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集うのは





「若旦那」

「何?」

ノックの音と共に、扉の向こうから呼ぶ声がすると、書類に眼を通していたルイは、視線を文面から外す事なく返事をした。

「面会したいという者が……」

扉の向こうの声は、いくらか戸惑いを滲ませている。ルイは常とは違う部下の声に、漸く視線を上げる。

「名前は?」

「カナメ、と名乗る男です。とにかくただ会わせろと」

その言葉に、ルイは笑みを浮かべる。

「いいよ、ここに通して」

はい、と短く了承の言葉が聞こえ、立ち去る足音が遠くなっていく。ルイは机の上に散らかっていた書類を適当にまとめると、机の正面に置かれている接客用のソファに腰を降ろした。

間もなく、二つの足音が聴こえ、ノックが響く。

「どうぞ」

失礼します、という先程の男の声と共に、扉が開く。茶髪で青い眼の三十半ばのがたいの良い男が入ってくる。その後ろから所在なげに入ってきたのは黒髪黒眼の、18、19というところの少年、いや、青年と呼んだほうが近いかもしれない。腕の捲くられたシャツと、ベストに所々綻びの生じたジーンズ。凡そ、高価な家具が並んだこの部屋にはあまりそぐわない風貌だ。

長身で筋肉の程よくついた、バランスの良い引き締まった身体をしている。カナメと名乗ったらしいその青年は、ソファに座っていた部屋の主を見ると、にやにやと笑った。

「ハジメマシテ。シャルレ家の若旦那様」

無礼ともとれるカナメの態度を、部下の男か窘めようと口を開くが、言葉を発する前に主人に先手を取られた。

「永田、席外していいよ」

「しかし……」

永田と呼ばれたその部下は、胡散臭そうに、カナメを見遣る。

「俺が大丈夫って言ってるんだから。ついでに誰にも話聞かれないようにしといて」

「……かしこまりました」

永田は渋々といった様子で一礼して出て行った。

永田を眼で追っていたカナメは扉がしまったのを見届けると、小さく笑った。

「今度は大貿易商の若旦那か。立派なお洋服で」

襟元のボタンを外してはいるが、上着を羽織ってネクタイでもしめれば、立派な高級なスーツ姿であるのをじろじろ見つめるカナメ。

「髪染めてカラコン入れたチャラいホストにしか見えないけどな。格好いいこった」

付け足して笑いながら、ルイに向かい合う位置のソファに座った。

「言っとくけど、地毛だからね。そういう要はまた真っ黒じゃん」

ルイも笑って返す。要は、そうなんだよなーとぼやいて、額にかかる髪を持ち上げそれを上目で見つめる。

「イメチェンしてみてーけどな」

姿形は違うのだが、要は今回を含めた今までの『ゲーム』で三度とも、黒髪黒眼の姿だった。要にしてみれば、髪も眼の色も毎回異なる他の三人と比べ、代わり映えしないのがつまらないらしい。

「ま、いいけど」

あー腹減った、と、要はソファに完全に体を預け、だらしなく呟いた。

「お腹を空かせている要君は、今何をやってるのかな」

ルイが机に肘をついて両手を組み、尋ねると、要は顔をしかめる。

「なんだよ、要、君、って、気持ち悪い」

「歳上としての配慮だよ」

「え、お前、何歳?」

「24」

「うっわ、なんかムカつくっ」

舌打ちをする要に、ルイが笑い、聞く。

「要君は?」

「……18」

「中1と大学1年の差だねぇ」

「一番歳が離れて聴こえる言い方すんな」

「そうだ、要君は俺の事は若旦那って読んでくれれば良いから」

「……聞けよ」

脱力した要の言葉で少しの沈黙が生まれた後、どちらからともなく吹き出し、笑う。調子を取り戻すような、申し合わせたやり取りだったかのような、そんな感覚に、ルイは僅かながら落ち着きを取り戻したような気がした。同時に、そう思うほどに、自分が焦っていたことを自覚する。要に悟られぬよう小さく溜め息をつき、真面目に話を向ける。

「で、何やってるの?」

要はルイの言葉に、不敵な笑みを見せた。

「俺今回は便利だぜ?運び屋やってる」

「運び屋……感心しないな」

ルイは眉根を寄せる。

運び屋などと運送業のような言い方をするが、実際には、犯罪人や武器、違法なものを請け負い移動させる者達をそう呼んだことから始まっているものだ。今でこそ多種多様な便利屋のような存在までもそう呼ぶようにはなっているが、どちらにしてもあまりろくな仕事ではない。過去に商売上の大切な取引を、たちの悪い運び屋に台無しにされた記憶も、ルイの中には苦々しく残っている。

