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"でんわ"越しの声




「あちらの通信機です」

坂下さんの言った通り呼び出しはルイさんからで、要さんに替わってほしいとのだそうだ。

ルイさんの書斎に通されて、机の上に乗っている、通信機であるのだろう黒い物体を示された。要さんが、私の手を引いてそのまま歩み寄り、受信機をとる。

「もしもしお電話かわりましたー」

おでんわ、と、また聞き慣れない単語だ。三人はたまに謎の単語を口にする。親しい友人同士だけに通じる隠語なのだろう。

「はいはい、大丈夫、顔色も悪くない。……まぁ、そこは変わらずだな……。まぁ、色々俺の武勇伝をだな……何だよ、冗談だっつーの!」

仲睦まじげに、楽しそうに話をしている。

「で、何だ?…………は?まじで?今日俺、夜仕事が入ってんだけど」

要さんの声が、少し低くなる。

「…………遥稀は?……仕方ねぇな、いい、俺がいる。……仕事っつってもたいしたもんじゃねーし。お前はせいぜいしっかり働いとけ」

類推するに、ルイさんが今晩帰ってこれなくなったのだろう。坂下さんの言わんとしていたのは、このことだったのだ。

不意に要さんが、ルイさんと話しながら私に目線を合わせるように腰をかがめた。

「へいへい、わかってますよっと。あ、待て切るな、鈴音に替わるぞ」

「へ?!!」

不意打ちに、大声を上げてしまい、ルイさんに聞かれたのではと慌てて口を押さえる。

「は、でも、へ、でもねーだろ。いいか、替わるからな。ほい、鈴音」

「え、そ、そんな急にっ」

要さんは向こうのルイさんに言い放った後、受信機をしっかりと私に持たせてしまった。明らかに楽しんでいるようだ。要さんの意図がよくわからないまま、受信機を耳に当てる。

「……か、替わりました……」

『……鈴音?』

雑音の中から、けれどしっかりとルイさんの声が聞こえる。

「は、はい、鈴音です」

『……ごめんね。仕事がなかなか厄介そうで。今日中に帰れそうにないんだ』

「い、いえいえ、そんな謝られるような事はございませんっ……大変ですね、頑張って、下さい」

微かに、ルイさんが笑ったのがわかる。

『有難う』

穏やかで、嬉しそうな声を聞いて、何故か、よくわからないところに痛みが走った。

これはなんだろう。


『昼食と夕食も要とだけど二人で食べてくれる?』

「あ、は、はい。どうも有難うございます」

『何かあったら坂下に、何でも言い付けていいから』

「すみません」

『明日には帰れると思うから』

「はい、お待ちしてます」

『……うん』

とても嬉しそうな返事に、くすぐったくなる。

『……じゃあごめん、坂下に変わってくれるかな』

「わかりました。……坂下さん、ルイさんが」

受信機を渡すと、坂下さんが耳を近付ける。坂下さんが応答するより先に、何かを短く言うのが聞こえ、そして、ぶつりと切れた。

「……」

坂下さんは何も言わずに受信機を定位置に戻してから、はははは、と朗らかに笑う。

「若旦那に怒られちゃいました」

「え?……ええっ!?」

口調と内容が一致していない。

おいおい、と要さんが続ける。

「大丈夫なのか、ルイ怒らせて」

「どうでしょうねぇ……後で覚えとけ、って言われましたからね」

また、ははは、と、笑う。

「……ただもんじゃねーな……」

要さんがぼそっと呟く。

「……一体、何を?」

そういう事を言うルイさんがまず想像しにくいが、本当ならば相当な怒りなのだろう。今晩帰れなくなったのを電話が来るより先に知っていたことといい、坂下さんは何か企んでいるようだ。

