あなたの
気がつくと、誰かに抱えられていた。かなりの揺れに、私を抱えたままかなりの早さで走っていることに気がついた。
「……要、さん……?」
「気がついたか?もう着くからもう少し我慢してくれ」
どこへ着くのだろうとぼんやりと考えるが、それを言葉に出すことも、自分で考えることも覚束ない。ただ要という親切な青年が、私を雨から庇うように抱きかかえて走っている事だけが認識できた。
要さんは、風邪をひいてしまうのではないかと思うくらいにびしょ濡れになっている。
外灯がある道を通っているようで、少しだけ要さんの顔がわかった。ぼやけた視界でも、綺麗な真っ黒な瞳と、真っ黒な髪。濡れているせいで頬に髪が張り付いていて、少し欝陶しそうだった。
私は無意識に手を伸ばしてその髪の毛を払っていた。
それに気がついた要さんが不思議そうにこちらを見た。
「……風邪、ひいちゃいますよ……?」
かすれた声しか出てこない。私のせいで濡れているのだと思うと申し訳ない。
要さんは私の言葉に、少し笑った。
「……それは、お前だ」
「……え?」
どういう意味だろうと思うが、でもこれ以上考えるのは、麻痺したような頭には無理だった。
「……あいつ、ずっと待ってたのかよ」
それから間もなくだっただろうか、少し微睡んでいた私は、少し可笑しそうな要さんの言葉に目を開ける。少し首を傾けると、進行方向に大きな屋敷があって、門の所に誰かが立っているのが見えた。
きっとあの人もびしょ濡れだと、思った。
ぼーっと見つめていると、その人がこちらに気付いたようで駆け寄って来た。
その人が、手を伸ばせばすぐに手が届く距離まで来て、要さんの足が止まる。その人が私を見ている様だったので、思わず無遠慮に私も見つめてしまった。
「……鈴音」
その人が私の名を呼ぶ。
私はその人を呼ぶ為の名を知らないのに。
自然と、言葉が口をついて出た。
「……ごめんなさい」
貴方の名前が、わからない。
その人が手を伸ばして、要さんに代わり私を抱きかかえる。
「……いいんだ」
まるで私の言葉の意味を理解したみたいに、その人は小さく言った。
そのまま強く強く抱きしめられる。
「……やっと会えた。それだけで、十分だ」
この人の言葉に、理由も分からないのに、ひどく安心した自分がいる。
何故だろう、この人も私も、びしょ濡れなはずなのに。
とても、温かい。