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青い鳥はドーナツ屋にいる

作者: 桜枝 巧

 昔読んだ「ヘンゼルとグレーテル」という童話。あれは一体、どんな話だっただろうか。

「確か……青い鳥を探していた子どもたちが、魔女の住むお菓子の家を見つける……んだったっけ?」

「なんかごちゃまぜになってる」

 声変わり直後特有の男子の声が、間髪いれずに応えた。

 そうだったっけ、と頭を小さく掻く。

 軽く内側にカールした髪の毛を一つ結びにした髪の毛が指に絡まった。ああもう、と指を引き抜こうとするが、うまくいかない。

 何やってんだ、と笑われる。

「男子はいいよね、髪の毛短くって。引っ張られもしないし」

「その節は本当にごめんって。ほら、だからドーナツおごってるんだし」

 はいはい、と適当に流しながら粉砂糖が大量に降りかかるドーナツを一口かじる。

 甘ったるい。

 すぐにコーヒーで口の中の糖分を逃がした。

 甘すぎるのは好きじゃない。

 毎日のように食べていた時期もあったが、今となっては苦い思い出を浮かべるだけだ。

 今日の朝、私を呼びとめるのに何となくだるさを感じたらしいこいつは、この髪の毛をせーので手綱よろしく引っ張った。それも禿げるんじゃないかと思えるような強さで、だ。

 女子という生き物のことをよく知らなかったらしい彼は謝りに謝って(廊下でのことだったから私も許さないというわけにはいかなかった。こいつ、考えてやがる)、その結果、二人でドーナツ屋という謎の現象が起こったわけだ。

 クラスの委員長、副委員長という、いわばただのクラスメイト同士でしかない私達が一つのテーブルで向かい合っているというのも、何となく複雑な気分である。

 ときめきがないわけではないが、青春しているという感じもしない。

 仲がいいよね、といわれることもあるが、それは仕事上の都合で、だ。

「……今セール中じゃん。何となく騙されたーって感じ」

 頬をふくらます私は、すっかりハロウィン一色に染まった店内を見渡す。

 「百円セール実施中!」と書かれたポスターが、ジャック・オー・ランタンをデフォルメしたイラストともに、壁という壁いたるところに貼られていた。有名なあの「お菓子をくれないと……」の台詞をイメージしたのか、テーブルには「ご自由にお取り下さい」の立て札とともにキャンディの入ったカゴが置かれている。

 ヘンゼルとグレーテルも、幸せを求めてお菓子を食べたのだろうか。そう言えば結局、あの話は何処で落ち着いたのだったけ?

 青い鳥はどこにいたのだっけ。

 ああ、それはちがう話だったか。

「おい、委員長」

物思いにふけっているところで不意に呼ばれ、少したじろぐ。

「なによ、副委員長」

ふざけて返事をしてみる。しかし彼は少し言いにくそうな顔をしてえっと、と頬を掻いた。

「いや、あんまりそういうことはしない方がいいかなーと」

見ると、いつの間にか手がキャンディのカゴに伸びている。

 胸ポケットはすでに黄色い包み紙でいっぱいになっていた。自分がしていたわがままな客そのものの行動に驚いてあわてて掴んでいたキャンディを放り出す。

 副委員長はその様子を謎の動物を見るような目で見ていた。

 しまった、私としたことが。

 何か言い訳をしようと口を開くが、あーとかうーとか言葉にならない声しか出てこない。このままだとお前そういう奴だったのか的な視線に変わりそうで、さらに私を焦らせる。嘘でごまかそうとしたはずなのに、正直な恥ずかしい過去が口から飛び出る。

「えっと、これは……小さい頃にお菓子の家ってやつを本当にあると信じていて、でも探してもなかったからじゃあ作ろう、お菓子たくさん集めて作ってみよう……みたいな馬鹿なことやってて、でその癖でつい……」

 瞬間、吹き出された。それどころか、腹を抱えて大笑いされる。笑いすぎで涙が出ている。

「こ、このっ……」

イスから腰を浮かし、殴りかかろうとした一瞬、

「いや、委員長かわいいなーって」

 私は彼の言葉で固まった。

 あまりの衝撃に、心臓が鼓動を速めていくのがよく分かった。

 頬が真っ赤になっていくのを感じる。

 なんていうことを言うんだ、と気の利いた一言すら喉元に上がってこなかった。

 持ち上げていた腕がすんなりと下がり、涙をぬぐいつつもまだ笑っている副委員長の前で座り込んだ。うつむく私を見て、あわてて奴が

「ご、ごめん、あの……」

と謝罪の言葉を口にする。

 私はうつむいたまま、赤くなった顔を見られないように残っていたドーナツを食べる。

 甘さが口の中を一瞬で駆け巡り、ほんの少し、私を幸福にした。

 一つ息をつくと、熱はすんなりと冷めていった。た

 だし、心臓の鼓動は速いままだった。ふと思ったことを口にしてみる。

「そっか、青い鳥はドーナツ屋さんにいるのか」

あるいは悪い魔法使いのいるお菓子の家。

「どう言うことだ?」

 首をかしげる彼。よく分かっていないようだ。

 少し考えてから、そうねえ、と思わせぶりに口を開く。

「女の子はお菓子の家で、ちょっと鈍感な魔法使いに捕まってしまいました――それだけ」

 ますます意味が分からないんだけど、と腕を組む奴。

 私は少し微笑んで内緒、と答えると、もう一口幸せをかじった。

 

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