表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/84

泣くのは






ごめんね、



ごめんね。



誰かの声が、誰かが、泣いている声がする。


どうして、謝ってるの?と、声にも出せず、聞く。



私が、悪いの。


貴方が、悪いの。



私、が?



その声が、泣く。


謝って、自分を責めて、

そして私を、責めている。




忘れないで。





何を、だろう?




私はまた、


記憶力の拙い私はまた、


何かを、


忘れてしまって、いるのだろうか。




――……ま、た……?




前にもこんなこと、


あった?






わからない。





その声が、泣いている。





そして私も。









私は何故、


涙を流しているのだろう。















扉の開く音で、はっと目が覚めた。顔を上げれば、呆れたような要の顔がある。

「徹夜しただろ。二、三日寝てないって顔してる」

ずばり言い当てられて、返す言葉もない。ルイは寝起き特有の倦怠感を振り払う為に、立ち上がる。得意の笑みを浮かべる気力も、まだ湧かない。

要はそんなルイをしばらく見ていたが、やがて溜息をついて、もはや定位置となりつつあるソファへどかりと座り込む。

「嫌な夢でも見たのかよ?」

半分はからかう意図を帯びたその言葉に、わかっていつつも、正直に答えてしまった。胸のうちに納めておくには重過ぎた。

「見たよ、嫌な夢」

要は少し目を見開いて、脱力したようにソファに背を完全に預けた。

「どんな?」

「……鈴音が泣いてる夢」

無表情で答えると、要が代わりに顔をしかめた。

「……それは、マサユメの方でか?」


正夢。


瑠依には霊感がある。そこまで強いというわけではないが、鈴音や要、遥祈には見えないものをよく見る。そして、それに関係しているのかは定かではないが、もう一つ、見るものがある。

わかりやすく言えば、予知夢。

ただ、そう言える程、はっきりしているものでも正確なものでもない。それが現実に起こってみて初めて、ああこれだったのだな、とわかる程度。だから、四人の中では、『マサユメ』で通じている。

どうやらその力は、異世界においてもあるらしく、時折、普通に見えるものではないものを見たり、曖昧なな夢が実現したりした。残念ながらそれが鈴音を探す手立てになったことは、まだ一度もないが。

今見た夢は、夢ということすら怪しまれる、朧げな夢だ。ただはっきり認識できたのは、鈴音が泣いているということだけ。

要の問いに充分過ぎる程の間を置いて、ルイは首を横に緩く振った。

「……さぁ、わからないな。……でも、もしそうなら……」

ルイは、自嘲の笑みを浮かべる。要には見えないところで、強く拳を握りしめる。

「……きっとまた、俺のせいなんだ」

もう泣かせたりしないと、誓ったのは、何回目だろう。それでも繰り返すのは、もはや自分に対する気休めでしかないのかもしれない。

いっそ、握りこんだ指の爪が、掌の皮膚を突き破れば、少しは罪悪感が薄れるのだろうか。


「……マサユメでないといいな」

要が苦笑して肩を竦めた。

「……そうだね」

重苦しいものを吐き出す様に息を深くついて、要に向かい合うようにソファに座る。要は真面目な顔になって、本題へ入った。

「……多分、この辺にはいない」

鈴音は、という主語は、言わずともわかること。

「……そう。となると、東?」

「ああ」

こちらの世界にきてから三週間程経つ。各々が集め得るだけの情報を集めているのだが、一向に鈴音、又は赤塚、という名は出てこない。同じ名前で生活しているとは限らないが、過去2回のゲームにおいて、ヒントになり得たのは名前だった。他に何の手かがりもない今はそれに頼るしかない。赤塚の名前も調査するのは、過去2回共、鈴音の身近な人物として過ごしていたからだ。

既にルイ達のいる、国内の西の地方は調べ尽くしたと言っても良かった。特に情報についてはプロとも言える、運び屋の要の目算は、そう外れてはいないはずだ。

「東の方のつてを当たってみるよ」

要は、ああ、と頷いて、小さく溜息をついた。

「俺の方も今、東に収集範囲を広げてるとこなんだ。けど」

要は溜息混じりに続ける。

「この国は広いからなぁ……」

そもそも、同じ国内にいるという保証もどこにもない。

そこで、ノックの音。

「何?」

ルイが応えると、部下の永田の声がした。

「天宮の遥祈様です。それと、ユカワ商の使いの者が取引の申し出です」

「天宮様には入ってもらって。ユカワ商には、少ししたら行くから応接室に通しといて」

即答で指示を出すルイ。要はそれを横目で見つつ、扉の方へ首を回す。扉の向こうでどうぞ、と小さく促す声がすると、扉が開く。相変わらず貴族の風格を纏う、ベージュのシンプルなドレスを着た遥祈が姿を見せる。遥祈が部屋に入ると、永田の手によって扉がパタンと閉じる。

遥祈はソファに座る二人を見下ろして少し沈黙したと思うと、僅かに眉根を寄せて、口を開いた。

「辛気臭い顔してるわね」

その言葉に、要が苦笑する。

「開口一番に酷ぇな」

「本当の事よ。二人とも情けない顔してるわ」

「否定しないけど……遥祈だって、隈出来てるよ」

ルイに指摘されて、遥祈は微かに苦笑した。

「やっぱり隠せなかったわね」

要は、ぎこちない微かな笑みのまま、天井を仰ぎ見た。そして照明が眩しいかのように腕で目を覆う。

「一ヶ月だ」

ぽつりと、要が漏らした言葉に、ルイにも遥祈にも、同様の陰りが射す。今までは、一週間も経てば、何かしらの手掛かりがあった。しかし、今回はそれほど甘くはないらしい。

ルイは、仕事にも集中出来ず情報収集にも限界を感じ始めていた。

溜まっていくのは、虚無感と焦りと、倦怠感。







鈴音。



瑠依は、自分の掌を見つめる。

華奢な身体を支えた感触は、急に勢いを増して消え始めている。

あの笑顔を見たのが何年も前に思える。









君がいないと、


俺は駄目になってゆく。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