目覚めを待つ
ただ何とは無しに、ベッドの傍らの椅子に座り、未だ熱の下がらない鈴音を見つめていた。不意に背後に現れた気配に、ルイはゆっくりと首だけ傾けてそちらを見遣る。
「無事に会えたわね」
深紅の髪と深青の瞳を持つ女は、近付いて鈴音を覗き込む。
「……無事かどうかはわからないけど」
要に助けられるまで、この少女がどのような経緯を辿っていたのか、自分は何も知らない。そんなルイを見透かすようにグレイスはふっと笑う。
「無事よ。怪我をして熱を出しているだけ」
そう言った後、あ、と声を上げてくすくすと笑いながら言う。
「婚約も結婚もしていないし」
「……そういうどうでもいい情報は簡単に教えてくれるんだ」
グレイスは、あらぁ、と一層笑い声を大きくした。
「確かに、世界にとっては塵より小さな、どうでもいい事だけど。瑠依君にとってはかなり大切な情報だと思わない?」
「さぁ、どうかな」
肩を竦めてみせると、グレイスはふふっと笑って、急に真剣な面差しになった。
「これからは、誰もこの世界の未来を知らないわ」
鈴音にまた視線を落としながら、小さく告げられた言葉。
「どういう意味?」
眉を潜めて問うと、グレイスはじっとルイを見つめ返す。
ややあって、急に張り詰めた空気を弛緩させて、微笑んだ。
「まだ大丈夫だと思うけど、気をつけてね。って意味よ」
ふざけるような口調に戻っている。
「……それ、すごい意訳だね」
「うふっ、でしょぉ?」
その時前触れなく扉が開き、その主が間の抜けた呆けた声を上げた。
「あ」
振り返って確認するまでもなく、要だ。
「あら要君、こんにちは」
「こ、コンニチワ」
意味なくされた挨拶に、要はぎこちなく返事をする。グレイスは満足気に笑い、鈴音のベッドから一歩離れた。
「今日はもう時間だわ。じゃあまたね、二人とも」
「げっ、またっ……?」
すこぶる正直な反応をした要に、グレイスはつかつかと歩み寄って、人差し指で要の顎を、つ、と撫でた。うふふ、と優雅なのに何か威圧を感じる笑みを浮かべる。
「げっ、て、なぁに?また?、って、なぁに、要君?アタシそんなに嫌われちゃったかしらん?」
「い、いえいえ、何でもないです、滅相もありませんっ……」
要の頬を冷や汗が伝う。グレイスは少し沈黙して、そ?とまた満足そうに笑って、そのまま消えた。
「……うへぇ……」
要はそのまま壁にもたれてうめき声を上げた。
「まさしく神の怒りに触れたね」
ルイが笑うと、要はげっそりと呟いた。
「遥稀より怖ぇ」