表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/84

方向を固める





ベッドの傍らの椅子に腰掛けて、遥祈は鈴音を見つめる。

昨日シャルレの屋敷に運ばれてから、鈴音は熱で寝込んだまま、目を覚まさない。



昨日の、朝というにもまだ早過ぎる時間帯に、遥祈は連絡を受けた。ルイの元には女の部下や下働きが殆どいなかった為、天宮の家で働く若い娘達数人を伴って、シャルレの屋敷に駆け付けたのだ。既に医者が処置をしているところだった。

見つけて早々に要が外したらしいが、まだ手首には痛々しい跡が残っていたし、足首にもそれらしいものがあった。どこかで捻ったのか、片方の足首は真っ赤に腫れていた。世話係の娘に手伝わせて、鈴音を着替えさせた時に、腹に殴られたような跡もあるのを見つけた。よく見れば、治りかけてはいるが手足に無数の小さな切り傷があるし、髪で隠れているものの、こめかみには一際大きな傷もある。


その上、要の話では、襲われかけていた上、目がよく見えないと言っていたとのことだ。

いたたまれなくなって、遥祈は鈴音から目を逸らす。


ゲームと言うには、重過ぎる。


何故。


グレイスと話をしたときから、ずっと考えている問いだ。赤塚に直接問いたださない限り、答えは得られないと分かってはいるが、考えずにはいられなかった。


ノックの音がして、返事をすると、ルイと要が入って来た。

「鈴音の様子はどう?」

ルイが開口一番にそう聞く。

「相変わらず。熱が下がらないわ」

「そっか……」

ふと、何も言わない要を見やると、釈然としない顔がある。それもそのはず、今まで遥祈とグレイスの話の概略を、ルイから聞かされていたのだ。グレイスと話をしたのは半月ほど前の事だが、要には今までゆっくり話をする時間がなかったのである。

わざと尋ねてみる。

「要、どうしたの?」

「どうしたもこうしたも……」

要は頭を掻きながら、部屋の隅に置いてあるソファに腰を降ろした。

「わかんねーことばっかりだろ。まだ整理が出来てない」

至極尤もな意見だ。

遥祈だって、整理がつかずにいる。

要はソファの前のテーブルの上に置いてあったグラスに、水差しの水を注いだ。

一気に飲み干して些か乱暴にテーブルに置く。

「とりあえず、あんまり派手な行動をせずにゲームを進めろって事でいいんだな?」

ひどく端的な結論だが、間違ってはいない。

「そう、表向きには、あくまで、要がたまたま鈴音を助けて、たまたま知り合いだったルイ・シャルレに預け、たまたまその知人の天宮遥祈に世話を頼んだ。っていう体裁」

「……だから」

ルイが要の隣に腰を降ろしながらおもむろに口を開く。

「もし、鈴音の記憶がすぐに元に戻らなくて、家に帰りたいと言ったら、それを無理に引き留める事は出来ないね」

「ただの誘拐犯になっちまうもんなぁ」

要がぼやく。

「だから宜しくね、要」

久し振りににっこり笑って言われたルイの言葉に、要は警戒心を覗かせる。

「……何が?」

「誘拐犯の役」

「はあ?!何だそれ?!」

「だから、要が誘拐犯のふりして鈴音を引き留めるんだよ」

「何で俺が」

「俺は次期当主だし遥稀は貴族の奥方様だし、要君は違法の運び屋だし」

「ぬぅ……」

「まぁ鈴音に嫌われちゃうだろうけどこれも全部鈴音の為だよ。頑張って」

「う……」

要の口からうめき声しか出なくなったところで、遥祈は黒いものを滲み出す満面の笑みのルイに言う。

「瑠依、そのくらいにしときなさい」

ルイが少しつまらなさそうに遥稀を見た。

「いつもより止めるの早くない?」

「整理出来ない情報詰め込んだ後に訳のわからないこと言うと、さすがにパンクするかと思って」

要は二人の会話に呆ける。

「…………は?」

ルイは残念そうな笑みを要に向ける。

「要、今の冗談だよ」

「…………あのな……」

要は脱力してルイを睨みつけた。ルイは笑みを浮かべたままそれに応える。

「ごめんごめん、冗談だって要ならすぐにわかると思ったんだ。まさか本気にされるとは思ってなかった」

「…………」

無言でそっぽを向く要。ルイは、要同様、まだ使われていないグラスに水を注ぎながら、何事もなかったように話を再開する。

「要に頼みたいのは鈴音の素性の調査。ここに引き留めておけるように手を打っておく必要があるから」

要が何だか嫌そうにルイをちらりと見た。

「手を打つって、例えば?」

「中産階級以下なら養子縁組でも何でもここに引き留める術はある。貴族ならその家と友好関係を結んでおかないと」

「……怖えー……」

「ルイ・シャルレはそういう人間なんだ」

さも、瑠依の方は、そんな蜘蛛の糸を張り巡らすような事はしないと言わんばかりだ。異を唱えるべく、要は口を開きかけたようだが、そこから言葉が生まれることは結局なかった。

考え直して止めたらしい。

賢明な判断だと遥祈は思う。

妙な沈黙が生まれたところで、遥祈は元々胸の内にあった懸念を思い出した。

「……心配な事が一つあるの」

ルイと要が同時に遥祈を見た。

「今の鈴音の歳、見たところ、だいたい十五、六でしょ?」

まだ幼さが残るものの、今は三人の内で一番年下の要とそう変わらない。

「もし、貴族で成人してるなら、婚約している可能性が非常に大きいわ」

「……ああ、貴族女の結婚は成人と共に、とか何とか。あれって本当だったのか」

ませてんなー、と要は呑気にミツバシラでの常識で物を言う。

「…………別に、それならそれでも、友好関係を結ぶことに問題はないよ」

そう言ったルイを、要は面白そうに見た。

「おー、ご立派な意見」

無表情のまま、明らかにからかいを含んだ要の言葉に何の反応もしないルイ。それをにやにやしながら見ていた要は、何かを思い出したように、あ、と声を上げて嫌そうな顔をした。

「相手、赤塚だったりしてな」

途端に、ルイの手にしていた水入りのグラスに、亀裂が走った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