懐かしんだ
現在、私の部屋が面白い状況になっているのだが、その光景を目で見ることが出来ないのが残念だ。
茜、
稚冬兄様、
先生、
杏奈、
赤塚、
私。
まず、元々いた茜。次に兄が、用事終わらせたついでに来てくれた。赤塚は、お世話係を快く引き受けてくれた杏奈を迎えに、ダンスホールのある建物へと出かけており、しばらくして帰って来たかと思うと、予定よりもう一人増えていた。それが先生である。
「レッスンはどうなさったんですか?」
毎日夕方から必ずあるはずなのだが、私の時間感覚が間違っていなければもう始まっている頃。
「今日はね、自主練習にしたのさ」
そんなに簡単に決めていいことなのかどうか、私にはわからない。
「全く、相変わらずいい加減ですね」
やはり好ましいことではないらしく、兄が呆れた声で言う。
「たまには良いじゃないか。私が居なければ好きな様に練習出来るだろう?」
生徒の三分の一くらいは先生目的来ているのだということに、恐らく自覚はないのだろう。
「それに最近皆何だかピリピリしていてねっ。そんな中でレッスンはしたくないからね」
「ぴりぴり?」
何かあったのだろうかと首をかしげる。
「石投げ犯人も見つからないしね。何よりカイゼルの機嫌が悪くて悪くて……号泣する子が出てくる始末さっ」
「それは……」
尚更、自主練習になんてしてよかったのだろうかと思ったが、聞けない。
「カイゼルとは?」
何の関係があるのかと言わんばかりに、兄が聞く。そういえば、カイゼルの事を知ってるのは赤塚と先生だけだった。まずい、と思ったが私に術はなく。
「ははっ、彼はね、鈴音にぃっ…――」
急に、先生の言葉が不自然に途切れる。
「失礼、ジュリアス。靴に蜘蛛が止まっていたのが見えたので、思わず踏ん付けてしまいました」
あくまで爽やかに響く赤塚の声。先生の足踏み付けるのは過激だが、それでも先生には意図が伝わったらしい。流石は同級生。
「……いや、わざわざすまないね赤っぴ」
痛みを堪えてるような先生。
「鈴音に、何です?」
兄は見事に一連の出来事をすっ飛ばし、話を中途半端に終わらせまいとする。慣れているのだろうか。
「いやぁ、えっとそうだね、鈴音に、いや、鈴音、のっ、練習相手をしてくれていたのさっ、あの日にねっ。だから鈴音が心配なんだよ」
加勢のつもりで私も付け足す。
「あぁ、兄様、それでですね、カイゼル様は生徒の方達の憧れの的なんですよ」
「しかし彼は気分屋だからね、どうにも周囲の少女達も不安定にさせるらしいんだねっ。困ったものだよ。全く何故あんな青二才に惹かれるのか、私は理解できないねっ」
勢いついでなのか、先生がついに本音を出すと、兄が笑った。
「気分屋ですか。昔のジュリアスですね」
わかる気がする。
「ちー君っ!!それは納得いかないねっ!私とカイゼルを一緒にしないでくれたまえっ」
先生が、たっ、と椅子から立ち上がる音がした。兄は笑みを浮かべたままのような声で、動じることもなくさらに言う。
「僕はカイゼル君を知りませんから、貴方と一緒かはわかりませんが、気分屋なのは確かですよ」
「むー……赤っぴ!君は黙って笑ってないで加勢したらどうだいっ?」
「稚冬様にですか?」
「違うっ!」
「……ぷっ……」
思わず吹き出してしまった。
「鈴音まで馬鹿にするのかいっ?」
少しショックを受けたような先生に慌てて首を振る。
「違うんです、三人が、アカデミーにいらっしゃった頃も、こんな風だったのかと」
すると兄がああ、と納得したように言う。
「言われてみれば確かに。三人揃うのは久し振りですからね」
私が今まで三人の仲を知らなかったくらいだから、相当久し振りのはずだ。
「あの頃が懐かしいねっ。未だに二人と初めに出会った時を覚えているよ。二人とも強烈でね」
