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役に立たぬ警告




「赤っぴはどこで待ってるんだい?それとも君もレッスン受ける?」

「受けません」

先生の軽い提案に、赤塚は即答した。

「なんだ、つれないねっ。つまらないなぁ」

確かに、赤塚が踊っているところは興味ある。先生やカイゼル並に上手そうだ。

「鈴音様のお守りがありますから、とてもダンスに構っていられません」

「おもりって……」

確かに間違ってはいないが、もう少し別の言い方をして欲しかった。


文字など細かいものを見るにまだ支障があるが、日常生活には問題がない。下町へ出かけた日から一週間、そこまで回復してやっとダンスのレッスンを受けるお許しが出た。ただし赤塚が付き添う、という条件付きだ。

昼過ぎに来て、今後の練習について赤塚も交えて先生と話し合った。結果、本来のレッスンより二時間前に来て補習をして貰うことになった。つまりはダンスのステップを私の頭の中に積み込む為の時間。実際に視力が悪くなったことで影響が出るのかどうか、また、私がどれだけ今まで習ったステップを覚えているかどうかチェックする為に、ダンスホールへ向かっている。

「ホールの隅で邪魔にならないように見学させてもらいます」

歳上の見知らぬ男性に免疫のない、女子生徒方の気が散りそうだ。

「そうかい?じゃあ私専用の講師特別椅子を貸してあげよう」

ホールの奥に置いてある、やけに仰々しい椅子が、講師特別椅子などという名称であったことを初めて知る。赤塚は先生の言葉に眉をひそめた。

「……まさか皇帝椅子ではありませんね?」

「さすが赤っぴ、鋭いねっ」

赤塚が目頭を押さえて、呆れたような、疲れたような溜息をついた。

「……皇帝椅子?」

謎の単語に思わず聞き返す。

「アカデミーの頃から私が愛用していた品なんだよっ」

「正確には学長から強奪したんです」

強奪、という物々しい言葉に、赤塚の溜め息の理由がなんとなくわかった気がする。

「昔、ジュリアスは周囲から皇帝と呼ばれていたので、その愛称がそのまま椅子につけられたんです」

「学長椅子から皇帝椅子になってしまった、って事ですか……」

「そういう事です」

相当やんちゃな生徒だったらしい、今では教師になってしまった先生が嬉しそうに笑う。

「学長だったのが皇帝になったのさ。格上げされただろう?椅子も本望さっ」

違う気がする、と思ったが、勿論口には出さない。赤塚がきっぱりと言う。

「その椅子には座らせていただかなくて結構です。普通の椅子がないなら立っていますから」

経緯を知っている者でも、そうでなくても、ダンスホールの片隅にポツンとある派手な椅子に座っていられるほどの猛者はそうそういないだろう。私も話を聞くまでは、一種のインテリアみたいなものだとすら思っていた。

「せっかくの機会なのに勿体ないねっ。まぁ普通の椅子もちゃんとあるから安心したまえっ」

いつの間にかホールの入口の目の前まで来ていて、言いながら先生が豪快に扉を開けた。既に誰かがいるようで、明かりがついている。先生に続いてそのまま入ると、すぐに聞こえた声。

「鈴音っ!!良かった。もう目は大丈夫なの?」

出た、というのが、失礼だが正直な感想だ。カイゼルはにこにこして私の両手をとる。

「まだ完全ではないけどね。鈴音の希望なのさっ」

私の代わりに先生が答えてくれた。

「補習ですか?」

「その通り」

やな予感がするが、驚いたことに外れた。

「そうですか。鈴音、頑張ってね」

「あ……はい、有難う、ございます」

「それでは、僕はこれで。レッスンの時間までには帰ってきますから」

そう言って、カイゼルは去っていった。身構えただけ拍子抜けだった。いつもなら、確実に練習相手になってくれと言うのだが。

理由を考え、はたと思い付く。さては私がいない間にとうとう本命を見つけたに違いない。私で遊ぶのは止めたというわけだ。

希望的観測に私は満足して、一人うんうんと頷いていると、

「彼もわかっているようだねっ」

「……そうですね」

頷き合う先生と赤塚。

何をだろうと首を捻っていると、先生が覗き込んでくる。

「鈴音、一つ言っておくよ」

「?……はい」

珍しく真面目さを帯びた先生の言葉。

「あまり他の生徒を信用しないようにね」

「……え?」

どういう意味だろう。

「皆まだピリピリしているからね。いい?」

事情は全く飲み込めなかったが、念押しをする先生に、私は曖昧に頷いた。







「鈴音様っ……」

ダンスの途中、今にも泣き出しそうな声で、私も先生も動きを止めた。

「……ミーシェ様」

目に涙を溜めたような声で、ミーシェは私の手を握る。

「ごめんなさい、私が頼んだばかりに、鈴音様をこんな酷い目に遭わせてしまって……」

「いいんです、目も治りかけてますし、その時の事も全く覚えてないですし」

ミーシェは少しだけ微笑んでくれた。

「聞きました……本当に何も?」

「はい、練習の途中から既に記憶が途切れているんですよ」

「そうですか……。とにかく鈴音様、申し訳ありませんでした。これからも、あまり無理をなさらないようにしてくださいね。何かお困りの事がありましたら、おっしゃってください。出来るだけ力になります」

ミーシェがぎゅっと、握る手に力を込める。本当に良い子だ、と感動しながら握り返す。小さな柔らかな手が可愛らしい。

「はい、有難うございます。でも本当に、ミーシェ様が気にする事じゃないですから」

「ミーシェ、君は今日は?」

やりとりを聞いていた先生がミーシェに聞く。

「少し用事がありますので、先に荷物だけを置きに来ました。早く済んだら、自主練習するつもりです」

置きに来たついでに少しホールをのぞいてみたと言うことなのだろう。

「用事?」

先生がミーシェを見つめる。

「ええ、この辺りで、人と会う予定が」

なんだか、この二人が見つめ合って微笑んでいると、恋愛物語の本の挿絵を見ている気分だ。と、勝手な妄想を抱き、一人で悦に入る私。

「では鈴音様、また後ほど。失礼します」

ミーシェがぺこりと頭を下げて踵を返す。その背に手をふって、ミーシェの姿が見えなくなった時、ふと、隣にいる先生の様子に違和感を感じた。今しがたミーシェが通った扉を見ているのだが、表情がやけに険しい、気がする。漂わせている雰囲気がひやりとする。そこまで鮮明に表情が見えるわけではないので、何となく、といったレベルの域を出ないが。

少し困惑して、ホールの隅にいる赤塚を見る。するとなんだか赤塚も、緊張した雰囲気を纏わせて、同じく扉の方を見ていた。

「……あの……?」

声をかけてみると、先生は、はっとしたようになり、すぐにこちらへ笑いかける。

「じゃあ鈴音、再開しようか。ほとんど問題はないようだし、一曲通したら新しいのに入ろうか」

先程までの雰囲気は微塵も感じなくなり、ただの気のせいだったのだろうと思い直す。

「はい、頑張りますっ」

とりあえず今は、ステップを覚えることにひたすら徹するすべきだろう。






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