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現れたもの





「何かお飲みになりますか」

「……水を、下さい」

何とか泣かずにすんだものの、鼻がぐしゅぐしゅして仕方なく、何より少し恥ずかしい。

何故だかちょっと感傷的になりすぎたと今になって振り返る。

「それと、何か召し上がりたいものはございますか」

赤塚が重ねて聞いて、そういえば三日間食べていないんだ、と気がついた。自分のお腹に聞いてみるものの、あまり何かを望んではいないようだ。でも何か食べた方が良い気がする。

「……スープとか、あると嬉しい……です」

「かしこまりました」

赤塚はそう応えるものの、その場から動く気配がない。

「……?」

首を傾げて、やや間があった後、赤塚が漸く口を開いた。

「お一人にしても大丈夫ですか?」

先程の鎮まりかけていた恥ずかしさが急に倍くらいになる。

「だっ、だだだ大丈夫ですっ」

またも自分で感心してしまうほど、盛大な噛んだ。

「すぐに戻って参ります」

僅かに笑みを滲ませた赤塚の声。

これは完全に弱みを握られたようなもので、何だかくやしい。




「……あーあ」

赤塚が出ていく音がして、すぐに訪れる沈黙に耐え切れずに、無理矢理声を出してみる。

虚しく寂しく、響きもしない。

動いてみようかとも思ったけれど、また今座るこの椅子に戻れる自信がないのでやめておく。

本当に、一人では何も出来ない。

独り言になるのは覚悟の上で、呟き続ける。

「これからどうすればいいんだろう」

「そうねぇ、色んなものを見ることかしら」

返ってくるはずのない返事が返ってきて、驚きで声も出ない。

それは、聞いたことのない、女の人の声だ。艶のある、笑みを含んだその声は、私の反応に、可笑しそうに笑った。

「あら、ごめんなさいね、びっくりしたわよね」

「……だっ……どっ……」

誰なのか、何処から入ってきたのか。扉の開く音なんて、しなかったはずだ。

「うふ、カワイイわねぇ、鈴音ちゃん。あの子達の気持ちが分かるわぁ」

少し離れた所からしていたその声が近付いてくるのがわかる。先生や、赤塚のともまた違う、女の人の好みそうな香水の香りがしたと思ったら、頬を撫でられた。

「痛かったわよねぇ、あ、覚えていないんだったわね」

何故そこまで知っているのだろう。誰かの知り合いだろうか。

「……あの、どなたですか?」

やっと噛まずにまともな事が言えた。

「ん、アタシ?」

その人は私の顔の輪郭をなぞるように撫で続けている。

「そうねぇ、何て言うべきかしら。うふふ……カミサマって、教えておこうかな」

「……神様?」

この人頭おかしいんだろうか。それが表情にでていたのかもしれない、頬をぺちっと叩かれた。

「ひどーい、信じてないわね?……まぁ、半分嘘なんだけど」

更に混乱する。

「でも半分は本当よ?あぁもう、鈴音ちゃんたら、いつの間にそんなに人を信用しないようになったのぉ?」

誰だって怪しむと思う。女の人は、はーぁ、とあまり本物らしくない溜息をつく。

「小ちゃい時は、変なおじさんについてっちゃいそうになるの日常茶飯事だったのにぃ」

全く覚えのないことを言われ、返す言葉すら見つからない。

「おかげでルイ君達がどんなに苦労したか……あら。」

ルイ君とは、誰だろう。

「間違えた、この世界じゃなかったわね、失敗失敗。鈴音ちゃん聞かなかった事にしといてね」

「はぁ……」

何を言っているのか全然理解出来ない。

「もぉー、やっぱり信用してないのねっ」

まずは信用できる根拠がどこにあるのか教えてほしい。

「じゃあ、教えてあげるわ、これからのこと。それなら鈴音ちゃん、それが本当になったときに、ちゃんとアタシの言った事は本当だったってわかるから」

尚のこと怪しい。

「鈴音ちゃんの眼は、見えるようになるわ、少しずつだけど」

「……本当ですか?」

めちゃくちゃ怪しいが、その言葉は信じたくなる。

「嘘は言わないわよ」

ふふふ、と笑う。

「うふ、カワイイからもういっこ教えてあげるわ。アタシがどこから来たのか」

確かに気になる。

「ホントだって信じられるようにしてあげるから、アタシと手繋いで」

既に言いながら私の手を取る。

「いーい?絶対離しちゃダメよ?」

「……はい」

「うふっ、いい子ね」

完全に流されている自分に気がついたが、抵抗する理由も特に思い付かなかった。

「アタシはぁ……違う世界から来たの」

突飛な発言に、聞き返す言葉すら声にならなかった。

「ふふ、じゃあ、『またね』鈴音ちゃん」

その言葉が終わると共に。

握っていた、その人の手の感触が、消えた。

手が離れた訳ではない。

確実に、間違いなく。


消えた。



と、いうことは、である。



「……い、いやあああああああああ!!!!!!」

気がつけば悲鳴を上げていた。


幽霊だ。

これは絶対に幽霊だと、確信した。

