表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/84

あなたはわたしで







くるくると、私は一人でダンスを練習している。相手は誰かもわからない透明な人だ。

くるくるくるくる、止まらなくなる。不意に手を離され、よろけ、床に倒れた。



辺りを見回す。


これは、夢。


だって、こんな世界知らない。



──タンッ、タンッ、タンッ──。

規則正しい、何かが弾む音。

振り返ると、見たこともない変わった服を身に纏った、肩ぐらいまで伸びた、毛先のくるくるとした、黒い髪の女の子の、後ろ姿。日の光が髪に射して、茶の色を発している。純粋な黒色ではなく、茶色がかかっているのだと、思う。

その子は、茶色に黒い線が模様になって入っている大きな球を、片手で地に叩きつけて、その球は面白いくらいに跳ね上がって、またその子の手に戻る。


それをまた叩きつけて。

その、繰り返し。


規則的な音は、それが生み出していた。

地面は平らで、クリーム色の固い土が覆っている。


その子は不意に、滑らかな動作でその球を両手に持って、しなやかに腕を上に、伸ばす。球は、その手から離れて、カーブを描いて飛んでいく。

宙に浮いた、黒い縁取りの白い板に、小さな四角が描かれていて、その前に、奇妙な網籠がついている。球はそれに向かっていって、その網籠に、すぽりと入った。けれどその網籠には底が無くて、するりと球は通り抜けて、地面に、落ちた。


何度か弾んで、転がる。


こちらへ、転がってくる。



私はしゃがんで、それをとる。

表面が細かい細かいつぶに覆われて、変な感触。到底片手では持てなくて、両手に抱えたそれは、軽快に弾んでいた印象とは裏腹、結構重い。



「バスケットボールっていうの」

顔を上げると、女の子が、こちらを向いていた。知らないけど、見慣れている気がする、顔。多分、私と同じくらいの歳だ。


「…………バスケットボール?」

聞き慣れない、単語。


「忘れちゃったもんね」


忘れた?

ううん、その前に、この声は。


「前にも夢に出てきたのは、あなた?」


泣いていた声。


私を責めた声。


「……そうだとも言えないし、違うとも言えないかな」


意味がわからない。


「何をしてるの?」


更に意味のわからないことを聞かれる。


「なにって?」

「いつまで忘れているの?」


それは、こっちが、聞きたい。


そう、訴えようとして、言葉が出なくなる。



本当は、逃げてるだけなのだと。

心の何処かでわかっていたことに、気が付く。


「でも、」


今日、決めたのだ、思い出すと。


けれど。


顔を上げたら、優しい顔があった。

笑ってはいないのに、酷く優しげな顔が。


「恐いね」


そう、思い出すことが、とても、恐い。


「恐いよ、とっても。自分を守るために必要だったんだもの」


私の言葉を、言い訳を。


「あの人達の側が、暖かくて、心地よくて」


ずるずると、思い出さずにこのまま時が過ぎれば良いのにと、きっと私は、願っていた。

優しさに慣れて、もう、一人では立てなくなってしまいそうなくらいに。


「ずっと一緒にいたいと思ったの」



笑う声がして、顔を上げた。


笑った声が確かに聞こえたのに、その子は、何もなかった様な無表情。



今、気付いた。

この子は、とても優しげなのに、一度も微笑まない。


「当然だよ。居心地が良いんだから」


「え?」



「あそこが居心地が良いのは、当然。"るい"の居る場所だから」


愛おしむように目を細めて、少女はその名を口にした。


ルイ、さんが?



わからない。





「……あなたは、だれ?」



「"すずね"」


「え……?」



それは、私の名前だ。

言う前に、少女が光に掻き消された。目を開けていられないくらいに、眩しくなる。


















目を再び開けると、窓からの光が更に射し込んで顔に当たっていた。眩しいと思ったのはこれだったのかと考え、起き上がる。

「…………?」

何かの夢を見ていた気がしたが、綺麗に忘れていた。




『鈴音』


不意に思い出したのは、ルイさんが私を呼ぶ声。思い出した瞬間、息が詰まった気がして、慌てて吐き出す。


今日帰ってくると言っていた。


早く会いたい、と、そう思った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