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三度目の誓い




この腕にあった鈴音の温もりが消え、不快な感覚に五感が支配された。

それが終わると、瑠依は、自分の手が空を掴んでいることを認識して、またなのか、と絶望感に呻き声をもらす。行き場のなくなったその手を握り締め、目の前に在った机に叩きつけた。

三度目の正直、とはいかなかった。








初めてあの男、赤塚が現われたのは、高校二年になる前の春休みだった。いつもの4人で買い物に出かけ、人で賑わうショッピングモールを歩いているその最中、急にモノクロの歪んだ世界に放り込まれた。体の自由が奪われ、瑠依達にはなすすべもないまま、赤塚の手に鈴音は崩れ落ちた。

「ゲームを始めよう」


唐突に始まったゲームのルールは、至極簡潔に、むしろ圧倒的に説明が不足したもので、それでもすぐに身をもって知ることになった。


世界は、自分達が今生きているところだけではないらしい。次元だか別の惑星だか、そういった物理学的な事は知らないし、瑠依には興味もない。とにかく、無数の別の世界が存在するのは確かのようだった。

すべてが夢でないのなら、だが。

いっそそのほうがどれだけ楽か知れないが、遥祈や要も共通に認識を持っている時点でそれは叶わない。

その無数にある他の世界の一つに、瑠依達四人を飛ばす、と、赤塚は言った。

そしてその世界に存在している、自分であって自分でない、その世界での自分に成り代わるのだ、と。

正確には、成り代わる、というよりも同一化する、といった方が正しい感覚だった。

例えるならば、実体験のロールプレイングゲーム。

別の世界に、自分に似た存在がもともと居るものなのか、ゲームの為に存在を作られただけなのかは、わからない。そもそもこの別の世界すら作られたもの、という可能性すら瑠依はあると考えている。

しかし、なにが真実なのかなど現段階では知りようがないし、何から何まで非科学的で追求など不可能だ。


わかっているのは、瑠依達に残された道はゲームをクリアすることだけ、ということである。


飛ばされた先の世界における、鈴音である存在を探しだし、元の世界での記憶を呼び覚ますこと。


それが、クリア条件だった。



他の世界へは、四人とも別々の場所に飛ばされる。自分であって自分でない存在として、その世界の人間として振る舞いながら、瑠依、要、遥祈の三人は、まずお互いを探し出し、そして鈴音を探す。それが一番の近道であることを3人は既に学んでいた。



瑠依達にとって、今回のゲームは三回目。

それだけあって、随分と落ち着いてものを考えることが出来たし、取るべき行動もわかってきていた。




まず瑠依は、今自分を取り巻く環境について一人、頭の中で反芻する。


この世界に元々存在する"瑠依"と意識は同一化しているため、既に脳内にある当たり前の事実を意識に上げてこればよく、とても容易いことだ。


今、瑠依は、ルイ・シャルレという人物である。

24歳で、貿易商の次期当主。

今いる部屋は、本家とは離れた所に位置する、ルイの仕事用の別宅の書斎である。


更に情報を整理していく。

この世界は、元の世界と同じで、科学が通用する。

敢えて確認をしたのは、今までの二回のゲームで飛ばされた世界は、魔法のような非科学的なものが当たり前に存在した世界であったからだ。

科学が通用する、とは言っても、こちらは元の世界のそれよりやや遅れており、文化として近いのは近代のヨーロッパといったところだろう。また、ルイのいるこの国は、王族がいて、貴族がいる。階級制度があり、貧富の差は大きい。


元の世界と大きく違うのは、人種、言語の差がないことである。その昔は存在したのだが、淘汰ではなく、自然な流れで混ざりあったという歴史的知識がある。その名残が、名前に残っていて、例えば、ルイ・シャルレは、元の世界でいう、フランス語に近い由来の名前だ。そして同じ国内には、日本語に近い名も在れば英語に近い名も在る。

言語は、英語ではないがそれに近いものが世界的に共通語となっている。

今のルイには、その言語を話すことが出来るし、また、元の世界の、日本語、も、話すことが出来る。


二つの世界の言語が異なり、それぞれ使えるというのは、今までのゲームの世界でも同じだった。これが至極便利なもので、瑠依、要、遥祈の三人が、お互いを確認する決定打となってくれる。



それほど不自由のなさそうな世界であることを確認して、瑠依は、より身近な情報の整理をする。


その日の仕事の予定を改めて確認するような、それくらい容易く出来る作業だ。


この世界での瑠依、つまり、ルイ・シャルレの交友関係、仕事上の関係などを確認し終えたところで、手掛かりを既に持っていることを認識した瑠依は、一人笑みを浮かべた。


シャルレ家が懇意にしている貴族の次期当主の妻で、ルイの友人に、天宮遥祈、という人物がいる。


名前は一致しているし、『ルイ』のよく知る天宮遥祈の人格は、『瑠依』のよく知る元の世界の蓮川遥祈のそれと非常に似ている。

既に結婚して人妻になっている、という事実が、元の世界での遥祈のことを考えるとそぐわないが、この世界のこの国では、男女同権という価値観がない。特に貴族の家柄の娘ならば、家の利益のために結婚をし、そして子を生むために、その人生がある。

歳は確か27だったはずで、ならばむしろ、結婚していない方がおかしいというのが、ここでの常識だった。




改めて瑠依は、周りを見回す。


書斎の応接用ソファに座っている。


ちょうど、天宮家への済ませるべき事務的な連絡事項があり、その前に一休憩を入れていたところだったと、認識する。


とても都合がいい。



こうした情報の整理を一瞬で終えた瑠依は、ルイとして立ち上がる。


書斎机の上に乗る通信機を使うべく部屋を歩く途中、壁にかけてある鏡の前で立ち止まった。

茶がかかった黒髪に鳶色の瞳。顔付きは西洋人だが、どこか瑠依の面影がある。



今回も、ちゃんと自分は鈴音を見つけだすことが出来るのだろうか。


そして鈴音は、自分のことを思い出してくれるのだろうか。


浮かぶ不安を押しやって、ルイは堅く目を瞑った。






必ず。



そう、これは誓いだ。




例え、この身がどうなろうとも。





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