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いつもの日常

「ちょっとこれは良くないんじゃないかな……」

「静かに」

遥祈ちゃんが、思わずつぶやいた私の口を優しく、でも有無をいわせず塞ぐ。

ここは図書室。

天井まで高さのある本棚にぴったり背をつけ、肩を並べる私と遥祈ちゃんと瑠依くん。

本棚の向こう側には、要くんがいる。ちなみにこの本棚は、文学の棚で、向かいの本棚に「夏目漱石」の本が並んでいるのが見える。ぼんやり国語の教科書に載っていた物語のことを思い出す。

あの友人はなんというイニシャルだったか。

立ち聞きしている罪悪感を薄めようと、全然関係ないことを考えてみるが、ぱたぱた廊下をかけてくる足音に、どうしても聞き耳を立ててしまう。


ガラリと扉が開いて、どうやら入ってきたのが、同じクラスで、あのクッキーを作った子らしい。

「あ、ご、ごめんね、綾崎アヤサキくん、急に呼び出して」

綾崎要、というのが要くんの氏名。

高いけれど少しハスキーな、大人しそうな声だ。覗いて実際に見てみたいが、それは出来ない。

「いや、別に」

私達が聞いてるのを知っているからなのか、いつも通りなのか、そっけない返事をする要くん。

「あ、あの、綾崎くんは、あの、蓮川ハスカワさんか、佐倉さんか、どっちかと付き合ってるの?」

思わず私と遥祈ちゃんは顔を見合わせる。蓮川は遥祈ちゃんのことだし、佐倉は私だ。

視線が合った後、遥祈ちゃんは呆れたように肩をすくめ、視線を宙に泳がせてみせる。遥祈ちゃんとは反対側に目を向けると、こちらを見ていたらしく、瑠依くんと目があう。色素の薄い目が、ふっと優しく細められ、微笑む。学校で噂の、王子様スマイルというやつらしい。小さい頃からこの笑顔を知っているけど、距離が近いせいか、返す笑顔がぎこちなくなっている気がする。

これが王子様スマイルといわれる所以だろうか。

「付き合ってはない」

躊躇いもなく答える要くんの声。

「そうなんだ、仲、いいからてっきり……」

幼馴染なんだ、とか、家が近所で、とか、そういうフォローは一切入れてあげず、要くんは黙って女の子の言葉を待つ。

なんだか私まで緊張してきてしまった。

「あ、あの、私……、あ、綾崎くんのことが好きです、付き合ってください!」

思わず息を止めてしまっていた私は、女の子の告白の言葉が終わると、音を立てぬようにゆっくり息を吸った。小さく笑う息遣いが聞こえ、見上げると瑠依くんが笑っている。指をさすのは、自分の制服の裾を掴んでいる私の手。無意識に掴んでしまっていたらしい。

口パクでごめんと返して手を離すと、すかさず指先をきゅっと握られた。

瑠依くんは穏やかな笑みを浮かべている。私が首をかしげる前に、その手は一瞬で離された。

何故かはわからないが、握られた指先が熱い。


「ごめん」

要くんが短くはっきりと答える。

「……り、理由を、教えてもらってもいい?」

堪えるような声。

「タイプじゃねぇし、そういうの今は興味ない」


思わず、呻きそうになった。そんなにはっきりと物申す必要があるのだろうか。何故か打撃を受けた私は、両隣の二人を見る。瑠依くんは変わらず穏やかな笑みでこちらをみている。遥祈ちゃんを見上げると、私を納得させるようにゆっくりと頷いた。

「……そっ……か……。ご、ごめんね……っ」

呆然と、絞り出す声は震えていて、謝罪の言葉の後、ばっと、踵を返して走り去っていく足音。

扉はガラリと勢いよく開く音はしたが、閉まる音は聞こえない。グラウンドの喧騒が小さく図書室に入ってくる。


「……おい」

しばしの沈黙の後、要くんの不機嫌な声。

「おつかれ」

瑠依くんは悪びれず、本棚の陰から出て行く。私と遥祈ちゃんもそれに続いた。

「どんな子がタイプなの?」

遥祈ちゃんが淡々と問いかける。

「は?別にそういうことじゃねぇよ」

「未練もたれず、恨まれず?」

遥祈ちゃんの言葉に、困ったように要くんは瑠依くんを見る。

「ああいう断り方が一番良いんだよ」

瑠依くんが肩をすくめて、穏やかに答える。遥祈ちゃんが、そう、と興味をなくしたように返した。

不機嫌そうに頭を掻いていた要くんと目があうと、困ったような顔をされた。

「なんでお前が泣きそうな顔してんだよ」

「う、だってなんか……」

改まった告白を間近で聞く経験は初めてだった。四人でいるところに突然やってきて、いきなり告白をした女の子も今までみたし、その時も確かに同じようなことを言っていたのを覚えている。しかし、状況と雰囲気が違うと、こうも重く響くものなのかとショックをぬぐいきれない。そして、あくまで平然としている三人。告白され慣れていると、こんなものなのだろうかと思う。縁のない私には刺激が強すぎたようだ。

「ごめんね、俺が面白半分で引き止めなければよかったね」

瑠依くんが、慰めるように私の頭を撫でる。

「ううん……タイミングも悪かったし……」


意図して告白の現場にいたわけではない。私と遥祈ちゃんは、どこに呼び出されたのかを聞かされていなかった。おそらく用が済むであろう時間を決めて、正門前で待ち合わせをする予定だったのだ。

最後の授業が終わった後、遥祈ちゃんが図書室に寄って借りていた本を返すというので、そのままついてきた。図書室に着いてみるとそこには瑠依くんと要くんがいて、もうすぐ指定された時間だという。生憎、この時間は司書の先生が職員会議で、だからこその指定時間だったのだろうが、不在のため、遥祈ちゃんは本をすぐに返せなかったのだ。わざわざ戻るのも手間だが、と悩む前に、瑠依くんが隠れることを提案し、半ば強引に本棚の陰へ連れてこられたのだった。


「鈴音、いい勉強になったと思いなさい」

私の肩に手を置いて、遥祈ちゃんが言う。

「勉強?」

「さっきのは確かに無難な断り方よ。だから、もし告白されて困ったら、さっきの言葉を使いなさい」

大真面目な顔をしていう遥祈ちゃんに、思わず笑ってしまう。

「そんな、大丈夫だよ。使う機会ないと思う」

「そんなこと……」


「あら、ごめんね、なんか用事?」

ちょうど司書の先生が帰ってきた。遥祈ちゃんは言いかけた言葉をそのままやめて、本をカウンターに持っていく。

「返却しに来ました」

「あー、はいはい。確かに」

簡単な確認で返却を終えると、帰りましょう、と遥祈ちゃんがいった。


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