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踊れそうですか




「私が思うに、鈴音さんは貴族のご令嬢だと思います」

レミングラスのハーブティーを一口飲んだ後、坂下さんがいう。

因みにお茶請けも要さんが所望したのだが、夕飯後で寝る前だからと却下されてしまった。

「確かにな」

坂下さんの意見に要さんも同意する。

「鈴音さんが最初に身につけていた服は、破れてはいましたが一級品でしたし、目は見えていなくても行儀やマナーも上流階級のものです」

行儀やマナーについて褒められ照れた後に、よく聞くべきはそこではないと我に返る。

「あの、破れていた、というのは?」

確かに襲われていたところを要さんに助けられたと言っていたが、服が破れていたというのは初耳だった。

私の問いに坂下さんは無言で、どうやら要さんに説明を促しているようだ。要さんもどこか言いづらそうにしていたが、やがて口を開く。

「無住人街って、かなり物騒なところがあるんだ。そこで、質の悪そうなやつに襲われかけてた。破ったのはそいつだと思う」

襲われる、という意味をあえて深く考えないことにする。ぼこぼこにする、ではないのだろう。

と、ここで、妙な既視感を覚えた。ぼこぼこにする、という意味でないと、教えてくれた人がいた気がする。

「何故そんなところにいたのでしょうね」

坂下さんの疑問にはっと我に返る。

「……両手が縛られてたし、足も縛られてたような跡があった」

要さんは苦虫を噛み潰したように言う。

「どこかに拘束されていた、ということでしょうか」

坂下さんがお茶を一口飲み言ったのを見て、私もお茶を一口飲む。

「足だけ解けてたってことは、多分、そこから逃げてきたんじゃねーか?」

「逃げてきて無住人街に迷い込み、運悪く暴漢に襲われたと」

私の頭は二人の進む考察についていくのがやっとである。

「壮絶ですね……」

思わず呟くと、同時に二人がこちらを見た。

「お前のんきだな」

「あなたのことですよ」

慌てて謝る。真剣に考えてもらって申し訳ないが、他人事のように感じてしまうのだ。

「貴族のご令嬢が拘束されるっていうのは……?」

どんな状況だろうと首を傾げる私だったが、難しいクイズではなかったらしい。

「誘拐だろうな」

「ええ」

要さんが答え、坂下さんが同意する。

「貴族のご令嬢で、何らかの目的で誘拐され、そこから逃げてきたは良いものの、逃げる途中で暴漢に襲われ、そこを要さんに助けられた。と、ここまでは恐らく、若旦那も察しているところだと思います」

坂下さんが整理してくれたが、ルイさんも察しているということについては、頭のいい人なのだなと思う。というより、私の理解しやすいように順を追って話をしていってくれたのだろう。

「何故、目が見えないのでしょうか」

「俺がお前から聞いたところによると、事故があって一時的に、って言ってた」

そういえば、最初にもそれは聞かされた気がする。ここへ来てから二週間と少し経ち、確かに当初よりは若干改善しているような気がしなくもない。けれど、慣れただけといえばその通りとも言えるほどに僅かなものだ。

「事故……」

何があったのかはわからないが、本当に良くなるのだろうかと不安がよぎる。

「こめかみのところに傷がありますね。それはここへ運ばれたときに既に治りかけていました。傷口も綺麗ですし、的確に手当てされたのでしょう。思うに、誘拐される前に、何かしらの事故にあったということではないでしょうか。医者に見てもらい、一時的なものだと言われていたのでは?」

「なるほど……」

すらすらと話す坂下さんは、まるで物語に出てくる探偵のようだ。

「鈴音さんは、自分のことを何歳だと思われますか」

突然話が代わった上に話を振られ、少し狼狽えるが、考える。

「十……四か、五、でしょうか」

この国は十六才で成人と見なされる。おそらく成人はしていないと思うのだが、自信はない。

「貴族のご令嬢が成人する時の、通過儀礼といいますか、登竜門と言いますか、避けては通れないもの、なにかご存じですか」

坂下さんは言葉を様々に言い換え、分かりやすく質問をしてくれた。お陰でするりと答えが出てくる。

「ダンスパーティー、ですよね」

「更に詳しいことについては?」

坂下さんの重ねる質問に、私は、口を開く。

「パーティーまでに、全てのダンスの種類を覚えて踊れるようにしなければいけません。それを、色んな他の貴族の人が見に来て、結婚相手を見つけたり、お見合いの参考にしたりします」

質問されるまで全く意識にのぼらなかった知識が、一番上の引き出しが開いたかのように、当然のように浮かんでくる。

「げ、何だよそれ」

私の話に要さんが声を上げるが、坂下さんは意に介さず立ち上がった。

「もし鈴音さんが貴族のご令嬢で、十四五ならば、ダンスを習得中であった可能性がとても大きいです」

部屋の隅に歩いていき、恐らく背を向けて何かをしている。数秒の後、音楽が流れた。

「これは、マイナーですが簡単なので、貴族のご令嬢がダンスパーティーに向けてまず習得すると言われる曲です」

坂下さんが、手を差し伸べる。

「踊れそうですか」


知っている。

私は頷くが、その手をとるのを躊躇った。

「足を踏んでしまっても構いませんよ、目が見えないのだから仕方ありません」

「有難うございます」

意を決してその手を取ろうとするが、すかしてしまった。恥ずかしいと思う間もなく、坂下さんは私の手をとり、立ち上がらせ、腰に手を添える。

「……いきますよ、3、2、1」





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