おこられた
下町に連れていってもらうのだ、と軽い気持ちで経緯を話したら、何故か、茜の醸し出す空気が怖くなってしまった。
「あ、茜……?」
「赤塚は教育係として失格ですわ!」
怒りは私にではなく赤塚に向かうらしい。
「いや、でも、我が儘言ってるの私だし……」
「いいえ!しかも、あろうことか、お姉様が1人で下町へ行くのを見過ごすなんて…!」
「いや、でも、後つけて見守ってくれてたみたいだし……」
「まぁそんなストーカーまがいな事をお姉様にするなんて…!」
「いや、それは」
「お姉様、赤塚に心を許してはなりません!!」
「はぁ……」
前から薄々思ってはいたが、茜は赤塚があまり好きではないらしい。聞く耳を持たないし、珍しく支離滅裂だ。この際だから聞いてみることにした。
「茜」
「ここはお兄様にご相談して……はい?何ですかお姉様」
何やら具体的な話を進めそうな茜を制するのは意外に簡単だった。名前を呼ぶところりと反応を返した。
「茜は赤塚の事嫌い?」
「勿論!」
間髪入れない答えに、自分で聞いておきながら思わず身を引いてしまう。
「なんで?」
「それはお姉様を……」
茜は、勢い付いて言い掛けた言葉を唐突に止める。
「私を?」
私は何か二人の仲を妨げる原因になってしまっているのだろうか。茜が沈黙したまま、何も答えない。私に対してこんなに言い淀んでいるのは珍しい。
そんなに深刻な理由なのだろうか。原因が本当に私なのだとしたら、今までのうのうと過ごしていた私は姉失格だ。目が見えないことで、余計に不安が煽られる。今この瞬間、茜が目に涙を溜めていたら、と考えると、もうどうしていいか、わからなくなる。悶々と悩み始めていた私は、茜の小さな声を聞き取り洩らす。
「…………ですわ」
「え?」
慌てて茜がいるはずの方に顔を向けるが、勿論何もわからない。聞き逃したことをこんなに後悔し、もう一度言ってくれることをこんなに願ったのは初めてだ。
「赤塚は……」
幸い、茜ははっきりと言葉を紡いでくれた。それでも言い淀んでいるらしく、主語で止まってしまう。
「赤塚が?」
沈黙が不安で、打ち消すように繰り返し先を促す。
「お姉様を狙っているのですわ!」
意を決したらしく茜はその後を一気に言い放つが、その言葉を理解することは私には難しかった。沈黙はいやなのだが、いやでも自ら作り出してしまった。頭を必死で働かすが、どうしても意味を噛み砕けない。
「はい?」
私を狙う、とは、どう意味なのか。
「……赤塚って、暗殺者?」
響きが格好いいな、と、ちょっと嬉しそうにしてしまった私に、茜は盛大にため息を吐いた。
「ちがいます」
一音一音噛み締めて言われた。
「だって、狙う、って?」
目的語に付くのは、命、しか思い浮かばない。
「理解できないのなら構いません」
茜は脱力したように投げやりに言い、早くも匙を投げられたが、ここで引き下がるわけにもいかない。
「茜、お願い、わかるように説明してくれないかな?」
下手に出てみると、茜が私の両肩に手を優しく置いた。
「お姉様」
「はい」
茜のにっこり笑顔が頭に浮かぶくらい、にこやかな、優しげな、声。
「あんな得体の知れない赤塚という男を、間違っても、愛してはいけません」
「は?」
意味が理解できないことの連続で、本当に頭に怪我の後遺症でもあるのかと疑いたくなるが、それでも自己解釈に解釈を重ねようと努力する。
そして。
「あぁ、わかった」
「え?」
「大丈夫よ、茜。執事の赤塚より妹の茜の方が大切に決まってるじゃない」
「え」
「最近赤塚といる時間が長いから不安だったの?もうそんな、茜と一緒にいる方がいいに決まってるでしょう?」
「あ、はい、えと、あの」
「だからって赤塚を目の敵にしたらダメだよ?赤塚だって仕事で仕方なくなんだから」
「いえ、お姉様、半分当たって半分外れというか……」
「そうなの?」
珍しく茜が困っているが、半分でも当たっていれば文句はなかろうと思う。
「いえ……まぁ……そうですね、そういう事にしましょう」
「え?」
「そうです、執事なんかより私と一緒にいてくださいませ、お姉様」
可愛らしい笑みが目に浮かぶような、ごまかされているような気がしたが、より正解に近付けようと努力したところで無駄に終わる予感があった。
「うん、茜さえ暇ならいつでもこの部屋に来て」
「はい」
嬉しそうな茜の返事に、私はそれだけで満足した。