「若旦那を見合いさせる計画に加担したんですよ」

「うわ……」

要さんが呻く。

そんなにまずい事でもあるのだろうか。

「そういえば、恋人とかいらっしゃらないんですか?」

聞いてみると、微妙な沈黙が起こる。変な質問だっただろうかと思い返そうとしたところで坂下さんが言う。

「……いませんよ、旦那や奥様、私達部下、使用人一同が心配するくらいに」

「そうなんですか」

結婚や恋愛にあまり関心がない、ということだろうか。ルイさんほどの人なら、相手には困らないはずだ。

「大丈夫だ。男に興味があるとかそういう訳じゃねーから」

突飛な説を力強く保証する要さんに、坂下さんが深く溜め息をつく。

「それを聞いて安心しましたよ」

多少は本気で疑っていたかのような安堵の仕方だ。

「で、ルイはまんまと嵌まった訳だな?」

「ええおそらく。珍しいですけどね。今までは、見合いの前に気付かれて逃げられちゃってたんで」

要さんが笑う。

「らしくねーなぁ。ん?でも、貴族の見合いってそんな時間かかるのか?」

「いえ、きっと旦那は明日も一緒に過ごさせて仲を確実なものにしようとしているんでしょうね。だから若旦那に仕事の為に明日まで居ろと命じた」

かなりの強行手段に聞こえるが、そういうやり方は普通なのだろうか。

「そんなに良い相手なのか?」

「貴族ですからね。しかも東部の。今年十六になるご令嬢だとか。現在シャルレは東への勢力拡大を目指してるんです」

「ふーん」

貴族を相手に手広く商売をするシャルレ家にとってはまたとない相手ということになる。貴族とのお見合いをセッティングした以上、ボイコットは何としてでも避けたいのだろう。

「鶴神、という貴族ですが、ご存知ですか?」

「いや、東の貴族まではさすがに知らねーな」

要さんが首を振り、何かを想像したようにぷっと吹き出した。

「帰って来たときがこえーな、大丈夫か?」

「ストレスの矛先は永田に任せます」

思わず、ルイさんに付き添っていった大柄のはずの永田さんが、ルイさんを前に、小さくなっているのを想像してしまった。







「少ないですね……」

でしょう、と坂下さんは言う。

「若旦那がああいう人だから、不自由はしていませんけれどね」

「ああいう人、ねぇ」

確かに、と要さんが呟く。


ルイさんのお見合いの話の後も、お茶飲みは続いた。話題は当然の様にルイさんに関係することになり、それの流れでわかったことが、この屋敷に住んでいるのは5人しかいない、ということだったのである。

「あの、その5人って?」

「若旦那と、私と永田、コックと、家の雑事全般担当の使用人が一人、です」

把握はしていないがかなり大きな屋敷だ。それなのに五人はいくらなんでも少な過ぎる。

「もったいねーな、だからあんなに空き部屋があんのか」

ええ、大半の部屋が使われていません」

坂下さんは苦笑する。

そこで、ふと気がつく。

「あれ?でも、ルイさんのご家族は……?」

ルイさんが、若旦那、なのだから、少なくとも、旦那様、は、いるはずだ。私の問いに、坂下さんはますます苦笑した。

「いらっしゃいますよ。ただし、旦那は三年前から新しく出来た別宅に。若旦那のご姉妹は皆結婚してシャルレの家を出ています」

「別宅?」

また贅沢だな、と要さんがぼやく。確かに、こんな立派な屋敷が既にあるのに、空き部屋だらけにした上で別宅というのは贅沢だ。

「まぁ色々と事情はありましてね。三年前に旦那が別宅に移ってから、元々この屋敷にいた殆どの使用人や部下はそちらに移ってしまったんです。それで、今残っているのは、若旦那直属の部下の私と永田、生活に最低限困らないような最低人数の使用人だけ、という訳です」

「どうしてルイさんだけここに残っているんですか?」

親子仲が悪いのだろうか。坂下さんは私の考えを察したらしく、いや、と前置く。

「旦那と仲が悪い訳ではないんです。どっちかというと良い方なんだと思います。今日みたいに若旦那が別宅に赴いて旦那と一緒に仕事をなさるのも珍しいことじゃありません」

坂下さんはそこまで説明し、少し息をついで苦笑いをして言葉を継いだ。

「若旦那がここに残ったのは若旦那の意志です。……それ以上は、さすがに私の口からは言えませんね。直接本人に聞いてください」

何やら色々な事情があるようだ。

「……母親は?」

要さんが、短く聞くと、坂下さんは少し沈黙し、やがて言った。

「……亡くなりました。若旦那が小さい頃に」

その言葉に、なにかが、胸の奥で引っ掛かった。

「…………?……」

急に痛みだした胸に、自分でも訳がわからず、首を傾げる。

「……つくづく縁がねぇんだな」

小さく呟かれた要さんの言葉の意味は、よくわからなかった。






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