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的外れに放たれた悪意




これほど、朝食が早く終わってほしいと願った事はない。


「まさかこんなに二人が仲良くなるとは思いませんでしたな」

蓮の父、鶴神の当主が満足そうに笑うと、ルイの父、シャルレの当主も笑った。

「同感です。今までどんな見合いも上手くいかず、もはや生涯結婚する気がないのかとも疑っていたくらいですから」

「こちらもですのよ。本当にもう理想の高い子で」

と、鶴神夫人。

親達は、お互いの仕事の話が上手くいき、その上娘息子の身が漸く固まりそうだということで、頗る上機嫌らしい。

本人達と言えば、親達にはわからない表面だけの笑みを浮かべて嬉しそうにしている振りである。

昨日蓮にすぐに見破られて、実は少々衝撃を受けてたルイは、いつにもまして愛想笑いに気を使っているのであるが、どうにも顔が引き攣りそうな思いだった。


仲が良いのは振りだとばれぬ様に、しなければならないことは腐るほどあった。ただ仲が良いのではなく、婚約をしたという仲なのだからそれなりのそぶりは必要なのだ。心にもない言葉を言わなければならないし、始終、向こうも内心では要らぬお世話であろう気使いを、せねばならない。夫人達の、お互いのどんな所が気に入ったのか、というお決まりの質問にも答えなければなかった。

蓮の方も演技が上手いとは言えど、楽々とはいかないらしく、二人きりになった時は互いにため息をついたものだ。

一番大変なのは食事時だ。面と向かっているから数瞬たりとも気は抜けないし、さらに質問の雨をくぐり抜け、会話を弾ませなければならない。昨夜の晩餐は、それはそれは疲れた。


そしてこの朝食である。

また朝から父親達の機嫌がうんざりするくらいに良くて、必然的に会話の多い食事となるからまた非常に労を要する。向かいに座る蓮も、心なしか笑顔に疲れが微弱ながら出ている気がする。けれどこれが終われば、ルイはやっと帰れることになっていたので、もう少しの我慢である。


「それは昨日もお話しましたでしょう、お母様。ルイ様は博識でいらっしゃるし…―」

「失礼致します!」

鶴神夫人の質問に蓮が答えている最中に、慌ただしく入ってきたのはルイが知らない若い男。

「どうした失礼だぞ」

鶴神当主が言って、鶴神家で働く者なのだとわかる。

「申し訳ございません、しかしお早めにお目通しをと思いまして」

落ち着きのないその若い男は、何故か、蓮とルイの方をちらちらと見ながら、一通の手紙を渡した。

封は既にとれている。

「こちらは構いませんぞ。差し支えなければどうぞこの場でお目通しになっても」

ルイの父がそう言えば、当主は頷いた。

「有り難い。……差出人の名はないのか?」

中から取り出す前に、封筒の裏と表を確認して部下を見る。

「匿名です。それで私がお目通し前に開けました」

商いの長である以上、その元には重要な手紙以外にも、様々な要らぬ手紙が届く。全ていちいち目を通す前に、重要でなさそうなものは予め選り分けておくのだろう。

ルイの場合は坂下がやっている仕事だ。


部下の硬い表情に、自分も表情を硬くして、鶴神当主は、ゆっくりと中から一枚きりの折り畳まれた便箋を取り出して開く。

ミツバシラの様には製紙の技術が発展していないため、後ろから文字が透ける事はない。内容がどの程度のものか窺い知ることは出来ないのだが、そこに書かれている言葉はさほど多くなかったらしい。

何故ならば、それを開いて数秒も立たないうちに、鶴神当主は眉を思いきり歪めたから。

そして、ゆっくりとルイを見たからだ。

まさに苦虫をかみつぶした顔というのが正しい。

「……何か?」

一瞬、蓮とのことがばれたのかと思ったが、第三者がそれを知るはずはない。蓮もきょとんとしている(演技かもしれないが)ので、その心配はないはずだ。

しかし他にルイにとって、この鶴神当主に対して何の疚しい覚えはない。

この様に睨まれるような覚えは。

「……これを読んでいただきたい」

重苦しくそう言って、封筒ごと部下に渡し、ルイへと運ばせる。

受け取ると、当然ながら手書きの文字で、ほんの数行。それに一瞬で目を通して、頭で理解すると、ルイは思わず顔を引き攣らせた。



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