虫が平気な私は、こういう類いのものは苦手だ。駄目なのだそういうのは、勘弁してほしい。


「どうなさいました!?」

悲鳴をききつけたらしい赤塚が、慌てて扉の開く音と共に入ってくる。

「……鈴音様?」

見たところ別段異常が無いのを確認したらしく、少し落ち着いた様子で再度聞いてくる。そっと肩に手が置かれて、思わずその腕に縋り付く。

身体も震えて、舌も上手く回らない。

「……ゆ、ゆゆ、ゆゆゆゆゆゆゆ、ゆっ」

「お湯ですか?」

赤塚のボケにぶんぶんと首を横に振る。無理矢理息を整えて再度口を開く。

「……ゆ、ゆゆっ、幽霊がっ、出たのっ」

「……幽霊?」

困惑したような赤塚の声。

「ほんと、本当なのっ。お、女の人がっ」

自分で言っているうちにますます身体が震えてきて、もう片方の手で赤塚の服の裾をつかむ。

「……鈴音様、とりあえず、落ち着いて下さい」

落ち着かせるように両肩に手を置かれる。けれどそれで落ち着けるものならとっくに落ち着いている。

「ど、どどどうしよう、顔撫でられちゃったの、わ、私、死んじゃうっ」

「鈴音様、あのですね…――」

「ねえこの部屋って実はいわくつきなの?昔ここで亡くなった人とかいるの?」

よく考えればこの屋敷は父様が建てた屋敷だから、私の前に人が住んでいたはずがないのだが、混乱した私にそんな冷静な頭はない。

「ね、どうしよ…――」

「失礼」

急に、赤塚の冷たい手が両頬に添えられる。思わずびくっとなったが、それによって落ち着きが急速に戻ってくる。

「いいですか、落ち着いて、何があったのか教えてください」

至近距離からする声で、赤塚が私の顔をのぞきこむように、屈んでいるのだろうとわかった。泣く子供を慰めて言い聞かせる親の様な図かもしれない。

「……急に、女の人の声が話しかけて来たの。私の怪我の事とか、直前の記憶がないこととか知ってて……私が小さい時のことも、知ってるみたいだった」

「……その人は名乗っていましたか?」

私の両頬に添える手はそのまま、赤塚はゆっくり尋ねる。

「名前は言ってなかった……でも……」

「でも?」

あの人の言葉通りに言うならば。

「半分は神様だって」

「……神様?」

当惑した赤塚の声に頷く。

「私の目、少しずつ見えるようになる、って。それが本当になったら私の言ってること本当だってわかる、って」

何だか要領の得ない説明しか出来ない。

「……それで?」

「最後にどこから来たのか教えてあげる、って。私に手を繋がせて、別の世界から来たのよ、って言って……消えたの」

女の人が消えた感触が、手に生々しく蘇ってくる。おさまったと思っていた震えが途端にまた始まる。

「……わ、私ちゃんと握ってたのにっ……、き、消えちゃったのっ……」

「……それで、幽霊だと……、別の、世界……」

赤塚はどこか思案するような声で言った。


その様子を気に留める余裕もなく、私は自分の身体に、違和感を感じていた。確かに幽霊とかそういうものは苦手だが、こんなに震えが止まらないのは何故なのだろう。恐怖から来ていると言うよりは、生理的に身体が震えている感覚がある。

何か、変だ。


「……っ鈴音様、大丈夫ですか?!」


赤塚が何故かものすごく慌てている。眼が見えてたら、慌てた赤塚の顔が見れたかもしれないのにと、何だか残念な気がした。

そんなどうでもいい事を何故か考えてしまう。

「……ふ、震えが、止まらないの。あは、私、こんなに、恐がり、だったかな……」

冷や汗が滲むのがわかる。


「……接触しすぎだ」

赤塚が、低く呟く。

「え?な、に……?」

「ごめんね鈴音」

「え……?……っ」

口調の違う赤塚の言葉を聞いたと思ったら、急に強く引き寄せられる。

どうやら私の座っていた椅子は、ベットのすぐ傍らにあったらしい。自分がベットに仰向けに倒されたのが、背中に受けるマットの柔らかい感触と、微かに軋むスプリングの音でわかった。

何が何だかわからないうちに、更にベットが軋んで、頭のすぐ横に手が置かれる。半分覆いかぶさられているような気配。すぐそばに赤塚の顔があるのが何となくわかる。

「……あか、つ、か……?」

いつもと様子が違う。頭の横に置かれた手とは反対の手が、私の額に触れる。

「……ちょっとだけ忘れてもらうよ。君には、刺激が強すぎたみたいだから」

口調の全く違う、赤塚。言っている事も、よくわからない。

「……赤塚?どう、したの……?」

「痛いけど我慢して」

耳元で、囁かれる。

「?…………っ……!?」

疑問の意を唱えるより早く、激痛が頭に走った。堪えられない痛みに、思わずシーツを握りしめる。すると額に置かれていた手が離れて、握りしめた手に優しく重ねられた。


「……ごめんね」

赤塚の、感情の読めない声を頭の端で聴いた。

そのまま意識を深いところへ沈めた。







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