「すごい」
鈴音は感嘆の声をあげて、ピントを頑張って合わせようとするかのようにリストを見つめている。
「これから曲を順にかけていくから、踊れるかそうでないか、教えてほしいの」
これから、どのダンスを、どれだけの数覚えていかなければならないかで、練習の仕方が変わってくる。それを把握するためには、手っ取り早い方法だ。
「わかりました」
キラキラした目で遥祈を見て、鈴音は力強く頷く。
「にゃあ」
この屋敷では聞き慣れない鳴き声に遥祈は少し驚き、その方を見る。
白い猫、と認識すると同時に、隣の鈴音が声をあげる。
「あ、キティ」
立ち上がり、白いその猫を鈴音は抱き上げた。
「……キティ?」
その名前を口にして、懐かしさが喚起するのを遥祈は感じていた。
「飼わせてもらうことになったんです。キティって名前にしました」
鈴音の笑顔に、同じように笑うミツバシラの鈴音が重なる。
「意味もわからないけど、突然浮かんできたんだって」
ルイが、猫と戯れる鈴音を見ながら、遥祈に言う。それだけだが、ルイの言わんとするところは十分に理解できた。
「…………そう」
この子の中の何処かに、自分達の探す"鈴音"がいる。分かっていたことだが、今ほどに強く感じたのは初めてだ。
キティ、というのは、昔ミツバシラで、四人でこっそり飼っていた猫の名前だ。同じように白い猫で、当時お気に入りだったキャラクターからもらうのだと、鈴音が嬉しそうに付けた名だ。
「キティ、ね」
「はいっ」
鈴音が、キティを抱いて遥祈の隣に座り近付けてくれる。遥祈が頭を撫でると、にゃあと一声鳴く。水色と黄色のオッドアイが遥祈を興味深げに見つめている。両の目が水色だったならば、良く似ていたのだろうと思う。
「これからは鈴音とお揃いのリボンも用意しなくちゃね」
そういうと、鈴音は困ったように笑った。