「あの時一番強烈だったのは私達より貴方ですよ」
先生の言葉に、赤塚が返す。
「きっと三人とも負けず劣らず強烈だったのでしょうね」
今まで黙って聞いていた茜も笑って口を開く。因みに杏奈は入口近くに控えているみたいだ。後で、沢山話をしようと心に決める。
「そうでもないよっ。二人は色々な意味で有名だったからねっ。それにくらべたら私なんてかわいいものさ!」
先生が負けじと言う。
「色んな意味って?」
「そう、色んな意味でねっ。二人は入学当初からいつも一緒にいたから、女子生徒の話題の的だったのさ」
先生はやけに暗に含んだ言い方をする。色んな意味とは何なのだろう。格好良いとか以外に、何か要因があるのだろうか。
「まぁ僕からしてみたら、二人してお互い敬語で喋りあってるのが一番奇妙だったねっ」
「それは、僕は癖ですし、赤塚は……」
兄が苦笑すると、赤塚が補う。
「家が貴族ではないので、敬語を使わないのを見られるだけでも、色々差し障りがあったんです」
私はアカデミーには初等部までしか通ってないから、そういう事情は知らなかった。勿論、頭が悪すぎて進学出来なかったからじゃなくて、ちゃんと教育係がついたからであることを付け加えておく。
とにかく、こういう身分差を垣間見るとき、複雑な気持ちになる。
「そういえば、何故お兄様と赤塚は入学当初からお知り合いに?」
茜が聞く。私も同意見で、今までずっと、アカデミーで知り合ったのだと思っていた。
「私の家が、元々揚羽の服飾商の下で働いていたんです。私の大叔父が、稚冬様方の御祖父様の直接の部下でしたので、その縁です」
赤塚が説明してくれるが、いまいちピンと来ない。大体、大叔父、というのがどういう関係の人に当たるのかがよくわからない。とりあえず、親戚繋がりだと思っておけばいいだろうか。
「同じ歳でしたから、小さな頃から僕の遊び相手として、ほとんど一緒に育ったんですよ」
全然知らなかった。
「あれ?もしかしてそれは、赤塚もこの家で育ったって事ですか?」
「そうですよ。鈴音が生まれた時には既にこの屋敷にいましたね」
「えぇ!?」
「そうでしたよね?」
「ええ、13の時ですから」
13という言葉に、赤塚とそれほど年が、離れていることを、今更認識する。
「なんだい、私は鈴音とそんなに歳が離れてしまっているのか。ということは生徒達もじゃないか」
先生も同じような事を思ったらしい。
「いやだね、もう僕達は鈴音達から見たら、おじさんも同然じゃないかっ」
おじさん、という言葉が、この三人ほどそれが似合わない人達はいない気がする。
「そんな風に言われるとショックですね……。どうですか鈴音、僕達はもうおじさんですか?」
兄に聞かれて私は思いっきり首を横に振る。
「三人とも素敵なお兄さんです」
「素敵だなんて言ってもらえるのは嬉しいねっ」
先生はご満悦で笑う。
「それにしても、もうあれから15年ですか。今でも覚えていますよ。屋敷中大騒ぎだったんですから」
兄様が懐かしそうな声で言う。
「そうなんですか?」
あまりそういう話は聞いたことがなかった。
「嵐で産婆さんが、生まれる直前まで来られなかったんですよ。皆右往左往です」
それは確かに大騒ぎだ。兄が可笑しそうに笑って続ける。
「一番落ち着いていたのが母上だったんですよ。まぁ四度目でしたからね。でもあの時、初めて母は強しという言葉を実感しました」
母らしい。やっぱりそういういざと言う時はしっかりしている。
そういえば、いつの間にか三人のアカデミーの話から私の話に変わってしまっていることに気が付く。ここで聞きそびれたらいつまた聞く機会があるかわからない。話を戻すべく口を開こうとした時、急に、ザーッという音が耳に入る。
雨だ。