そんなルイを、まぁまぁ、と宥めるように両手を軽く上げる要。

「良心に背くことはしてねぇから見逃せ。しかも俺、情報運ぶの専門だから、色々役立つと思うけど」

「俺の事もその筋で?」

「お前の場合は、筋使う必要もなかった。シャルレっつったらこの辺一番の金持ちだし。最近、現当主よりも表に出てくるのが多くなってきた次期当主のルイってヤツも超有名。だから、もしかしたらと思ってさ」

饒舌に語る要の話に、ルイは疑問を挟む。

「人違いだったらどうするつもりだったの?」

「お前だったら要って名前でいきなり尋ねてきたヤツ、門前払いしないだろ。お前じゃないなら門前払いになる、それだけだ」

ルイは納得し、笑う。

「こっちの世界の要くんは頭の回転が早いね」

「お前は何倍もムカつくな」

要は口許をひきつらせ憎まれ口を叩くが、話を進めるのを優先したらしく直ぐに真面目な顔をする。

「遥祈の事だけど」

「あぁそれなら問題ない。今こっちに向かってる」

「マジ?!早いな……」

驚く要に、ルイは笑む。

「知り合いだったんだ、元々ね」

「じゃあやっぱ、天宮遥祈?」

そこまでの情報を掴んでいる要に、ルイは目を細める。

「情報が専門っていうのは伊達じゃないみたいだね」

貴族の中は、一族の当主以外は庶民に名を知られるのを良しとしない風習がある。ルイの場合はたまたま取引のある家であり、特に懇意にしていた為に知っていたようなもので、繋がりのない貴族となると、名前はおろか、子息が何人いるのかすら知らないのが普通だ。

要の反応からして、当たりをつけるだけのその他の情報も持っているのだろう。こちらに飛ばされてまだ一日と経っていないにも関わらず、インターネットなど存在しないこの世界で、それだけ早く調べるのは、並大抵のことではない。

「舐めてもらっちゃ困る」

「鈴音の情報は?」

要の得意気な様子に何かしら有益な情報を持っていることを期待したが、やはりそんなに上手くはいかないらしい。要の表情が歪む。

「今のところ、ゼロ」

「そうか……」

そのタイミングで、要の腹の音が鳴る。

「……若旦那、腹が減ったんですけど」

要の言葉を裏付けるように、更に音が続く。

「いつから食べてないの?」

「こっち来てからってゆうか、昨日の朝から?」

「儲からない仕事なんだね」

「ちげーよ、仕事中だったんだよ!それを急いで片付けて色々調べて、今だよ」

改めて言葉にして疲労を自覚したのか、要は行儀悪く足を投げ出し、仰向けにソファに寝そべる。

「お疲れ様。遥祈が来たら何か用意させるから」

「……遥祈ねぇ……」

完全にソファの上で寛ぎ始めた要が呟く。

「なに?」

顔だけこちらを向け、ルイを見る。真っ黒な瞳からは、特別感情を読み取ることが出来ない。

「天宮家次期当主の妻は、夫の長期不在をいいことに若い男と遊んでるっていう、噂があるんだけど」

要の平坦な声に、ルイは笑みを浮かべてみせる。

「庶民は貴族のスキャンダルが好きだからね」

その噂ならばルイも知っていた。

「お前らまさか」

ルイの反応に、要がやや上ずった声をあげる。

「まぁ、火のないところに煙はたたないっていうのは事実だけど」

「……は?!マジかよホントに」

「冗談でもやめていただきたいわね」

要をからかおうとしたルイの企みは、扉を開けた女の声で簡単に挫かれる。

赤みがかった茶の、緩くウェーブのかかった長い髪に、濃い青の瞳。一目で貴族とわかる高価な黒のドレス。

「……遥祈か?」

無遠慮にまじまじと見つめる要を見返し、遥祈はええ、と頷く。ルイは、遥祈の眉間の皺の原因を解消すべく肩を竦め言い訳をする。

「少しくらい、いいかなと思って」

「悪趣味だわ」

「……あ?……ルイ、お前からかったな」

遥祈の登場に会話の流れを完全に見失っていたらしい要は、拍子を外して遅れて気付き、ルイを睨む。

「二人ともそんな怒らないでよ。俺嘘は言ってないし」

これ以上責めても時間の無駄と判断したのか、遥祈は短く溜め息をつく。そのタイミングを逃さず、ルイは切り出す。

「まずは食事にしよう」

空腹を解消しつつ状況整理を、というルイの提案に、二人とも異論は無いようだった。








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