ここに
こんな時間に起きているだろうかと気になったが、まぁいい、起こしてやれと、要は通信音が途絶えて相手が出るのを待つ。中々出ない事に苛立ちながら、横目でちらりと、やっと見つけた少女を見る。
力無く要の肩に頭を置いている少女の体は、燃えるように熱い。
自分が名乗った後、すぐに鈴音は、張り詰めていた糸が切れたように気を失ってしまった。それで要は初めて、鈴音が酷い高熱を出している事に気付いたのだった。慌てて抱き抱えて雨を凌げる場所へ運び、両手を拘束した縄を解くと、短時間の間だけだったとは思えない、痛々しい跡が見えた。足首も酷く腫れあがり、高価なのであろう服も目もあてられないことになっていた。自分の着ていたジャケットを細い身体に着せ、腕に抱き抱えながら、もう片方の手で通信機を手に取る。片腕でもしっかり抱えられる程の、この少女の小ささと脆さに、嘆きたくなる。
今要がすべき一番の策は、ルイの屋敷に運ぶ事だ。そう遠くはないし、そこならば医者も呼べて満足な手当も出来るだろうからだ。すぐにでも向かうべきなのだが、時間が時間なのでルイに連絡を入れておく事は必要だった。こんな時間に門を叩いても、話をルイまで通してもらえる可能性は高くない。ルイに言われてはいても、部下にとってはやはり信用の置けないらしい身の上であることは十分に知っていた。
ルイが出るのを待ちながら、そうしてやっと、この少女の身に起こった事に思考を巡らす余裕が出来る。
どんな経緯を経て、この少女はここにいるのだろう。
頭を巡るのは、どれもこれもが最悪で、それに耐えるために歯を食い縛る。
鈴音の口から紡がれる赤塚という言葉。その響き方から、どうやらかなり近しい関係として位置付いているらしいことがわかった。
ならばこの酷い状況は、何だ?
赤塚が仕組んだものかそれとも、赤塚にとっても不測の自体なのだろうか。
今迄の二度の経験から、赤塚は鈴音にかなり執着をしていることは明らかだった。歪んだ愛情と表現してもそう大きく間違っていないだろう。鈴音を、彼が言うところのゲームの設定上、過酷な状況に追いやりながらも、ギリギリの境界線で、鈴音に危険が及んだときはそれを防いでいた。
だからこそ、どこかで安心はしていたのだ。
元の世界の常識から見て決して安全の保障のない世界でも、致命的な危険が鈴音に及ぶことはないだろうと。
そう、これはゲーム。
プレイヤーの安全は保障される、そのはずだった。
それが、この状況は。
もし、自分が、偶然見つけなければと、考えただけで身震いするほど、ぞっとする。
そんな思考から要を引き上げたのは、通信音の途切れた音。待ち兼ねた相手の応答の声。やっと出た声の主は、しっかりしていて、出るのに遅れたのは寝ていた訳ではないとわかる。
「俺だ。鈴音見つけた」
予想通りに、瞬時に驚きの声が返ってきた。
「落ち着け。急いでるんだ、聞け。医者と遥祈を呼んどけ。俺が今からそっちにすぐ連れてくから。……いや、俺の方が早い」
物分かりの良い幼なじみは、すぐに了承の意を示した。さすがにそれだけでは説明不足過ぎだと思い、付け足す。
「無住人街で襲われてた。大丈夫、未遂だよ。……少なくとも、俺が追い払った奴はな」
言いながら、再び最悪の事を想起してしまい、顔をしかめてしまう。その想像を頭から追い払いたくて、話を変える。
「酷え熱出してんだ。……ああ、だから医者。多分雨の中歩き回ってたんだろうな。とにかく」
鈴音を抱く力に、無意識に力がこもった。
「鈴音はここにいる」